第92話「聖女大暴走」
ぞろぞろと貴族達が自らの足で王城へと踏み入る。
馬や馬車など待っていられず、普段は穏やかな当主夫人や深窓の令嬢でさえも興奮した様子で、国王の謁見の間を目指した。
竜という脅威は状況を恐怖で硬直させた。あらゆる物事が急停止し、変化の兆しを封じてしまった。
そんなことはお構いなしに、鎧を脱ぎ散らかしながら針型杖を振り回した聖女が叫ぶ。
「殴り合いましょう!!」
騎士達が懇切丁寧に動くのを待っていられず、重い両扉を蹴り開けようとした聖女。細い足では大きな音を鳴らすだけである。
爪先に痛みが広がる聖女が疼くまるが、すぐに顔を上げて怒りの眼差しを目の前に向ける。もうそれだけで歴史上の不敬をいくつ作ったのだろうか。
王国の頂点に座す者がいる部屋に、蹴りを入れたのである、しかも殴り込みとなれば前代未聞だ。
ドラコー家の三男に、血焼け戦争の英雄であるハナヤ・カーナが肩を並べている。名家の騎士達が揃って聖女に味方しているのだ。
さらには神聖騎士団の騎士達も聖女の身辺を護衛しており、教会派閥すらも国に反旗を翻したのかと貴族達は憶測で声を大きくしていく。
街に出た伝説の拝聴者が言っていた「反省すべき時が来た」というのは、国王達の間違いを正す預言だったのかと耳に痛いほど聞こえてくる始末。
そのせいで魔導騎士と骨壷騎士は肩身の狭い思いを味わっていた。
最初は裏口からこっそり入るつもりだったのに、すっかり猪突猛進になった聖女が正面玄関からここまで突き進んだのである。
外出に関して厳しく制限されていたせいで、入口を一つしかないと思い込んでいたらしい。止めようにも、何故か男装女騎士と間抜け騎士が率先してついていくので、仕方なく進行。
すると音楽隊の行列のように貴族達が背後に連なってしまい、そうなると騎士達も止める手が鈍ってしまった。
聖女を先頭に貴族達が国王へ直訴しに来たと勘違いされた挙句、拝聴者の予言などという変な要素のせいで勢いに拍車がかかった。
骨壷騎士の抱えている骨壷を見た貴族の一部などは、「ハナヤ殿は責任を取るために自らの骨を入れる壺を用意している」と感動で打ち震えていた。全くの見当違いである。
「はい、ケイジさん!魔法でドーンっとやっちゃってください!!」
「器物損壊の罪を着せないでください!」
破壊衝動に突き動かされている聖女の言葉に、魔導騎士は全力で拒否する。
なんなら貴族達の壁向こうから突き刺さる母親の視線に背筋が冷え、今にもお辞儀の直後に土下座したいくらいだ。
骨壷騎士は睨まれても無言で突き通すので、聖女は間抜け騎士と男装女騎士へと視線を向ける。
「レイさん!」
「かしこまりました、聖女様!」
「え?なっにがっあぁ!?」
大盾を床に置くために、男装女騎士が間抜け騎士を背中から押し倒す。床に触れると同時に車輪が飛び出し、ハンドルらしき取手部分が出現。
瘴気の中から激走してきた記憶を思い出すのに時間がかかった魔導騎士の制止は、両開きの扉が破壊される音と間抜け騎士の泣き声に似た悲鳴でかき消された。
謁見の間天井近くを飛ぶ大盾。玉座からそれを見上げる国王と、その横に立っていた第二王子は大口を開けて呆然としている。
大盾を背負ったまま寝た姿勢で空中を飛んだ事実に間抜け騎士は意識を手放し、聖女を小脇に抱えた男装女騎士が取っ手を掴んで制御を行う。
しかし謁見の間が広く数百人収容できる規模だとしても、室内であることは変わらない。勢いが止まらず、天井を疾走する大盾が、太陽の光を瓦礫と一緒に部屋へと招き入れた。
あっという間に城外へと跳んでいってしまった大盾を見失い、魔導騎士と骨壷騎士は揃って苦い顔を浮かべる。若さ故の勢いが怖い。
「えーと……」
珍しく国王が困惑している。
予想外の連続に、かける言葉が見つからないようだ。
第二王子は思考が停止してしまったらしく、口を開いたまま阿呆面を隠さない。
「レイさん、戻って!」
「はい!」
「ゔぇゔぇゔぇゔぇゔぇ」
大盾が道として想定されていない城の屋根を走っているらしく、段差によって揺れるせいで間抜け騎士の震えた声が次第に近づいていくる。
雷が暗雲の中で暴れるような音が終わると、天井の穴をさらに大きく広げながら聖女一行が落ちてきた。
大盾は間抜け騎士ごと転がって壁へと当たって止まり、男装女騎士にお姫様抱っこされた状態で聖女が降り立つ。
