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他の人に知られずに上の立場の人間に話す機会は、人払いされている今しかない。
「ステラ皇女殿下に、噴水での出来事をお話になられましたか?」
ルーナの質問に、ジュードは何でそんなことを聞くのかと言いたげに片眉を上げ、首を左右に振って否定した。
「いや、話していない。故意に貶めたい相手のことならまだしも……な。」
何やら身に覚えでもあるのか、ジュードが視線を反らすとその視線の先に誰かが見えているかのように、苦々しげに歯噛みしているのが見えた。
なんとなく、黒皇子の噂についてだろうかと思ったけれど、そこに触れたらやぶ蛇な気がして見ない振りをした。
気になるけれど、気にしちゃだめだ、気にしちゃだめだ。
姉がお茶会で出た話題と言って、姉が何か言っていた気もするけれど、気にしちゃだめだ。
ルーナは気を取り直すと、誰も近くにいないとわかっていながらも、周りを見回した後に少し声を潜めて告げた。
「ステラ皇女殿下は、私の噴水での出来事をご存じのようでした。」
ジュードはその言葉に、ルーナに向かって剣呑な表情を向けた。
「その場にいなかったはずのステラが、そのことを知っている。つまり後宮のことが外部に漏れている……ということか。」
「侍女頭のイザベラが漏らしたのでなければ……。」
ジュードはルーナの言葉で、ある程度のことは察したようだった。
後宮は、皇帝陛下や皇后陛下、皇太子であるジュードや皇女であるステラが住まう皇宮とも隣接していて、後宮内部のことが漏れるということは、皇宮のことが外部に漏れている可能性があることも示唆している。
「ステラは、そなたに何を言っていた?」
ジュードの質問に、ルーナは頭を悩ませた。
あの後宮の回廊で、ジュードがステラとルーナの会話のどの辺りから聞いていたか定かではない。
「ご存じのことも一部あるとは思いますが……噴水でのことと、私がデビュタントに参加していないことを言われました。わざと私のことを貶めて帰らせるように。それと…関係があるかわかりませんが、私が持っていたアクセサリーをお見せしたとき、常に身に付けるか、よほど大事な時以外には秘しておくようにと。」
ジュードは顎に手の甲を当てると、何やら思案しているのが伺えた。
しばしの間の後、その体勢のままジュードが口を開いた。
「恐らくステラは、その漏れでた情報を使って令嬢を追い返していたのだろう。だがあいつも愚かじゃない。漏れた情報を利用もするが、どこから漏れたものか、またその情報の行き先がどこか探らせてもいるだろう。情報が漏れていることを危惧しているから、そなたに注意を促したのだ。」
ステラが後宮に情報源となる侍女を置いていて探らせている可能性も考えられたけれど、ルーナに注意を促した時点で、その線は消えた。
通常は後宮内部のことは秘されているし、各自の部屋で個人が何を持っていようと、皇帝一族を害する武器以外は持ち込み自由だ。
それを隠しておくように言うということは、個人の部屋すらも、大切な物は隠しておかないと安全ではないということになるし、危険を告げた時点で、中を探ろうとする第三者が後宮に関わっている可能性を告げているに等しい。
「そなたのお陰で、よい情報を得られた。礼を言う。」
「お役に立てたようで、光栄です。」
ジュードはそう言うと、席を立った。それを合図とするように、先ほど場を辞したはずの側近や騎士達がジュードの傍に侍る。ルーナが慌てて席を立とうとすると、ジュードはそれを制した。
「そなたはゆっくりお茶をするとよい。その髪飾り、よく似合っている。」
ジュードは引き締めていた表情を少し緩めて告げ、その場を去っていく。側近はルーナに軽く会釈すると、ジュードの後を追うようにその場を去った。
ジュードが去った後、ようやく肩の力を抜くことができて、椅子の背もたれに背中を預けて息を吐いた。
ただ完全に気を抜くことはできない。こうしている間にも、皇宮や後宮を探ろうとする何者かが暗躍しているのだ。その人物は、ルーナすらも調べる対象としている。
そこでルーナは、ハッと思い出した。
何も考えずにステラの前で宝石を見せてしまったけれど、ステラの傍には数名の侍女がいた。
そこからルーナがベネットジュエリーを持ってきていることが漏れる可能性がある。いくらステラの連れていた侍女だったとはいえ、安心はできない。
自分の連れてきた侍女しか信用できないことに気づき、こうしてはいられないと、ルーナは席を立った。
それを合図に、どこにいたのかイザベラとアメリアがサッと姿を現した。
ジュードは、イザベラが暗躍した可能性を告げた時に、イザベラが犯人である可能性を一切言わなかった。つまりイザベラは、ジュードにとって信用できる人物なのかもしれないと思った。
ルーナは自室に戻ると、施錠した後に、アメリアに青い宝石箱を持ってこさせた。
カチンと音がして鍵があき、蓋を開ければベネットジュエリーがきちんと鎮座しているのを確認した。ちゃんと本物か確認する為に手をかざすと、深海のような青色が輝いて僅かに揺らめく。
本物で間違いないかいろいろ確認し、求めた反応が返って来て、やっと安心できた。
自分の居る場所が安全ではないと知るのは、不安でしかない。
宝石箱を抱えて息を吐くと、アメリアにしまっておくように渡した。
しばらくして、ジュードの使いとして先ほどジュードに付き添っていた側近がルーナに小さな箱を持って訪ねてきた。
「皇太子殿下より、世話になったお礼の品とのことです。お納めください。」
受け取った箱の中身は、良い香りのするハンドクリームだった。
ふとジュードの手の温もりが甦った気がして、ルーナは胸が熱くなるのを感じた。




