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二人目の聖女が頼りないため、転生失敗スライムが頑張ります〜愚かな人類は反省してください〜  作者: 文丸くじら
3束「転生失敗スライムの糸口」

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第93話「伝説の血筋と英雄と」

 転がった生首を見ていられず、自らの目元を両手で覆う聖女。取り乱した様子で髪を振り乱していた。

 男装女騎士が即座に自らの体を壁にして、国王と聖女の間に立ち塞がる。その間に魔導騎士が声をかける。

 

「落ち着いてください、聖女様」

「だって、ライムさんが……し、死んじゃ……」

「アイツは胸を刺されても、腹が破けてもピンピンしてるんですよ!?」

 

 あ、と聖女の口から動揺を息と共に吐き出す声が漏れた。

 暗殺者に襲われた時も胸は刺されて腕は千切れているし、瘴気の中で駆けつけてくれた時は腹部を無理やり糸で縫いつけている。

 そういえば死んでもおかしくない状態に何度も陥っている割には、いつでも同じ調子で回復していたことを思い出す。

 

「あと痛覚はほぼ存在しないので、話しかければ普通に喋れるはずです」

「……ライムさん?」

「なんだ?」

 

 生首状態で床に転がっている人型スライムは、いつもの無表情に近い顔でしっかりと答えた。しかし謁見の間前に集まっていた貴族達が大きく騒めいた。

 首の断面は透明な皮膜に覆われ、体内部は透明の水に満たされている。脳などの臓器や骨すら存在しない体。

 人の形をしただけの魔物。それが本当に王都の中枢に存在しており、殺しても死なないことに興味と恐怖が混ざり合う。

 

「い、痛くないですか?苦しいとか……つらいとか」

「おみずください」

 

 スライムにとって命乞いのような言葉。最初に出会った時を思い出し、変わる様子のない人型スライムに安堵の息をこぼす魔導騎士。

 しかし改めて疑問が湧く。執事の手で仕組まれた出会いは、どんな意味があったのか。計画の切り替え点が、あの夕焼けの初対面だとすれば。

 わざと腕を千切って見せた意図は。結界に囲まれた王都の中に入り込んだにも関わらず、魔物だと知らしめた目的は。

 

 再度声をかけようとした聖女の目の前で、生首が蹴られて転がった。

 いつの間にか起き上がった第二王子が足を振り上げており、倒れた体へと戻っていく生首に花瓶の水をぶちまける。

 ウミウシのような動きで首が繋がっていく。皮膜が癒着し、皮膚が溶けるように合わさった。

 

 五体満足になった人型スライムの背中を、斧を持った処刑人が膝で押さえつける。

 水が足りないと人型スライムが顔を上げるが、その視線が気に食わなかった第二王子が頭を踏みにじった。

 真っ白な長髪も水によって元通りになっており、その色に反応した大神官が謁見の間に入り込もうとしていた。

 

 騒ぎを聞きつけて教会関係者も集まったらしく、間抜け騎士が緊張した顔で聖女の横へと近寄っていく。

 魔導騎士は大神官が大事に抱えている洋燈を見つめる。硝子の両扉は閉じられ、中では白炎が金粉のような輝きを散らしながら燃え盛っている。

 

「ライムさん!」

「聖女様、今は距離を取ってください」

 

 前に出ようとする聖女を、男装女騎士が背中や足を使ってその場に留める。

 国王は第二王子の行動には口出さず、視線はずっと聖女から離さない。冷徹な視線が、全ての愚行を見逃す気がないと物語っていた。

 助けに行こうと手を伸ばす聖女に対し、頭を踏まれたままの人型スライムが絨毯の毛足を口に入れながら尋ねる。

 

「どうして元の世界に帰らない?」

「……っな!?」

 

 予想外の言葉に驚いた第二王子の足が退き、国王の視線がゆっくりと動く。

 

「最初から言っている。この世界の問題は、ハルカには関係ない」

「でも……」

「困っている人がいるから助けたいと思うなら、やめておけ。愚かな人類はその優しさを利用する」

「でも!」

「その結果がこれだ!」

 

 ばっ、と顔を上げた人型スライムの表情は真剣だった。いつもは無機質な青い瞳には、鮮烈な怒りが宿っている。

 それは魔導騎士も初めて見る表情で、普段は感情を表に出さない人型スライムの激昂に思えた。

 背中を押さえていた処刑人の傷だらけの手が長髪を手綱のように掴み、顎を上げた状態で固定する。

 

 ゆったりと近づいた国王が、見下すように問いかける。

 

