#6 裏路地の邂逅
裏通りに、銀髪の殺戮者が立っていた。
王都の外れ、湿った石畳の路地。月明かりが細く差し込むだけの暗がりで、彼女は静かに兜を外した。
銀の髪が解き放たれ、軽くまとめていたショートボブが夜風に揺れる。前髪には申し訳程度の小さな花の髪留めが付いていた。
覆面は外さなかったが、兜の下から現れた輪郭だけでそれが並外れた美貌であることは明らかだった。ブラウンの瞳が、冷たく月を見上げている。
その瞳に、戦場帰りの熱はない。ただ深い静けさだけがある。
足音もなく、路地の角から一人の男が現れた。
長身。筋肉質。長い濃紺の髪を無造作に結んで垂らしている。四十手前。王城仕えの伝令兵の制服を纏っているが、その立ち居振る舞いは明らかにただの伝令兵のものではない。
「報告を」
男の声は低く、短い。
「標的、山猫ナンバー3グレン・ハルバート。誅殺には至らず。治安部隊の損耗、約四割。想定内。山猫構成員の生存者は数名。第三者の介入により――」
「わかっている」
男は彼女の言葉を遮った。その声には、わずか な苛立ちが滲んでいた。
「ご苦労だったな。もういい、下がれ」
「はい」
銀髪の女はそれだけ言うと夜の闇に消えた。足音はなく、気配も残さなかった。
男はしばらくその場に立ち、路地の奥を見つめていた。それから小さく舌打ちをした。
「出てこい」
路地の影、壁の窪みに溶け込んでいた黒い影がゆっくりと動いた。
黒髪の女――シディアが、貴婦人のドレスを纏ったまま暗がりから姿を現す。スリットから覗く白い脚が、月明かりに照らされた。
男は彼女を一瞥し、吐き捨てるように言った。
「まったく、余計なことをしてくれたな」
「あら」
シディアは首を傾げ、微笑む。相変わらず目は笑っていない。
「あの義賊気取りどもの化けの皮を剥がす、絶好の機会だったというのに」
義賊気取り――暗黒街の「後見人たち」。王国の体制を担う者達にとっても彼らは無視できない存在だが、そのことに不満を持つ者は多い。この男はその筆頭格だった。
リック・ギャラガーがあの場で殺されていれば、懐刀を失った奴らは当然事態の究明に動く。男の仕える組織にたどり着くのも時間の問題だ。そこで奴らはどう出るか。
矛を収めるならその程度の小物だと分かる。報復に走り王城と対立する道を選ぶなら堂々と取り締まれる。
どちらに転んでも、この不愉快な状況を変えるための重要な一手となる。それがこの男の狙いだったのだ。
だが、作戦の直前に「なぜか」上層部から命令があった。
『ゴロツキどもに紛れ込んだ新聞屋を殺すな』
理由は告げられなかったが、察しはついた。彼は怒りに震えた。ただ、命令は絶対だった。
シディアは、クスリと笑った。
「いいえ。彼はそんなつまらない理由で殺されるには惜しい逸材よ?」
男の顔がさらに険しくなった。命令の要因をつくった隣国の同業者を、彼は鋭く睨みつける。殺意にも似た視線だったが、シディアは動じなかった。
「お前達があのブン屋の何に執着しているのか知らんし、知りたくもないが」
言葉を切り、男は声のトーンを落とした。それは怒りを抑え込むための沈黙だった。
「次はないぞ」
シディアは答えなかった。
ただ、黒髪を靡かせながら闇に消えていく。ドレスの裾が、月明かりの下で一瞬だけ白く光った。それから、闇に溶けるように見えなくなった。
男もまた、軽くため息をついて消えた。
路地には、誰もいない。
ただ、濡れた石畳と、遠くで響く鐘の音だけが残されていた。
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翌朝、俺は自室で目を覚ました。
窓の外は快晴だった。昨夜の雨が嘘のように、王都の空は澄み渡っている。俺はベッドから起き上がり、窓を開けた。冷たい朝の空気が部屋に流れ込んでくる。
遠くで、街の人々が動き始める音が聞こえた。荷車の車輪、行商人の声、教会の鐘。いつもと変わらない朝だ。
だが、昨日と何かが変わった。
あの銀髪の女。シディア。後見人。山猫。そして、使わずに済んだ切り札。
俺は机の上に置いた短銃を手に取り弾倉を確認した。昨夜の戦場で飛ぶはずだった鉛玉が、朝日を反射して鈍く光る。
「ボス、起きてますか?」
下からリネットの声がした。
「ああ、起きてる」
「今月の給料、まだですよね」
「……わかってる」
「じゃあ、お茶淹れながら待ってます」
足音が遠ざかる。俺は苦笑し、短銃をケースに戻した。
あの女は、何者だったのか。後見人は何か知っているのか。一昨夜に突然現れたシディアは何を狙っているのか。
わからないことだらけだ。
だが、少なくとも今日は給料を渡さなければならない。
俺は上着を羽織り、階段を降りた。
王都の鷹は、今日も飛ぶ。




