13
2人の令嬢がぞろぞろと引き連れている侍女達は、わかりやすいようにする為かお仕着せの胸元に家紋の刻まれたピンがついていた。
金髪の令嬢の侍女がつけているのは『百合』の紋様。
黒髪の令嬢の侍女がつけているのは『盾と交差した剣』の紋様。
有名なその紋様は、ルーナですら知っている家柄だった。
『百合』はフローレス公爵家の紋章。公爵は宰相を勤めている。
『盾と交差した剣』はベイリー侯爵家だ。
そこで疑問が、ルーナには浮かんだ。
そもそも皇女であるステラは、デビュタントで鳴り物入りで紹介されてもおかしくない。
顔くらい知っていそうなものなのに、金髪の令嬢の反応は知らない人を見るような雰囲気だ。
何故なのだろう。
フローレス公爵は宰相をしているのだから、その令嬢と皇女であるステラは交流くらいしたことはありそうなものなのに。
ルーナが顔をあげてステラに視線をやれば、ステラは素知らぬ顔で、金髪の令嬢に対して口を開いた。
「ステラ・ガルシアよ。よろしく。」
「エヴィ・フローレスと申しますわ。こちらこそよろしく。」
ガルシアとフローレスは同じ公爵家。家柄の地位は同じだからか、ガルシアの名を聞いてもエヴィは怯むこともなく、ステラと同様に楚々と微笑んで見せた。なぜかベイリー侯爵家の令嬢は、静かに微笑むだけだ。
エヴィはステラに対して、笑顔で問いかけた。
「お顔を拝見したことは御座いませんけど、デビュタントには参加されておりましたの?」
「参加はしましたわ。でも人混みに酔ってしまってすぐ退出したので、誰とも挨拶できなくって。」
「あら、それはお気の毒に……。ガルシア家の令嬢ともあろう方がデビュタントでお姿を御披露目できないなんて……ねぇ。そんな方が皇太子殿下の后候補などと、その立場は重みになるのではございませんこと?」
暗にそれは、『姿を御披露目していない時点でデビュタントに参加したなんて到底言えないし、恥ずべきことだ。后候補から早々にはずされるのを望むべきでは』と言いたいのだろう。
「あら、公式記録に招待客として記録されていますのよ?途中で退出したとて、参加したことには違いがありませんわ。それに、デビュタントは無駄に自分をひけらかす為の場ではございませんのよ?そういえば、盛大にデビュタントのダンスで転んだ方がいたとか……?たいそう、目立ったでしょうね。」
ステラの言葉に、エヴィが顔を耳まで真っ赤にしたのが目に見えてわかった。歯を噛み締めて怒りと恥ずかしさでブルブルと震えている。
ステラがデビュタントを途中で退出したと聞いたので、エヴィは自分の失態は知られていないと思い込んだのだろう。
この勝負は、ステラに軍配が上がった。
エヴィが怒りから更に口を開こうとすると、エヴィの隣にいたベイリー侯爵家の令嬢が手にしていた扇子でエヴィの口元を遮って止めた。
「何を……!」
「ここは口を慎んだ方がよろしいですわ。」
非難めいた視線を向けるエヴィをベイリー侯爵家の令嬢は一瞥すらせず、扇を下げ、ステラに向かってドレスの裾を持ち上げて礼をした。明らかに相手が誰かわかっている丁寧な礼であった。
「お初にお目にかかります、ステラ・バルカス皇女殿下。私はベイリー侯爵家の長女、アガタ・ベイリーと申します。」
アガタの言葉に、エヴィは目を見開いてステラを凝視した。驚きに言葉もないといった様子だった。その気持ちはよくわかる……と、ルーナはエヴィに対して同情の念を抱いた。
「あらご存知なのね。そうよ、私はステラ・バルカス。よろしくね。」
そう言って、ステラは面白くないといった様子で、眉を曇らせる。エヴィは、慌てたようにアガタと並んで礼をした。
「申し訳ございませんでした、皇女殿下。」
エヴィの血の気のない青い顔を見て、それがよほど面白かったのか、ステラは笑顔になった。
ルーナはそのステラの姿に苦笑するしかなかった。
皇女殿下は、性格が悪い。わざと自分の名を隠して相手を翻弄するなんて…。
ステラのエヴィへの言葉から察するに、デビュタントにはほとんど参加していないから、関わりがなかったということなのだろうか。それにしたって、宰相の娘と皇女なら、親同士がお茶会を開いて顔合わせくらいさせていそうなものなのだが。
いまだ残る疑問に首をかしげていれば、ルーナは不意に背筋がゾワリとする視線を感じた。
その視線をたどればルーナはエヴィと目があった。上から下まで値踏みするように視線に既視感があり、ルーナは冷や汗をかいた。
よほどステラが目立っていたからか、ルーナの存在には気づかれていたなかったらしい。
「貴方はどちら様?」
ルーナに対するエヴィの質問に、ルーナは丁寧に礼をし直してから自己紹介をした。
「ベネット男爵家の次女、ルーナ・ベネットと申します。」
ルーナが自己紹介を終えると、エヴィが目を見開いた。まるでルーナの名を知っているかのような様子に見えた。ルーナが不思議に思って質問しようとするより先に、エヴィが口を開いた。
エヴィの視線は、明らかにルーナを蔑んでいた。
「デビュタントに参加していない令嬢ね。」
まるで自分が優位に立てる獲物をやっと見つけたような口ぶりだった。どうやらこの令嬢は、后候補の令嬢リストを手に入れているらしい。
ルーナにとってデビュタントに参加できていないことは特に気にするべきことではないので、精神的に何のダメージもない。ただ歯牙にもかける相手ではないルーナのことを、公爵令嬢であるエヴィが知っているのが不思議だった。
そしてエヴィが小さく呟いた言葉を、ルーナは聞き逃さなかった。
「噴水令嬢……。」
気になる点があったので、少し加筆修正しました




