第94話「両雄激突」
巨体の太い腕が繰り出す振り回しは、暴風の如く空気を薙ぎ払う。
それだけで瓦礫の礫が浮かび、赤い絨毯の上を転がる。銀の刃が弧を描き、眼球に光の残像を残す。
黒髪の毛先を掠めた切っ先から離れ、魔導騎士は天井を埋めるほどの火の粉を魔法で作り出す。
シャンデリアよりも強い光が室内を照らし、その熱さに汗が滲む。首筋を流れる雫が、即座に続いた一閃で吹き飛んだ。
体格からは想像もできないような速さで接近し、隙のない大振りで丸太のような腕が動く。
腕の長さと剣が合わさることで、半径二メートルの差が埋められてしまう。骨壷騎士の頭上へ、魔法の火の粉を固めて振り落とした。
火球となった火の粉の塊を、穴が空いたマントを使って振り払い軌道を逸らす。燃えたマントは絨毯へと引火せず、マントを急速に灰へと変えた。
灰になる間だけで二撃、三撃と二人の騎士の応酬が続く。魔法を交えて戦う魔導騎士と、体格と身体能力を活かして圧倒する骨壷騎士。
骨壷の中で眠るバカア・ダーナに比べれば、ハナヤ・カーナの剣技は力押しに近いだろう。
しかしそれは鍛えられた騎士がじっくりと観察してようやく見抜けるほどの、僅差でしかない。
聖女から骨壷騎士を引き離そうと試みようにも、大振りの動きにすら隙がない。じりじりと壁へと追い詰められていく。
室内という範囲が限られた空間で、不利であるのは骨壷騎士の方だ。それなのに壁を蹴って飛びかかっても、足の下から突き上げるような攻撃をしても。
全て捌かれる。同じ規格の剣を使っているというのに、刃がぶつかるたびに押し負けて刀身がひび割れそうなほど痺れるのは魔導騎士の剣である。
魔導騎士が聖女から一定の距離に離れると、わざと背中を見せて誘ってくる。それを無視することはできず、わざと罠にかかれば太い足の回し蹴りが胴体を抉り込もうとする。
骨壷騎士の狙いはあくまで聖女だ。もしも誘いに乗っからなければそのまま捕獲されてしまうだろう。
残念ながら酔っ払い騎士特製の武器や大盾でも、護衛騎士達が骨壷騎士に勝つことはない。実力と経験が違いすぎる。
血焼け戦争で功績を残し、勲章を授かったのは偽物であるはずなのに。それと肩を並べた男の実力を、魔導騎士は甘く見ていた。
魔法で作り出した火の粉を天井近くに配置したまま、魔導騎士は思考を重ねていく。
使い慣れた魔法ならば手順を省略して速攻で撃てるが、それはあくまで制御を手放した力の放出に近い。
下手に聖女達を巻き込んだり、貴族達の方へ向かって炸裂してしまえば状況は悪化する。それをわかっているから、骨壷騎士はあえてそれらを直線で繋がる位置を取っていく。
追尾する炎となれば一拍以上の隙が必要になる。それは格好の餌食だ。
もしも被害を考慮しない魔法使いならばあっさり引っかかるか、それを見越して骨壷騎士を倒すための暴挙に出るだろう。
魔導騎士がどういう人間か。全てわかった上で、骨壷騎士は戦い方を柔軟に変えて対応している。
強い。
偽物の英雄であり、本物の貴族だとしても。
骨壷に入っている骨の主がいなくても、彼は間違いなく英雄になれた男だ。
それを再認識した瞬間、魔導騎士の口元が歪んだ。もしも本気を出しても、対応してもらえたとしたら。
全力を出しても周囲には被害が及ばない。
必ずこの騎士が止めて、勝利に向かって突き進むのならば。
伝説の竜が邪悪に笑う時のような、歪な表情が魔導騎士の顔に浮かぶ。
天井を埋めるような火の粉が絨毯の上に集まり、それを卵としてずるりと火の蜥蜴が生まれる。
戦いながら、少しずつ魔力を注いで。剣戟を繰り返しながら、手に負えない化け物として成長するように。
巨大化していく火の蜥蜴はじっと動かないが、その存在感は増していく。真っ赤な体が燃え盛るのを、人型スライムは用心深く見つめた。
青い瞳に浮かぶ心の傷から生まれた感情を、誰も読み取ることはできない。
全ての視線が二人の騎士が繰り広げる鮮烈な戦いに魅入られ、どちらが勝利するかに注目していた。
