第90話「第一王子の奔走」
第一王子は王宮に足を踏み入れた直後に医務室へ連行され、治療を受けながら状況を確認する。
人型スライムの処刑日時について確認し、立ち会い人という名の招待客一覧に眉をひそめた。高名な貴族ばかりではなく、第二王子派や聖女派閥の名前も多い。
前から聖女派閥の動きが鈍くなったとは思っていたが、どうやら順当に第二王子派閥に組み込まれたらしい。
膿を表面化させるのに好都合とは思っていたが、予想よりも規模が大きい。
慌てる前世の意思とは反対に、来世の意思は冷静に現状を把握した。啖呵を切ったくせに、今さらこんなことで慌てる前世の意思が面白いと言い換えてもおかしくないだろう。
あの状況で子供の涙だけでなく、周囲の喧騒を止めた力は――前世図書館に響いた嘆きすらも消してしまったというのに。
「これは……」
前世の意思が目にした報告書には、伝説の拝聴者が現れたという内容だ。
住宅街や商店街にかけて目撃が確認されており、あらゆる噂を流布して人心を誑かしているという。
不安を駆り立てるようであれば捕縛指示を出すところだが、確証らしきものはないため無視しても問題ない。
次に触れた報告書には聖女の侍女が見つかったという話だ。
毒物を飲んで自殺を図ったらしく、それを貴族のレイニー家が保護したという。事情説明のため、キトラ・レイニーが王城へ足を運んでいるという。
聖女の行方を知っているかもしれないと病室から抜け出し、王宮から王城へと移動する。
王城からでも階層が高ければ壁向こうの竜は目視できる。それ以外は小さすぎて視認することは難しい。
国王への謁見室に向かっている最中、廊下を楚々と歩く夫人と視線が合った。高貴な赤い絨毯に負けない、威厳と誇りに満ちた真っ直ぐな背筋。
「ドラコー家夫人……ごきげんよう」
「ごきげんよう。その怪我についてお聞きしております。一日でも早く跡が消えることを願っておりますわ」
「お気遣い痛み入る」
前世の意思が緊張感で硬直するが、来世の意思が徹底的にフォローしていく。
どうやら前世で若い頃の上司に似た女性がいたとかで、かなり苦手意識が強いということは以前に聞いていた。
貴族の間でもその厳しさと美しさは有名な御夫人ではあるが、礼節さえ保っていれば危険性は高くない。
「いかがなさいましたか?」
「馬鹿息子にはもったいない婚約者のために来城いたしました」
第一王子と目的は同一だとわかるが、珍しく厳格さを隠している。家族以外の前で、息子についての評価をわざわざ付け加える性格ではない。
本人としては気さくさのつもりなのだろうが、それは第一王子に対して弱みを見せた上での交渉手段にも変化する言動だ。
前世の意思と疎通しながらの会話は難しいかもしれないと考えたが、先の啖呵を思い出して来世の意思は引きこもることを選ぶ。
「聖女様の侍女が服毒自殺を図ったとお聞きしました」
「私も先ほど聞いたばかりでございます。しかし聖女様の行方については口を閉ざしているようですわ」
「では一命は取り留めたのですね。不幸中の幸いです」
「ええ。予断は許さないとのことで、面会は謝絶されております」
周囲を見渡す。貴族の往来や、城内を管理する使用人の動きは常時より慌ただしい。どことなく城内守護の騎士達もそわそわと落ち着いていない様子だ。
しかしドラコー家当主の姿がどこにも見えない。夫人だけを城に行かせる性格ではないので、おそらく彼女の独断だろうと判断する。
「ご用件は?」
下手に会話を引き伸ばしても意味がないことを承知した。
夫人の目的はキトラ・レイニーのためなどではない。ドラコー家直系の女傑がそれだけで王城に独断でくるなどの優しい性格だったら、もう少し結果は変わっている。
夫人も待ち望んでいた言葉に、赤い唇にうっすらと笑みを浮かべた。瞳のギラつきは竜にも負けず劣らずの輝きだ。
「お話が早くて助かりますわ」
ジャっ、と扇で口元を隠した夫人は、歴戦の武人に負けない気迫で告げる。
「無礼者を痛ぶるお時間を作っていただきたいのです」
少し早まったかもしれない。しかし断るという選択肢は最早光の速さで消えた。
廊下でこれ以上の会話は無理と判断し、第一王子は私室に近い談話室で待機してほしいと願い出る。
国王への謁見が終わり次第顔を出すと告げ、視線を前に向けて足を踏み出す。
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「レイニー家の御令嬢を監禁?」
「そうだ」
当たり前のように告げる第二王子に対し、気にした様子を悟られないように無表情を貫き通す。
国王の謁見を申し出ればすぐに通されたが、王座の横にはにやけた顔の第二王子が立っていた。
