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テーブルはあまり大きくなくて、かなりの至近距離に2人きりにされて緊張する。
手を伸ばせば、相手に手が届きそうで届かない距離。
そんな距離で何を話せばよいのか分からず、まずは相手の出方を待とうと、ルーナは紅茶のカップを手に取った。紅茶はかなり香り高く、自分の領地ではとても飲めない高級品だと察知した。
どうにか茶葉を自領で栽培できないものだろうか。特産品になれば、紅茶は貴族がよく口にするものだし、品質が良ければかなりの収益になる。
そんなことを考えながら紅茶を飲んでいると、ルーナと同様にカップを手にしていたジュードが口を開いた。
「ベネット男爵令嬢。」
「はい。」
名を呼ばれ、カップをソーサーに置いて身構える。ジュードはどこか周囲を憚るような様子を見せ、人払いしたのだから周りに誰もいないだろうに、注意深く辺りを見回した後にルーナの瞳をまっすぐ見つめた。その赤い光彩が自然光を受けて宝石のように美しく、つい視線がそこに吸い寄せられ魅いられそうになる。
「そなたの手を借りたい。」
続いた言葉にはっと意識が目の前のジュードという存在自体に戻り、ルーナは背筋を伸ばした。
手を借りたいということは、何か手伝いをして欲しいと?
ベネット男爵領にそれほど目につく産出物もないし、私自身に特技もない。できることはほとんどないように思うけれど、何かできることがあるんだろうか?
ルーナはジュードに言われたことに少しばかり思案した。内容を聞かずに了承してしまってはいけない。相手は次代の皇帝となるお方だ。貴族の頂点。そこにすぐによい返事をしてしまっては、下手したら足元をすくわれて自領を危険に晒すこともありえるのだ。
「手伝う内容を……伺ってもよろしいですか?」
少しおどおどとしながらも質問すると、ジュードが目を見開くのが見えた。
「だから、手を借りたいのだが……?」
そう言って、どこか少し恥ずかしそうな困ったような表情を見せるジュード。
『手』と言われ、ルーナは己の両の手を顔の前で開いて見つめた。
貴族だと言うのに、父や姉に黙ってこっそり農作業を手伝ったりして荒れ気味で、しっかり日除けはしたので日焼けはしていないが、お世辞にも美しいとは言えない手。
手当てはしたけれど、草刈りしたときにすれた草で切れた跡が治りかけで残っている。
手だけ見たら、誰も貴族の手とは思わないだろう。
「手……ですか?」
ルーナが己の方に向けていた掌をジュードの方に向け、確認しながらもそっと差しだす。
「ああ、手だ。」
ジュードは恥ずかしいのを誤魔化すような咳払いをすると、向かいにいるルーナの手を取った。
ルーナの右手をジュードの左手がしっかりと掴む。
ああ、手を貸して欲しいと言うのは、そのままの意味だったのか。
そうルーナが気づいたときには、ルーナの手はジュードの両の手に包まれていた。
父以外に触れたこともない異性の手。
その手に包まれ、指先を絡めとられる。
その温もりが恥ずかしく、ルーナは顔が熱くなるのを感じた。
指先を摘ままれたり、指の腹を撫でられる。
たかが手とは言え、異性に触れられるのはいかんともし難い気持ちになる。
まるで己の体に触れられているような、ゾワゾワとした気持ちになり、その手を引っ込めたい気に陥る。
恥ずかしくて消え入りたい気持ちになりなりながらその手に触れているジュードを見れば、ジュードの瞳が真剣なことに気づいて、恥ずかしさが霧散した。
まるで、何かを真剣に調べているようなその表情。ジュードにとってルーナの手に触れるという行為は、研究者が実験する為の素材に向かっている様子に近いように思えた。
「皇太子殿下、理由を伺ってもよろしいですか?」
ルーナの質問で改めてルーナ自身に意識が向かったのか、ジュードはハッとしたようにルーナに視線をやった。
掴まれていた手が離され、ルーナは手を己の膝に戻す。
その指先に、ジュードの温もりが残っているような気がした。
「理由か………。」
ジュードは少しいいよどんで目をそらすと、一つ大きく息を吐き出して、意を決したように語りだした。
「そなたの手に触れたいと思った。それだけだ。」
異性に対して免疫のない女性ならまいってしまいそうな理由を、軽く口角をあげて言われる。
ルーナは異性に触れられた免疫はないが、老若男女、さまざまな領民と農作業をしていて、まったく異性と関わったことがないわけじゃない。
ただの貴族女性なら誤魔化されそうな台詞だけど、先ほどの研究者のような様子を見ていただけに、何かよほど言いたくない理由があるのだと察しはついた。
「私の手を、お気に召していただけたようで幸いです。」
何と返してよいものやら分からず、わけのわからない返答をした自覚はある。
他によい返事があるのなら教えて欲しい。
ただ、貴方の言葉を真に受けてはいませんという意志は伝わったらしい。
姉の代わりに来ただけの、代理の后候補だ。
さっさと家に帰るつもりしかない。
自分の思った通りの反応がなかったからか、ジュードは肩透かしをくらったようで、先ほどの作ったような笑顔ではない笑みがこぼれた。
「ああ、良い手であった。礼を言う。」
そのままジュードがカップの紅茶を飲み干す。
このままだと話が終わってしまいそうな予感がして、ルーナは慌てて言葉を挟んだ。
「ジュード・バルカス皇太子殿下。もう一つ、お聞きしたいことがあります。」
「聞きたいこと?」
「はい。」
ステラは、私が噴水の水を飲んだことを知っていた。ジュードは挽回のチャンスを与えるように、この場を作ってくれた。つまり、それはルーナがその行為が恥ずかしいと思っていることを察してくれたから作った場だ。
その恥ずかしいと思っていると察していることを、べらべらと他人に話したりするものだろうか。
なのにそれをステラが知っているというとこは、ジュードが話したか、その場にいた侍女頭であるイザベラが話したか。
もしくは、他に誰かそれを見ていた第三者がいて、秘されているはずの後宮内のことが外に漏れてしまう環境であることを意味している。




