#4 煙と銀
広間に立っている山猫の構成員は、もう数えるほどしかいなかった。
十人いたか、いや、六、七人か。床には仲間の躯が折り重なり血の海が広がっている。燭台の灯りがその赤を照り返し、壁という壁が生々しい飛沫で染まっていた。
グレンは、その光景を見ていた。
そして、叫んだ。
「うおおおおッ!」
剣を抜き、彼は駆け出した。元騎士とナンバー3としての矜持と怒りが、恐怖を上回ったのだろう。
だがその足取りは無茶苦茶だった。怒りと絶望が、凄腕であるはずの男の剣筋を狂わせる。
女は静かにそれを受けた。
一合。二合。グレンの剣が火花を散らして弾かれる。三合目で、彼の剣は大きく流された。体勢が崩れる。
女のサーベルが、吸い込まれるように彼の首筋へと迫り、刃が一筋の閃光と化す。
俺は咄嗟に動いていた。投げナイフが指先を離れる。狙いは女の腕。武器を弾くだけにしたかったが、刃先は速すぎて視認できず。やむなく持ち手を撃つ。
女はナイフの方を――見もしなかった。ほんの僅かに腕を上げる。手甲が金属音を立ててナイフを弾いた。だが、その動きでサーベルの軌道が逸れる。
刃はグレンの首を捉えることなく、肩を深々と裂いた。頑丈な肩当てごと、だ。これがなければ腕ごと持っていかれたかもしれない。
グレンは悲鳴を上げて後ずさった。血が噴き出す。だが、致命傷ではない。
俺は間髪入れずに動いた。内ポケットから小瓶を抜き、床に叩きつける。ガラスが砕け濃縮された睡眠薬が空気に触れて急速に気化する。白い煙が爆発的に広がり、視界を覆い尽くした。
「退くぞ!走れ!」
うずくまっているグレンの腕を掴み、無理やり引き起こす。彼は呻きながらも抵抗しなかった。恐怖と痛み、出血で完全に戦意を削がれた男を半ば引きずりながら走り出す。
この騎士崩れの荒くれ者を始末する決断を下したばかりだったが、状況が一変した。死なせずに済むならそれに超したことはない。
グレンはナンバー3だ。生かしておけば交渉材料になる。山猫にも貸しをつくれる。後見人からの信頼に応えるためにも、より最善の選択肢を取る。
煙の中、俺たちは裏の出口へと走った。後ろから悲鳴が聞こえる。だが、振り返らない。今は逃げることが最優先だ。
出口に通じる階段まであと数歩。そう思った瞬間――
風が吹いた。
いや、今度も風ではない。背中越しでもわかる。これは斬撃だ。
煙幕が、一振りで吹き飛んだ。白い煙がまるで布のように真っ二つに裂け、瞬く間に消えていく。
俺は唖然とした。グレンを放し、振り返る。
女が数歩先に立っていた。サーベルを垂らし、静かにこちらを見ている。
ブラウンの瞳が燭台の灯りを映して僅かに輝く。銀の髪が、血の匂いを含んだ空気に揺れていた。
「……なあ」
俺は掠れた声で言った。
「あんた、一体何なんだ」
女は答えなかった。ただ一歩、前に進んだ。
その足音は、やけに静かだった。




