第91話「いざ王城」
「はぁ?キトラちゃんが王城で監禁!?」
魔道具から聞かされた報告に驚きすぎたせいで、大声を出してしまう。通話口のような穴からは騎士達が「ケイジ殿を足止めしろー」と聞こえ、壁下でも同じ騒ぎが発生している。
通話相手は骨壷騎士ではあるが、魔道具を起動させているのは魔道具愛好騎士のようである。ケラケラと笑う声が鮮明に聞こえた。
『我が手を振り払う力でな。どうすれば止まるか聞きたい』
「了解です。通話口をケイに向けてください」
『承知の助!』
「ケーイ、キトラちゃんが単体で王城に向かうわけないだろ」
通話口の騒めきが遠ざかると同時に、圧力に似た無言が伝わってくる。
どうやら足を止めて近づいてきたようだが、物理的な距離が離れていても不満と怒りは痛いほど感じた。
『……』
「つーか、この状況でキトラちゃんが王城に出向く理由、お前知ってんの?」
『……言えない』
「あーはいはい。なんとなくわかったわ」
唇の片端を引き攣らせて、苦笑いを浮かべる。嘘が下手な幼馴染が、しかめっ面しているのが目に浮かぶような声音の返事だ。
確か教会に赴いてから一晩経過している。予定ならば夜中に帰ってくるはずだったのが、竜が飛来しても壁上に来なかったのである。
隊長不在で指揮している状況はあまりよろしくないが、竜によって人間の出入りを制限したことで、王城で一波乱が起きる気配を無視できないのだろう。
壁上からでもわかる人々の密集具合。普段は騎士の巡回や馬車の往来しかない貴族街でも、大勢が出歩いて王宮へと集まっているのだ。
商店街と住宅街の住民ですら貴族街前に集まって、大演説やら抗議の行進など目白押し。竜の近くである壁上の方が平和な勢いである。
壁沿いに配置された浮遊寝台の階段については軽く受け流しつつ、第三王子と子供達に囲まれている竜の機嫌は悪くない。
普段から話し相手がいないので退屈だったのか、尽きぬ話題というのを楽しんでいる。
特に第三王子は聞き上手で返事が的確であり、子供達は聞いたこともない知識によって尊敬と好奇心の眼差しを竜に向けていた。
怯えているのは大人達くらいだが、今すぐ危害が加えられることはないとわかって暴れ出す気配は消えた。途中で貴族達の賄賂という名の食事が竜の采配で山分けされたのも大きな要因だろう。
「んで、ライムの処刑日時が決まったって?」
『ああ。聖女様が明日の昼までに姿を現さなければ……』
「ふーん。殺し方っていうか、生命核の位置を突き止めたのか?」
『いや、それはない』
力強い断言に、軽薄騎士はニヤリと笑う。
「てことは、やっぱりライムの生命核は体内部にないんだな?」
『おまっ……!?』
うっかり口を滑らせたことを自覚した魔導騎士が言葉に詰まるが、そんな幼馴染の反応は予測済みである。
「だってお前、ライムのこと放置しすぎだろ?それは絶対殺されない自信がないとやらねぇじゃん」
『ぐ……そんなに俺とあいつは仲良く見えるのか?』
「行き倒れのライムを助けた時点で、俺はそう思ってるよ。
ま、俺もなんだか助けてもらったみたいだし、今の状況は気にくわねぇから協力するぜ?」
『そこから動けないくせに』
「この魔道具だけで充分だろ。んで、キトラちゃんとライムのことは心配いらないだろ。少なくとも明日の昼までは命の保証つきだ」
気軽な調子で話を戻すと、やはり通話口から重い空気が漂ってくる。
最愛の婚約者の危機に駆けつけたい気持ちで一杯なのだろうが、会話している内に冷静さと理性が働き始めたらしい。
しかし通話口で聞き耳を立てている気配も多く、先ほどのように引っかけで話を聞き出す危険性も高まったようだ。
「問題は聖女様だ。明日の昼までに姿を現すと思うか?」
『あ、明日の昼まで大丈夫なんですね』
明るい少女の声に、通話口からもヒュッと息が詰まる音が幾重にも聞こえた。
もちろん軽薄騎士も肝が冷えて、手から魔道具が滑り落ちそうになる。慌てて通話口を手の平で塞ぎ、竜に気取られないように小声で話し始める。
「どういうこと!?」
『俺も驚いている!な、何故ここに……』
『キトラさんがケイジさんの家に匿ってもらえと助言してくれて、執事さんと一緒に向かったんですけど……』
『貴族街の警備が厳しくなったので、執事殿と共に裏道を使ってここまできました』
聖女が話すと同時にガシャガシャと金属が動く音が聞こえるので、どうやら鎧で全身を隠しているようだ。明るい声で「冬だけど暑ーい」と呑気な調子で文句を垂れる余裕が出ていた。
骨壷騎士がその大柄な体格と、大樽並みの大きさである骨壷で壁を作っているのが壁上からも確認できた。
全身鎧の聖女の側には男装女騎士と間抜け騎士が立っており、間抜け騎士も背負っていた大盾で壁を作っている。
他にも酔っ払い騎士と魔道具愛好騎士も囲むように立っているため、今のところ他にバレた様子はないが悪目立ちはしていた。
『セバスは!?』
『他にやるべきことがあると言って姿を消しました』
『女神様最優先だって言ってましたよ』
女神への信仰が厚い人物だと聞いていた軽薄騎士は、額面通りに受け止める。
しかし骨壷騎士と魔導騎士、さらには間抜け騎士や男装女騎士ですら重いため息を吐いて呆れているのが通話口から感じ取れた。
