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後宮に来て4日目、后候補が集うパーティーまで後8日となっていた。
ルーナはソファーに座り、ステラからもらったガルシア商会の紹介状を軽く睨みながら、当日に着るドレスをどうするべきか頭を悩ませていた。
当初はルーナは、もし皇帝陛下と皇后陛下に拝謁する機会があるなら、失礼のない程度のドレスを着て挨拶をして、もしパーティーもあるのなら壁の花を決め込むつもりだった。
けれどステラにあれだけ酷評されて、改めて自分のドレス姿を鏡に写したら、本当にこのドレスが似合っているのか不安に陥ってしまった。
ステラの言葉を思い返したときに気づいてしまった。
いざ皇太子殿下の后候補ですと紹介された時に、一人だけ似合わない恥ずかしい格好の自分。それは、ベネット家の評判にも繋がってしまうのでは?と。
ただでさえ、娘の一人はデビュタントに参加できていない。その上、娘のドレスも用意してやれないなんて、甲斐性のないベネット男爵の領地を治める技量はいかほどだ?とか噂されてしまうのでは…とか、領地の評判が下がれば採れた食料の売り上げにも影響してしまうのでは?とか。
自分の評判だけならなんとでも耐えられるルーナにとって、実家にまで影響してしまうのは耐えられないことだった。
悪い想像はいくらでもできる。いっそのこと、街で刺繍糸を買ってドレスに刺繍を試みてみようか…。
ステラからドレスを下げ渡すか既製品をいただけると言われてはいるけれど、その旨を書かれた書面をもらったわけではないし確信が持てない。
かといってその確認の為とはいえ、立場が上のステラをルーナが呼びつけるわけにはいかない。どうしたものかと思いながら、紹介状をくるくると巻いてため息をついた。
後宮に招かれた后候補は申請すれば外出もできるので、ドレスを買いに街に行けばいい。ただその元手が心もとないし、父から貰ったお金はお土産代にしたい。
ルーナが頭を抱えていると、侍女頭のイザベラが部屋に訪れた。
「皇女殿下がお見えになっております。お通ししてもよろしいでしょうか?」
「……っ…どうぞ。」
普通、面会をしたい場合は事前に予定がないか伺いを立てるものなのだけれど、ステラにとって相手の予定などあってなきもののようだ。
兄弟揃って、相手の予定は無視らしい。いや、まだ予定がないか聞くだけ、皇太子殿下の方がましかもしれない。ジュードの方は、一度熟考する余地は与えられた。けれどステラの場合は既に後宮に相手が来ているので、追い返すわけにいかない。
ただドレスに困っている今は、ステラの来訪は僥倖だった。
「おはようございます、ステラ皇女殿下。ようこそお越しくださいました。」
「おはよう。いろいろお話ししたいことがあるのよ。」
ルーナはソファーから立ち上がってステラを迎え入れた。
ステラは赤い髪をハーフアップにしており、落ち着いた色合いの紫の帽子を被っていた。ドレスも帽子の色と揃いになっており、全体的に落ち着いた大人の女性という雰囲気だった。
ただその格好は、お出かけを今にもするような空気をかもしていて。
「皇女殿下、どこかお出かけになられるのですか?」
「ええ、貴女もね。」
ステラがにっこりと笑って告げると、その言葉を合図に、部屋の外に待機していたらしい3人の侍女が部屋に入ってきた。
3人のうちの2人がルーナに近づき、1人が持っていた薄くて長いケープを差し出すと、侍女2人でルーナにケープを着せていく。
ルーナは混乱したものの、されるがままケープを着せられた。ただ頭の中は疑問符でいっぱいだった。
残りの1人の侍女はステラにレースの飾りのついた黒扇を渡すと、3人の侍女は礼をして部屋から出て行った。
部屋にルーナとステラ、ルーナの侍女のアメリア、侍女頭のイザベラの4人だけなる。ステラはルーナに歩み寄り口元を黒扇で隠しながら囁いた。
「話は馬車の中で。」
暗に、『ここだと誰が聞いているかわからないから。』と言っているように聞こえた。
部屋を出て、後宮の入口まで2人は並んで向かう。その途中、どこに行くのか説明された。
「ドレスの約束をしていたでしょう。ルーナに合いそうなドレスの色とデザインを商会に伝えていたんだけど、その準備ができたという返事が昨日来たのよ。そのことを昨日のうちに伝えようとしたのよ?でも、ルーナはどなたかと予定があったようだし?」
ステラはにっこりと笑いながら告げているが、言葉にやや険が感じられる。たぶん、皇宮で何か皇太子に言われたんだろうなと察せられる口振りだった。
馬車の中で根掘り葉掘り色々聞かれるのだろうと思うと急に気が重くなり、ルーナは苦笑した。
そうならそうと手紙を書くなり、侍女に言付けでもしてくれればいいのに、それをしないあたり少し悪意を感じる。よほど、皇太子に嫌なことでも言われたのだろう。
それか、後宮の侍女が信じられる人材なのか疑っているのだろうか……。
後宮の長い回廊を歩いていると、静かなはずの後宮がにわかに騒がしい。誰かの話し声が歩いていくうちに遠くから聞こえてきて、それが近づいてくる。
「あーあ、会う前に出掛けたかったのだけど……仕方ないわね。」
ステラは立ち止まるとルーナのケープを掴んでルーナを引き寄せ、耳元で囁いた。
「私は今から、ステラ・ガルシアよ。」
ステラはそう言って微笑むと、ケープを離した。途端、曲がり角を曲がって回廊の向こうから現れたのは、金の髪を編み上げた少しつり目気味の茶色の瞳をした令嬢と、日に透けると茶色にも見える黒髪を1つに結んだ紫色の瞳をした令嬢だった。確か後宮に来るときは1人しか許されていないはずの侍女を、何人もぞろぞろと後ろに引き連れている。
私以外の后候補だ。
ルーナが道を開けるため廊下の脇に寄り、礼をすると、逆にステラは回廊の中央で腕組みをして楚々とした笑顔を浮かべる。ルーナとステラの姿を目にした2人は、会話を止めて困惑したように眉を潜めた。
「后候補の方……かしら?」
先に声をかけてきたのは、金髪の令嬢だった。




