第96話「そして」
「どうして正直に話さないんですか!?」
話を聞いていれば、ずっと前提にあるのが「竜を騙して上手くその場をしのごう」ということばかり。
聖女でなくてもいい。けれど必ず一人は犠牲にならないといけないと強要。
嘘はいつか見抜かれる。それがわかった時、傷つくのは竜だ。そして人間を滅ぼしにくる。
「竜が可哀想です!」
「神子を差し出さなければ国を燃やすと敵意を露わにした存在に、そのような情けは要らぬ」
「言葉が通じる知性ある存在なんですよ!?」
「なおたちが悪い」
聖女に対して真面目な口調で返事をする国王。それは彼なりの誠意なのだろうが、異世界の少女にはあまり通じない。
むしろ子供扱いされているようで腹立たしいのだが、下手なことを言って悪い方向に持っていきたくない気持ちがある。
「第三王子が今も竜に誠心誠意で話しております」
貴族の人壁をかきわけて、第一王子が停滞しそうな会話へと割って入る。
その姿を第二王子は強く睨むが、国王は体の向きをそちらへと切り替えた。
「そちらを危機に晒すかと」
「……あー、そういう意味の人質?」
最初は竜と交渉するために差し出したと考えていた国王は、ここに来て人間側の行動を制限するためだと理解した。
表を担当する前世の意思は来世の意思にそんな思考で行動していたのかと驚くが、前世図書館に引きこもっている王子は素知らぬ顔をしている。
弟を助けたい兄としての面では、できれば利用したくなかったが国王相手では手段として布石を打つしかなかった。
「王が抱えている問題は二つ。竜相手にいかに犠牲を少数にするか。貧民街の瘴気を消す方法ですね」
「そうだね。で?」
「瘴気に関しましては第三王子が試したいことがあるようなので、最悪聖女様は生贄として差し出すことは可能でしょう」
「はぁ!?王子属性って非人道付与とかあるんですか!?」
第一王子に対して思いっきり怒りの形相を向けた聖女だったが、第一王子は彼女達に近づきながら人型スライムの首元を掴んだ。
服が伸びるのを気にしていない人型スライムは特に抵抗などせず、ずるずると引きずられている。
会話には無関心のようで、視線をきょろきょろと動かしながら沈黙を続けたままだ。
「しかし第三王子の施策に時間を要する場合、聖女様を失うのは下策。次点としてはそちらの騎士を生贄にするのは悪くありません」
「……」
「ただ聖女様の言葉通り、竜に嘘を吐いて騙し通せるとは考えにくい。竜神の愛子は我々より優れた叡智をお持ちとのことですから」
「お前の話を聞いていると、八方塞がりな気がするんだけど」
国王の砕けた口調はいつもよりも圧力が強く、目は怒りに満ちている。
明らかに発言稼ぎをしているとわかっているのだろう。あえて結論を引き延ばしていると悟り、苛立ちを見せつけていた。
「そうです」
「お前、そんなに愚かだったけ?」
「我々人類がです」
「……」
「第四王子は第三王子に告げたそうですよ。
世界が終わるかもしれないから、反省しとけ――と」
国王の眉がぴくりと動く。第四王子の直感と功績を、無視することができない。
固有名称魔物である魔王を倒した青年は、全く違う視点を持っている。第三王子の蜂蜜のような甘い色合いではない、きらりと光る星のような黄金の瞳は異常なのだ。
本人は「鑑識眼っていうやつらしいけど、面倒なんだよなぁ」とか言っていたが、その真意を知るものはいない。
「我々は踏み間違えたまま、進んでいるのです。ここで省みましょう」
「……全く、我が息子ながら恐ろしい奴だよ、第四は」
深いため息を吐いた国王は、穴の空いた天井を見上げながらぼんやりと考える。
竜谷で一人目の神子を見殺したのは教会である。護衛なども神聖騎士団主導であったし、国王はあらゆることを事後報告で聞いたに過ぎない。
ドクズな性格だったので惜しいとは思わなかったし、国財を消費する金食い虫であったことから同情もしなかった。
それが間違いと言われてもピンとこないのが本音だが、その業を清算しようと異世界から神子を召喚しようとしたのは王宮側である。
その最終決定権は国王自身が持っていた上、各決裁の紙面に判を捺したのは国王自身だ。
そのために投じた血税に報いなくてはいけない。だからこそこの局面で決定を下すのは王としての責務である。
「……」
人型スライムの視線が忙しなく動き続けている。それに気づいたのは魔導騎士くらいだろう。
どことなく焦っている表情を浮かべており、魔導騎士の赤い瞳と視線がかち合った瞬間にそっと逸らした。
嫌な予感がする。第一王子が第四王子の言葉を告げたあたりから、挙動がおかしくなっている。
第一王子に服の首元を掴まれたままにしているが、どうして大人しくしているのか。
危惧を覚えた魔導騎士が思考を重ねている最中、無視されていることに耐えきれなくなった第二王子が声を上げた。
「お待ちください、父上!