「何故魔物如きが聖女を元の世界に返せるのだ?」

「そ、そうだ!召喚するのにどれだけの魔石と莫大な金額を使ったかわかってるのか!?スライム程度一万匹いても足元にも及ばない!」

 

 国王の言葉に追加するように第二王子が怒鳴るが、人型スライムの視線は彼らには向けられない。

 人の壁、その向こうに立つ異世界の少女へと言葉を大声でぶつける。

 

「さっさと消えろ!」

「……え?」

「この世界から、早く!!」

 

 意表を突かれたのは聖女だけでなく、魔導騎士もだった。

 ぶっきらぼうな物言いなどは見受けられたが、乱暴な言葉を聖女に使ったところは見たことがない。

 拒絶するような言葉を選んでいると気づいていないのか、人型スライムは苛立ったように続ける。

 

「ハルカだって、こんな世界はもう嫌だろう!?」

 

 ああ、そうか。

 聖女は納得した。きっと人型スライムも同じなのだ。

 どうしようもなく怒りを振り回さないとやっていられないような、死にたくなるほどの絶望を目の当たりにして――世界そのものを嫌っている。

 

 ただ世界全てが嫌いなわけではなくて、どうしても見捨てられないものがある。

 だから聖女の答えは決まった。正解かどうかなんて関係ない、心の底からの言葉を。

 

「それでも助けたいんです!」

 

 幼い頃の傷から生まれた動機は、今だって体を突き動かす原動力だ。

 第二王子なんて大嫌いだし、もう少しボコボコに殴りたい。それよりも優しくしてくれた人型スライムを助けたくて仕方ない。

 貧民街も心配だし、竜は今も壁近くで今は亡き神子を待ち続けている。その全てを投げ出すには、異世界で好きなものを見つけてしまった。

 

 護衛騎士の人達や、浄化遠征で言葉を交わした人々。

 骨壷騎士のことは体が大きくて少し怖いけど、軽薄騎士は応援してくれた悪人と呼ばれる良い人だと思う。

 魔導騎士は婚約者溺愛なところが好感度高く、そんなことがわかったのも――。

 

「では生贄に」

「この杖の先端で口の中を突き刺しましょうか?」

 

 聖女の言葉にいち早く反応した第二王子が笑顔になるが、聖女の表情が瞬時に怒りに塗り潰された。

 頭上の痛みが消えない第二王子は、不愉快そうに顔を歪めた。お互いに睨み合う聖女と第二王子に、和解の道は用意されていない。

 

「今、聖女に消えてもらうと困る」

 

 普段の崩した口調を隠して、威厳ある姿で国王が断言する。

 人型スライムに背中を向けた国の頂点は、一切妥協しない姿勢で命令を下す。

 

「ハナヤ・カーナ隊長」

「はっ!」

 

 即座に跪いた骨壷騎士は、骨壷を赤い絨毯の上に置く。

 頭を下げ、鎧の隙間から太い首筋が曝け出される。国王に自らの急所を差し出す、服従の儀礼。

 魔導騎士が気配を殺して歩く。ゆらりと移動する魔導騎士に気づいた者は少ないだろう。

 

「聖女を捕らえよ」

「かしこまりました」

 

 瞬時に巨体が男装女騎士を壁まで突き飛ばし、無防備な聖女へと手を伸ばした。

 間抜け騎士すらも反応できない速度の接近は確実な成功を掴むはずが、鋭い剣の刺突が赤いマントを突き破ろうとする。

 一瞬の攻防。骨壷騎士のマントには穴が開き、剣を抜いた魔導騎士が聖女の前へと躍り出た。

 

「……え?あれ?」

 

 ようやく事態を理解した聖女が混乱する中、間抜け騎士が大盾で聖女の前方を守る。壁をへこませるほどの衝撃を全身で受けた男装女騎士は体を震わせながら起き上がり、這いずるように聖女の後方へ立ち塞がる。

 

「ケイジ・ドラコー隊長。国家反逆の罪は婚約者へ及ぶが、よろしいか?」

 

 国王からの冷酷な問いかけに対し、空気を尖らせる殺意が溢れた。

 その気配に第二王子は処刑人の背中に隠れ、扉前に集まっていた群衆がじりじりと引き下がる。

 恐怖で声が詰まる聖女に背中を向けながら、魔導騎士は感情を押し殺しながら告げる。

 

「命を盾にする卑劣さに従うとでも?」

 

 国王の髭に隠れた口元が歪む。

 伝説通りの頑固で生意気なドラコー家の血筋。若くして第二隊長に上り詰めた騎士と、血焼け戦争の英雄が対峙している。

 これ以上の言葉は不要と、魔物によって人生が激変した共通点を持つ騎士二人が激突を始めるのだった。

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