#10 踏み込んだ足
物書きは、存外に相性が良かった。
思えば孤児院で覚えた読み書き。荷役で鍛えた足腰、配達で培った土地勘。どれも新聞記者に必要なものだった。
俺は誰かに教わったわけではない。ただ、生き延びるために身につけたものがそのまま仕事になった。そういう意味では俺は運が良かったのだろう。
業界のルールや取材先との利害関係に縛られ満足に書きたいことを書けない同業者が多いなか、俺は自由だった。
明日の食事を心配しなくていい。家賃も、光熱水費も次の仕事も。それらをすべて解決してしまっていた俺は、書きたいことを書けた。
書けば書くほど記事は歯に衣着せぬものになっていった。
「王都の鷹」という名前は自然と広まった。思いつきで付けたが、悪くない名前だと思った。
鷹は高く飛び、鋭い目で地上を見る。空から見下ろす。俺はそういう記者でありたかった。
一部で熱烈な支持者も出始めた。俺の記事をスクラップブックに貼り集めている者。発行日の朝、真っ先にうちの新聞を買いに来る者。手紙を送ってくる者もいた。
中には励ましの言葉をくれる者もいて、そういうのは少しだけ照れた。
意図に反して購読料は鰻登りになっていった。王都の鷹は、気づけば無名の新聞店ではなくなっていた。
楽しくて仕方がなかった。
毎朝、何を書こうか考える。街を歩き人に会い、話を聞く。事件を追い真実を掘り起こす。書いた記事が読まれ誰かの心を動かす。
それだけのことが、俺にとっては何よりも大きかった。孤児院で空洞だった心が少しずつ埋まっていくような気がした。
だが
勝って兜の緒を締めろとは、よく言ったものだ。
有頂天になっていた。俺は自分が何をしているのか、どこに立っているのか。それを忘れかけていた。
とある違法薬物の取材が、すべての始まりだった。
王都の下町で若者が次々と倒れているという噂を聞いた。原因不明の倦怠感。幻覚。痙攣。そして時には死。
誰も表立っては語らない。だが噂は確かにあった。俺はそれを追った。証言を集め、売人を探し密売のルートを辿った。
その過程で、俺は知らず知らずのうちに足を踏み入れていた。
王都の暗部。同業者が決して踏み入れない領域。触れてはならないもの。見てはならないもの。知ってはならないもの。
俺はその入り口に立っていた。
そして、気づいたときにはもう遅かった。




