#2 山猫の宴
翌日の夜、俺は応接室の隠し扉を開けた。
壁の裏側には狭いが整然とした武器棚が広がっている。短剣、投げナイフに小型の弩、煙幕弾そして幾つかの小瓶。毒物と薬物。後見人から叩き込まれた戦術の基本は「戦わずして勝つ」ことだ。使わないで済むなら、それに超したことはない。だが、使わねばならないことも時にはある。
俺は迷わず選んだ。短剣二本。投げナイフを四本。煙幕弾を二つ。それから小さなガラス瓶を一本。中身は濃縮された睡眠薬だ。空気に触れれば急速に気化する。風向き次第では自分も巻き込まれるが、使う状況ならそんなことは言っていられない。そして、普段の出陣ならまず開けることのないケースからも武器を見繕う。
腰の後ろに短剣を差し、胸元の内ポケットに小瓶を忍ばせる。投げナイフは上着の内側に仕込んだ。動きを阻害しない程度の装備。これ以上は逆に目立つ。
編集室に寄ると、リネットの机の上は綺麗に片付いていた。今日は早めに帰してある。余計なことを聞いてこなかったのは、彼女なりの気遣いだろう。
窓の外を見る。雨は上がっていた。だが、路面はまだ濡れている。月明かりが水たまりに映って、街の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。
俺は新聞店の裏口から出た。石畳を踏む足音を意識的に消しながら路地を進む。
会場は、王都の外れにある古い倉庫街の一角だった。表向きは廃墟同然の建物だが、中は山猫の根城の一つとして使われている。本拠地ではない。奴らは主要な拠点を複数持ち、定期的に場所を変える。リーダーである頭目自身も滅多に人前に出てこない。用心深い連中だ。
十分ほど歩いたところで、俺は建物の裏手に回った。見張りが二人。一人は表門の影、もう一人は裏口の脇。どちらも物陰に隠れており、普通に歩いていれば気づかない。だが俺はこういう場所で育ったようなものだ。後見人に叩き込まれた経験が、自然と目を肥やしている。
俺はわざと足音を立てて近づいた。
「誰だ」
「王都の鷹から来た。リック・ギャラガーだ」
暗がりから男が現れた。背は高いが痩せ型で、目の周りに隈がある。山猫の構成員にしては線が細い。おそらくは情報担当か何かだろう。
「入れ。グレンが待ってる」
男はそう言うと、裏口の扉を開けた。中は薄暗く燭台の灯りがところどころに置かれている。だが、その灯りは意図的に配置されている。影を作るためだ。侵入者を迎え撃つための設計。
俺は階段を上がった。二階は広間になっていて、三十人ほどの男たちが思い思いに酒を飲み賭け事をし、武器の手入れをしていた。
だがその誰もがどこか落ち着かない様子だった。目が笑っていない。興奮と緊張が入り混じった空気。血の匂いがする前の、獣たちの息遣いだ。
広間の奥、一段高い場所に椅子が一脚置かれていた。そこに座っている男がいた。
グレン。山猫のナンバー3。四十がらみの男で髪は剃り上げ、顔には古い傷跡がある。右耳が半分欠けている。騎士団の下級士官だったという話を聞いたことがある。
「よく来たな、新聞屋」
グレンは立ち上がり両手を広げて見せた。親しみを装っているが、目は笑っていない。
「頭目は?」
俺がそう聞くと、グレンは肩をすくめた。
「あいにく、来られなくなった。急用だ」
嘘だ。頭目は最初から来るつもりなどなかったのだろう。血気盛んな部下たちに好き勝手にやらせて、自分は「知らなかった」と言い訳するつもりだ。
約束を破るための方便。用心深いだけでなく、狡猾な男だ。俺はこっそりとため息をついた。だが、表情には出さない。
「そうか。残念だ」
「まあ、座れよ。酒でも飲め」
グレンは部下に目配せをした。一人の男が杯を持ってくる。俺は受け取ったが、口はつけなかった。こんな場所で出された酒を飲むほど、俺も馬鹿ではない。
広間を見渡す。三十人強。山猫全体の三分の一程度か。
だが、相当念入りに準備している。床の一部がわずかに浮いている。トラップだ。天井裏には物音。弓兵が潛んでいる。壁際には槍が立てかけてあるが、あれはすぐに手に取れる位置だ。
治安部隊を待ち受けて、興奮している。まるで祭りも待つような顔をしている。だが、その祭りでは多数の人が死ぬ。
約束は守られない。頭目が来ていない時点で、それは確定だ。この連中は後見人との約束など最初から守る気はなかった。頭目は部下に「好きにやれ」と暗に命じ、自分は安全な場所から成り行きを見守るつもりだ。
やれやれ、と俺は悟られないように再度ため息を吐いた。