知らないところで色々とあったようだが、詳しく聞くのは憚られた。竜の瞳が疑うように、時折軽薄騎士を視界に映すのだ。
「……どうするよ?」
『聖女様次第だな』
『え!?私が背負う責任重すぎませんか』
顔面すらも隠す兜を被っているせいか、くぐもった声で嫌そうにしている。
しかし壁として隠してくれている全員の視線を受け止めたのか、わずかな沈黙の後に明るい声に真剣さが宿った。
『王城に行きます』
『よろしいのですか?』
『だってライムさん助けたいもん』
緊迫した様子を知っていながらも、まるで子供のわがままと同じ口調でやりたいことを告げる。
軽薄騎士は預かり知らぬことだが、すでに元の世界に帰る手段を持っている聖女は、このまま逃げ出しても問題ない。
誰も文句は言わない。それが異世界に届くことはない。少女を害そうとする全てから、解放されるとわかっていても。
『この世界に来て初めて、私を助けると言った人……魔物なんです』
本当の名前で呼んでくれて、困っている時には必ず駆けつけてくれた。
それが聖女から見た人型スライムの行動であり、異世界での生活が少しだけ好きになれた要因だ。
人間ではなかったけれど。赤の他人なんかより断然優しかったから。
『今度は私が助ける番なんです』
聖女の覚悟を聞いて、通話越しでは伝わらないとわかっていても軽薄騎士は嬉しそうな笑顔で応える。
「頑張って!俺は応援してるよ!」
『ありがとうございます!ナハトさん、女性五人を振り回した悪人って聞いてたけど、いい人ですよね!』
「あっはっは。傷口に塩を塗られた……まあ俺の赤い糸はもう切れてるからね」
『……』
幼馴染以外にはわからない、軽薄騎士の真意は風の音で消えてしまう。
悪人のままでめでたしを迎えることを決めている軽薄騎士は、自分なりの結末に向かおうとする聖女を中心とした集団を見下ろす。
「善は急げってね。明日の昼なんて待たない方がいいよ」
『そうですね!ケイジさんも、なんかやる気に満ちてますし!』
『聖女様が王城に向かうならば、護衛も必要だろう』
『ドラコー殿、聖女護衛騎士である僕達の存在を蔑ろにしてもらっては困る!』
『あ、拙者とサケグ殿は別件があるで候』
『え?俺が壁下組に選ばれた理由って……まさか!?』
『ぼ、僕は聖女様をお守りします』
通話口ではぎゃあぎゃあと賑やかな様子で、これから生贄を待ち構える国の中枢に向かう一行とは思えない明るさだ。
その賑やかさに興味を引かれたのか、軽薄騎士に不良騎士と冷や汗騎士達が近づいてくる。
通話口で聖女の声が聞こえた瞬間、二人は驚いた顔を見合わせて笑う。少なくとも王宮で頬を叩かれて泣いていた様子から、今はかけ離れていたことに安堵する。
『あ、ヤンさんに伝えてくださいね!王城での用事が終わったら貧民街にも浄化しに行きますから!』
「……だとよ」
「で、でも聖女様……竜が……」
『そんなの別人です!と言い張ればいいんですよ!』
「せ、聖女様、恐れ多くもエリさんは……」
『あとでお見舞いしてくださいね!今、ベッドから動けないんで』
「うっぇ!?」
軽薄騎士の手を掴んで魔道具通信機に向かって話しかける二人は、聞こえてくる内容に困惑していた。
特に冷や汗騎士は「お見舞いって、怪我してるんですか!?」と気が動転している。あまりの大声に、竜がジロリと睨んでくる。
『第二王子のせいなんです!もう、絶対許しません!』
「ケーイ、どんだけやばいこと起きてんの?」
『今は詳しく話せない』
「あーはいはい。そろそろ竜が怪しんできてるから、通話切るな」
もう少し詳細を聞き出そうとした二人から魔道具を引き離し、軽薄騎士は通話するための魔力を打ち切った。
ただの透明な板になった魔道具を懐にしまえば、壁下では裏道を使って王城へ向かう集団が確認できた。
骨壷騎士を先頭に、魔導騎士と聖女、男装女騎士と間抜け騎士が殿を務めている。酔っ払い騎士は魔道具愛好騎士に引っ張られ、商店街の方へ。
{おい、そこの。さっきからやかましい}
「すいません。ちょっと人間社会のゴダゴダを片付けたくて」
「もしかして神子様関係ですか?」
{とうとう現れる気になったのか!?}
竜の瞳がギラつく。殺意や怒りに満ちた、周囲を圧倒する迫力。
子供達が怯えて第三王子を盾とするように背中に隠れる中、軽薄騎士は一つの賭けをすることにした。
「聖女様関係ですよ。興味ありますか?」
{神子ではないのか。ならばどうでもいい}
聖女というのは教会が広めた、人民用の呼び方である。
やはり竜には正しい意味が伝わらなかったことに、軽薄騎士は第三王子に向かってウィンクする。
異世界の少女が二人目の神子――聖女という扱いをされている。この特異な状況が役に立つ日が来たことに、第三王子は淡い笑みを浮かべる。
「聖女様は?」
「ケリつけに行くとのことです。通話口で可愛く怒ってましたよ」
「それは……楽しみですね」
子供達はすでに竜が繰り広げる神話に夢中になっており、軽薄騎士と第三王子の会話は耳に入っていない様子だ。
冷や汗騎士と不良騎士も少しだけ安心しつつも、王城に向かって緊張した眼差しを向ける。
裏道を辿る聖女一行はあと少しで王城へと辿り着くだろう。夜明けを待たずに生贄の話が始まる。
太陽が中天へと昇る。
これから繰り広げられる出来事を見逃さない神の瞳のように、全ての頭上を照らすのだった。