そうして牛ほどの大きさになった火の蜥蜴が四つ足でのそりと動き出そうとした矢先。
「そこまでだ、ケイジ・ドラコー!これを見ろ!!」
後ろ手に縛られた令嬢を引きずるように連れてきた第二王子が、勝ち誇ったように声を張った。
多少は抵抗したのだろうが、片頬を赤く腫らしたまま沈黙を選んでいる。命乞いや、戦闘を遮るような大声を上げたりなどはしない。
騎士二人の動きが止まり、国王は呆れたように息を吐いた。聖女が怒りで前に飛び出そうとするが、護衛騎士達に止められる。
「貴様の婚約者の首はこちらにあるのだぞ!」
処刑人が動かない人型スライムから離れ、斧の刃先を令嬢の首筋へと近づけた。
唇を一文字に引き結んだまま、何も語らない。ただ美しい瞳で魔導騎士へとふわりと笑いかけ、覚悟を決めたと頷く。
魔導騎士が真っ当に生きてきた理由は二つ。天才である自身に対しいつも対等に接してきた幼馴染と、愛を教えてくれた美しい婚約者。
もしも片方でも欠けていたら、魔導騎士は有り余る力によって人格が歪む。
動き出したはずの火の蜥蜴が、固まったかのように動きを止めた。
炎の皮が剥がれ落ちて、黒い炭にも似た抜け殻が床を埋める。蛹が蝶へと変わるのを早送りするように、蜥蜴が変貌していく。
頭上に二本の角。口の中には鋭い牙。巨体を飛ばすための大きな翼が熱風を生み、溶岩が煮え滾る音を喉から発する。
真っ赤な体の竜が、第二王子に狙いをつけた。
貴族達が悲鳴を上げ、何人かは逃げることもできずに腰を抜かした。
逃げ出せる者はいなかった。誰もがその場に釘付けされたかのように、驚愕で身体中の筋肉が強張って動かない。
骨壷騎士だけが反応して炎の竜の射線を遮ろうとしたが、魔導騎士が妨害のために攻撃を再開した。
跳躍と攻撃による縦横無尽の手数押し。
床に着地する時間は極端に短く、騎士道精神など忘却した背後からの奇襲や金的狙いなどの攻撃方法。
それを捌くだけで精一杯の骨壷騎士は、移動することが困難になった。
「ひっ、く、首を切れ!!」
迫ってくる竜の勢いを恐れた第二王子の叫びに、処刑人は無感情に従う。
振り上げられた斧が令嬢の細い首を狙い、聖女が杖を投げて止めようとした眼前で。
人型スライムが竜の前に飛び出た。
じゅっ、と一瞬で皮膚が燃やされて体中の水分が弾け飛ぶ。室内を埋める蒸気が、その場にいた全員の視界を埋めた。
竜の赤く燃え盛る体が黒く濁り、蒸発した水蒸気を口の中から吐き出して苦しそうにもがく。
動きを止めた竜の足元に全身の水分を失った人型スライムの皮膚が萎びた状態で崩れ落ち、枯れた声で呻く声を吐き出す。
「あっ……づっ……」
青い瞳で睨むのは大神官が抱える洋燈。白い炎が内部で激しく燃え盛り、大量の金粉のような輝きを強くする。
ガタガタと硝子扉が激しく音を立てる。大神官が押さえ込もうとしたが、抵抗空しく扉が開いて青い糸が矢のように飛び出た。
その糸が蒸気の中で見えたのは大神官と魔導騎士だけで、強い衝撃が魔導騎士の体に突き刺さった。
額に突き刺さった青い糸。それとは違う黒い糸が、もう一本伸びていく。
それは第二王子の頭上を飛び越えて、処刑人の振り上げた斧へ。水の中に飛び込むように金属の中に潜り込み、血で錆びた根元がひび割れて音を立てながら崩れ落ちる。
令嬢の首は傷一つないまま、胴体と繋がっている。
それを目撃して、激情が鎮まっていく。不思議なくらい頭が冴えて、ハッとした次の瞬間には魔法の水球を人型スライムの頭上で弾けさせる。
それが良くなかった。蒸気の壁を斬り払いながら、力強い刃が胴体へ迫る。
束の間の判断で剣を盾にしたものの、威力は殺しきれずに吹き飛ばされる。
視界から蒸気が消える頃、黒くなった炎の竜は冷えた溶岩のようにぼろぼろと崩れ落ちていた。
そして魔導騎士は壁に背中をぶつけ、床に這いつくばったまま動けない。
二者の激突は、骨壷騎士の勝利で終わった。