あいつはスライムをそばに置いて平然としています!」
「……何か問題が?」
「魔物を素手で掴んで平気なのはおかしい!
襲わないという確信があってのことでは!?」
「ここで逃げられて人民に被害がある方が面倒だからだ」
呆れたように言い返す第一王子に対し、第二王子は反感を強くしていく。
赤くなった顔に黒味が混じり、人間の感情が昂るとあんな色になるのかというほど顔色が変化していた。
「処刑人!」
「っ!?」
新しい斧を手にした処刑人が、第一王子の背後に立っていた。
鋭い刃先が人型スライムの脳天を潰し、体の中央から真っ二つに切り裂いた。大量の水が赤い絨毯にぶち撒けられ、その飛沫が第一王子の全身に降りかかる。
目元を擦って慌てて距離を取った第一王子の目前で、斧が何度も何度も振り落とされる。挽肉を作るかのように、人型スライムの体が刻まれていく。
「やめてっ!」
「聖女が魔物の肩を持つのか!?」
「ライムさんは私を助けてくれた!ジャルネット村だって、ライムさんのおかげでどうにかできたんです!」
聖女の言葉にざわりと動揺が広がり、国王が手の動作一つだけで処刑人の動きを止める。
皮膜の内側で残った水がぷるぷると震えており、それは透明な人肉が生きているかのように動いているようだった。
魔導騎士が魔法で水球を作り上げ、人型スライムの上で破裂させた。水分を吸収しながら、少しずつ形を取り戻していく。
「僕も証言できます!ジャルネット村の大地の裂け目は初期報告より広がっており、貧民街とは比較にならない大きさでした!」
「そ、そうです!ライムさんがそれをええと……あの洋燈で解決してくれました!」
毅然とした態度で聖女の後押しをする男装女騎士につられて、間抜け騎士も大神官が抱えている洋燈を指差して証言した。
一瞬にして視線が大神官の腕へと集まり、その中にある洋燈が注目される。魔導騎士が目を見張ったことに気づいたのは、その体を支える令嬢くらいだろう。
「魔物が浄化を使えるというのか!?」
「浄化は私ですけど、それを増幅してくれました!」
「それが本当なら、ちょっと話変わるねー」
国王の口元に笑みが浮かんだ。目はギラついており、突破口を見つけたかのような期待に満ちていた。
「父上!?」
「でも証言の力が弱いかな。他にはいないの?」
「ならば私が。確かに瘴気の量は異常でしたし、頭角魔物の出現で苦戦を強いられました」
「ああ、そういえばそうか。ふーん」
骨壷騎士が礼儀を保ったまま聖女の言葉を強くする。彼の懺悔を聞いていた国王は、違和感が消えて合点が増えたことを確認する。
白の長い髪で体を隠す人型スライムに対し、第一王子は上着を投げ渡す。それを胡散臭そうに眺めた後、裸の上に羽織る人型スライムの視線は動いたままだ。
「じゃあそれが生命核なんだ」
国王の一言は、大衆の前で人型スライムの命を指し示した。
魔導騎士が声を出せないまま、誰もが理解したことを痛感する。
大神官の腕の中――美しい洋燈が人型スライムの生命核であることが知れ渡ってしまった。