優位になったことが心底嬉しいようだが、表情を作れないところは未熟だと吹聴しているに等しい。
「聖女の居場所を知っているはずだからな」
「しかし聖女の侍女を保護しただけと聞いたが?」
「だからだ。侍女に毒を飲ませて、逃げ出したに決まってる。しかし聖女が王都内で隠れ逃げ切るには、第三者の協力が必要だろう」
「……」
よく回る口で「聖女捜索に名乗り出た割には成果を出さない兄上とは違う」といった嫌味を、細部を変えて何度も繰り返してくる。
これに関して前世の意思は「若手の扱いにくいのは言わしとけばいいから」と、慣れた様子で聞き流していた。
異世界でも人間の性格というのはあまり差異がないらしい。そこは社会経験豊富な前世で助かったと思わなくもない。
「レイニー家とドラコー家がよく承諾したな?」
「連帯責任から逃げ出したのさ」
押しつけた側がよく言うものだなと思いつつ、この後の用事を考えると嫌な予感しかない状況である。
国王に視線を向ければ、兄弟の言い争いを愉快そうに眺めている。骨肉の争いすら見せ物にする胆力は真似したくない所存だ。
「それよりも弟を竜の眼前に置いてきたとか?酷いことしますね」
「竜――ペンドラゴン殿が興味を持ったので。貧民街の瘴気噴出も竜の仕業と判明した」
「ほーう。一歩進んだのは第三ね」
まるで遊戯盤の駒を動かすような気軽さで、国王は王子達の動向を把握する。
それに少し焦った第二王子が、これから聖女がやってくることを強く主張し始めた。
「このスライムについて、聖女は信頼しているのです!必ずや現れるでしょう!」
そう言って騎士に運ばせてきたのは生首だ。切断面は透明な皮膜で覆われており、血ではなく水が流れ続けている。
長かった白い髪も切断に合わせて乱雑なおかっぱ状態で、前世図書館で日本人形というものが項目として引っかかった。
表情は無機質で、眼前の光景に興味がないようだ。青い瞳に生気はなく、輝きが戻ってくる様子もない。
「ワシの前に出すの?」
「し、失礼いたしました!」
「まあいいや。なんか喋ってみてよ」
「……ナカジマハルカ」
それは国王達の耳には〇〇△△と聞こえただろう。前世の意思のおかげで日本語だとわかる第一王子は、今さらだとため息を吐く。
「お、異世界の言葉じゃな!他にはないのか?」
「……スギヤマコタロー」
今度は##$$と聞こえて国王が笑い声を上げようとした矢先、第一王子が驚きで目を見開いた。
人型スライムの生首を凝視し、今まで見たことがない様子で声を上げかけた。それを寸前で来世の意思が引き留める。
「ん?どうした?」
「いえ、何も……」
第二王子も気づいたらしく声をかけてきたが、曖昧な返事で誤魔化す。
国王がどこで聞いたのかと聞けば、聖女の友達というのを淡々と述べる人型スライム。
息が乱れそうなのを必死に抑え込みながら、前世の意思――藤田賢治は動揺していた。
孫の名前と同じ。
古風な名前に憧れていた自分が、名付け親になったから覚えている。
ようやく転生したきっかけを理解する。聖女が、異世界の少女が孫の友人だったから。
絡まった些細な縁が召喚で引きずり込まれてしまったのだ。
それならば消えたもう一つはなんだったのだろうか。
もしかして召喚されずに元の世界に戻ったのかもしれないが、それが孫関係ではないことを願うばかりだ。
今はただ目の前のことに集中しようと深呼吸し、背筋を伸ばして顔を上げる。
「それでは聖女捜索に戻ります」
「はいよー。魔物じゃなかったら飼うのになー」
「父上!?」
「冗談だって。喋る生首なんて気味悪い」
手で払う仕草を行い、人型スライムの生首を別場所に保管するように指示する。
すっと消えていく人型スライムの生首を眺めていたら、青い瞳と視線が合う。何かを探るような、冷たい感情。
しかし生首にできることはないだろうと、振り切るように謁見を終えて談話室へと足先を向ける。
その際に騎士の一人へ声をかける。
「伝令を。ハナヤ・カーナ殿にレイニー家御令嬢の現状を伝えよ」
第一王子の命令に騎士は忠実に従い、早馬を出す準備のために動き出す。その迅速さであれば、あっという間に話は伝わるだろう。
前世の意思の独断に来世の意思が驚くと、頭の中に思考が伝わってくる。
――好きな人のために走ると、何かが変わるんだ。
それは前世の経験からなのだろうが、そういった恋愛の奇跡を信じていない来世の意思は呆れるばかりだ。
しかし予想外しかない現状の中で、好転するならばたまには信じてもいいかという気持ちはなくもない。
そしてドラコー家の女傑が待つ談話室へ、改めて進み出すのだった。