大盾爆走の件がなければ天から降り立った女神の使いかとも思うくらいの状況だが、瓦礫の山から滑り落ちたせいで神秘性は異世界の少女を笑って見捨てた。
「ぎゃんっ!あ、いたた……」
臀部から床へと落ちた聖女が腰をさする中、ようやく理解が追いついた第二王子がいやらしい笑みを浮かべる。
「ああ、フィーロ!その身を人民のために捧げると心を決めてくれたのだね!」
わざとらしいほど大袈裟な演技で第二王子が両腕を広げ、恋人を迎えにいく王子のように堂々と聖女へ近づいていく。
何も知らない少女だったならば、甘い顔立ちの美形と噂の第二王子の容姿に騙され、ときめきなど覚えたかもしれない。
しかし今までの経験を積み重ねた聖女が取った行動は、至極単純なものだ。
「出たな!モラハラセクハラパワハラ欲張りセットの最低最悪王子!!」
「へ?」
言葉の大半が聞き取れなかったとしても、聖女の鬼のような形相は鈍感男でさえ恐怖に慄くほどだ。
両手で掴んだ針型杖を振り上げ、聖女は叫ぶ。
「天誅っ!!」
ゴッ、と第二王子の頭上に強烈な怒りの一撃が落とされた。
細身の顔ですら二重顎になるほどの衝撃を受け、顔面から床に倒れてしまう。勝利を喜ぶかのように、聖女は針型杖を頭上に掲げて声を上げる。
「よっしゃあ!」
「さすがです、聖女様!」
男装女騎士は聖女の行動に真面目な拍手を送るので、何故か貴族達もつられて賞賛の言葉で囃し立てる。
しかしこれ以上はまずいと判断した魔導騎士が聖女をその場から引き離し、骨壷騎士が第二王子の容態を見る。
「王子は!?」
「目を回して気絶していらっしゃる。瘤が大きくならないように冷やすべきだろう」
「はー!?まだまだ殴り足りないんですけど!?」
「あっはっはっは!」
一連の流れを見守っていた国王が笑い声を上げた途端、誰もがぴたりと動きを止めてしまう。言葉を出すことさえも憚られるほどの、無機質な笑い声。
深く腰掛けていた玉座からのそりと動き出し、国王は緩やかに聖女へと歩み寄る。
「で、代償を払う覚悟はある?」
「は?」
「一応、それワシの息子。第二王子なんだけど。王族に手を出したら死刑だったりするんだよねー」
「知りません!」
国王相手に臆することもなく言い返す聖女は、上下関係や序列など気にせずに怒りをそのままぶつける。
「えー、こっちにはスライムとか貴族のご令嬢とか……それこそ一般市民なんて始末するの簡単だけど」
チラリと男装女騎士や間抜け騎士に視線を送る国王は、目が笑っていない。無礼者に対する怒りすらも感じる口調だ。
監禁されている婚約者のことを思い出し、魔導騎士が硬く口を閉ざす中。
「そうやって人の命を軽んじるから、今困っているくせに!」
国王から放たれる威圧を真正面から受け止めながら、聖女は断言する。
「貧民街の人やジャルネット村の人も……苦しみの中で誰も国王には文句を言わなかった!」
「それってワシが偉いから……」
「皆、貴方が生かしてくれると信じてるのに、それを裏切るんですか!?」
誰も国のせいにはしなかった。天災に巻き込まれたけど、国が助けてくれるから生きていけると自分を鼓舞していた。
明日すら不安な状況で、王族と教会が神子を見つけて旅立たせてくれるから。辛抱強く待てば、いつか救われる。
その神子が竜谷で見殺しにされたことを誰もが知っているような中で、国王への不満は聞いたことがない。
「偉いっていうなら、命の重みを無視しないでください!」
子供は小麦袋よりも重くて、骨と皮だけの老人だって水がたっぷり入った桶のように危なっかしい。
浄化遠征で触れてきた人々の生活と、そこで味わった手の平に残る重量感。きっと会ったこともない見殺しにされた神子も、自分より大人だったはず。
数字で死者の数をニュースで見るたびに、心臓にかかる圧の重量も比例するのと同じように。
「じゃあこれも重いのかな?」
ゴロリと転がるのは、力を失った五体。
床に広がる白い長髪。玉座を引き上げる階段を、ズズっとずり落ちるのは人型の魔物。
赤い絨毯に染みを作るのは大量の水。まるで血液のように広がっていく。
傷だらけの人型スライムが、無抵抗なまま斧で首を切り落とされた。
潮を噴くように首の断面から水が弾け飛び、その飛沫が聖女の頬にかかる。
虚ろな青い瞳と視線が合った瞬間、少女の甲高い叫び声が謁見の間に木霊した。




