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後見人は均等に  作者: Quintet
第一章 雨のち晴れ

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5/10

#5 去りゆく銀

...本当に、何がどうなってやがる。


胸中で毒づきながら俺は再び臨戦態勢を取った。重心を落とし、右手を内ポケットへ入れる。グレンに使うはずだった「切り札」の準備をする。


切り札――騎士団内で極秘に開発され、どこにも出回っていないはずの短銃。少量の火薬を内部で爆発、その反動により恐ろしい速度で鉛玉を飛ばす。


そしてもう一つ、極短時間で人を死に至らしめる猛毒を撒く煙幕弾。


どちらも後見人が俺に持たせた最後の手段だ。使えば相手が誰であろうと――いや、何であろうと生きてはいられない。


ただし短銃は試作段階の粗悪品。劣化が速く使うほどに暴発の危険が増し、毒煙に至っては風向き次第で俺も死ぬ。究極の諸刃の剣だ。


それでも尚、目の前の怪物に通用するかは未知数だ。あの速さにあの技量、そして刃の切れ味。全てが常識の範疇を超えている。


先ほどの煙幕弾ですら一振りで吹き飛ばされた。必殺の毒煙も同じ末路を辿るかもしれない。


だが、だからといっておとなしく殺されてやる義理はない。


しかし


予想に反して女はすぐに襲ってはこなかった。


視線をこちらに向けたままゆったりと歩み寄ってくる。その歩みは静かで、敵意があるのかないのかまるで読めない。


彼女は俺の容姿を、風貌を一挙手一投足に至るまで、つぶさに確認しているように見えた。値踏みされている。そう感じた。


距離が縮まる。五歩。四歩。三歩。


あまりのプレッシャーに俺は死を覚悟した。柄にもなく、人生の走馬灯なんてものが頭をよぎる。


だがそこで、ふと妙なことを思い出した。


そういえば、今月の給料をまだリネットに渡していない。


あの子は几帳面だ。月末前の給料日を過ぎれば必ず「ボス、今月分はまだですか」と、それはそれは控えめにしかし確実に催促してくる。


それを俺はいつも「ああ、明日な」と先延ばしにして結局月をまたいでしまう。今回もそうだ。彼女に給料を渡していない。


生き残る理由が増えた。


場違いな喜びと吹っ切れ。なんだか笑えてきた。死を目前にして、給料のことを考えるなんて。我ながら救いようがない。


だが、何を考えているのか分からないが、来ないならこちらから行くまでだ。


決死の覚悟で更に重心を落とした、その瞬間――


女がサーベルを鞘に納めた。


「は?」


間抜けな声が漏れた。女は踵を返し入り口へと戻っていく。治安部隊の兵たちが遠巻きに見送る。


誰も彼女に触れようとしない。声をかける者もいない。まるで嵐が過ぎ去るのを待つかのように、ただ静かにその背中を見つめているだけだった。


「お、おい!」


俺は思わず呼び止めた。だが反応はない。女はそのまま入り口を抜け、暗がりへと消えていった。銀の髪の残像だけが、網膜に焼き付いている。


呆気に取られた。何だったんだ、あれは。

理解の限界を超えた状況に、頭が混乱する。

だが、助かったのは確かだ。


俺は小さく息を吐き、切り札から手を離した。指先が震えている。無理もない。心臓は未だに早鐘を打っていた。呼吸を整え、もう一度深く息を吸う。


使わずに済んだのは、不幸中の幸いか。あの短銃も毒煙も一度使えばこの街では厄介な証拠になる。後見人とて、そう何度もこんな代物を用意できるわけではない。


近くでグレンの呻き声が聞こえた。振り返ると、彼は壁際に座り込み肩を押さえている。出血で意識が朦朧としているが、命に別状はなさそうだ。目にもまだ光がある。


毒を撒いていたら巻き込んでしまっただろうなと思いつつ、俺は彼の腕を掴み、再び引き起こした。


「行くぞ。立てるか」


「くそ……」


グレンは悪態をついたが、今回も抵抗はしなかった。傷口とは反対側に肩を貸し、裏口へと向かう。治安部隊の増援が来る前に、今度こそこの地獄から離脱した。


外は、冷たい夜気が満ちていた。追手は来ていない。あの状況なら無理もないか。


雨上がりの石畳が月明かりを反射して、街の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。


遠くで鐘の音がした。王都の治安部隊が本格的に動き出す合図だ。俺はグレンの肩を支えながら路地へと消えた。


背後では、まだ煙が立ち上っていた。


あの銀の女は、一体何者だったのか。

その問いだけが、夜の闇に溶けていった。

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