第89話「団長達の計略」
「あーはいはい、予想通り。国防予算の文句は国が残ってたら提出するね」
魔道具通信機の報告を聞いた魔導騎士団長は、不良騎士の疑問が出てくる前にさっと通信を切ってしまう。
壁内部には女神の加護である結界を強化し維持する装置で大半が埋められているが、全方位への攻撃を想定した砲台部屋が隠されている。
内部の管理は魔導騎士団が担っているが、それも予算の中で優劣をつけている。ルビリア王国の都まで戦果が及ぶほどの国家間の切迫した状況が起きなかったのが裏目に出た。
砲台部屋は綺麗に保たれているが、火薬と砲弾の数が圧倒的に少ない。砲台も年に数回確認しているが、ヒビが大きくない限り放置している有様。
獅子舞元帥が進軍してくる方面を想定して部屋を確認しても、竜の巨体が射線を塞いでいる状態だ。
軍策に関しては王宮騎士団長と神聖騎士団長にある程度任せているが、獅子舞元帥の進行方向に関して意見が対立している最中だ。
魔物は瘴気の外で行動することは問題ないが、疲弊や負傷の際は安全地帯に帰るように瘴気を求める。
もしも獅子舞元帥が多数の魔物を引き連れて進軍するにしても、瘴気発生地点を経由するために直線移動はないと三者の意見は一致した。
その先である。獅子舞元帥の配下には頭角魔物が複数存在するという想定が、意見の相違を招いていた。
獅子舞元帥自体が固有名称魔物であり、頭角魔物というのが共通認識だ。
しかし頭角魔物の配下に統率を図るための魔物がいる、については意見が分かれるところである。
頭角魔物というのは強大な魔物の周囲におこぼれ狙いの魔物が集まることで、自然と群れができるために狙いを定めるための区別化に過ぎない。
もしも獅子舞元帥の配下に小隊統率役の魔物がいるとしたら。
それは人類の軍隊と変わらない。魔物が群れという大雑把な利益重視の集まりではなく、崇拝と尊敬を持って集合体となっている場合。
歴戦の軍隊と変わらない。そして進軍についての予測が複雑さが増してしまう。
「頭角魔物小隊に分散して、進軍する。そうすれば我々に接近を知らせることなく、暗躍できるだろう」
王宮騎士団長の説は、獅子舞元帥の配下に頭角魔物が存在する前提だ。
その頭角魔物達で小隊を編成し、森林迷宮から分散して進行させる。時間帯もずらすことで、近隣に住む人間が異変に気づかせないようにする。
そして各地の瘴気噴出地点を経由させ、村や街が討伐隊を組む前に前進。これにより進軍方向も全方位を警戒するという考えだ。
「しかし魔物にそれほどの知能があるとは考えにくいです。それに獅子舞元帥の底力は進軍力による突破です。分散は到着前に戦力が減る危険性があると思います」
神聖騎士団長は頭角魔物は獅子舞元帥のみであり、その個体の統率から離れた魔物は群れから外れるという思考だ。
獅子舞元帥によって滅ぼされた国の事例を考えても、大地を埋めるほどの魔物数で真っ直ぐ突き進んだのが勝利の要因と戦術書に載っている。
その戦略を手放すほどの小細工を魔物はできないという前提で、真っ向から迎え打つために一箇所に防備を固めるのがいいと進言。
「んー、僕は各地で戦力補給して、想定以上の戦力でくると思うよ」
『は!?』
二人の意見を否定せずに、想定の最悪をさらりと告げるのが魔導騎士団長である。
「だって瘴気噴出地点を経由するわけでしょ。そこで発生した弱い魔物が、突如やってきた強大な魔物を相手にどう判断すると思う?」
「縄張り争いすら発生しない……」
「従う方が利益がありますね」
「じゃあ進軍方向については二人の意見一致に任せるから、あとよろしくー」
『待て、大馬鹿野郎!!』
最悪な意見だけを残して放置しようとした魔導騎士団長の服を掴み、軍略から逃げないように引き留める。
悔しいことに三団長の中で一番の高齢者であり、経験者だ。血焼け戦争においても歴戦の英雄と肩を並べて、何度も大馬鹿野郎と呼ばれていた。
本気で軍略に参加しない。その割にはちょっかいを出すかのように、確定した事実の如き推測を残して去っていく。
「お前は進軍方向についてどう考える?」
「二人とも意見が割れているのです。この平行線を打破するのは第三者が必要なのです」
「どっちもあり得るから困るなぁ。獅子舞元帥の知能次第と、竜の脅威をどの程度把握してるかにもよるけど……」
今日の夕飯で悩む主婦のような能天気さで、魔導騎士団長は太陽が輝く空を見上げる。中天にはまだ遠いが、冬の日没は早い。
第一王子が王宮に帰って一時間。その後の面白い動きに注目したい魔導騎士団長としては、様々な用事を詰め込みたいのが本心だ。
しかし獅子舞元帥と竜の戦いも好奇心がそそられる、最高の見物試合にしたい気持ちも大きい。
「壁が問題なんだよね」
「どういうことだ?」
「竜を攻撃する時、空も飛ぶ相手に進行方向限られてるのが面倒だなって。大地に炎を撒かれて、さらに狭められたら戦術なんて限られてしまうだろう」
「そうですね。竜は空中も戦場とできる縦横無尽の機動力が最強ですから」
「でも王都の壁を攻撃して、反対側から奇襲するにも人間が邪魔」
『大事な国民を邪魔とか言うな』
魔物視点で戦術を考える魔導騎士団長の言い草に、両者から注意が入った。
しかし魔導騎士団長は特に気にした様子もなく、少しだけ真剣な表情で宣告する。
「分散からの一点進撃」
「どういうことだ?」
「たぶん大部分の魔物は獅子舞元帥の到着を待っている。竜が視界に入る範囲内で各地点で待機しているんじゃないかな」
「なっ!?それならば騎士団を派遣して……」
「竜に警戒されるし、魔物はそれを確認して移動をするだろうね。やめといた方がいいよー」
「では何故、一点進撃なのだ?」
「人間なんか敵じゃないから」
王都を中心とした周辺地図を手元に広げ、他の騎士が持ってきた机の上に置く。
四角を石で押さえ、指先で壁の部分をなぞっていく。膨大な人民が住んでおり、三つの街と王城があるため範囲は広い。
「竜から見えない位置の壁突破する労力を、竜に向かわせた方が勝機があるしね」
「まあ確かに……」
「それに国を滅ぼした魔物が、人間を脅威と見做さない。で、懸念点が一つ増えた」
「なんですか?」
「獅子舞元帥、結界の仕組みを知っていそうなんだよねー」
女神の加護である結界は、人間の生活区域を守る装置で維持されている。
女神が力を与えた護石を特製の魔道具の中に埋め込むことで、維持と強化を担う。浄化の力は宿っていないが、魔物が入り込めない透明な防壁を展開するのだ。
しかし獅子舞元帥は結界で守られていたはずの国を滅ぼしている。その結果から、獅子舞元帥は「結界を突破した魔物」ということだ。
滅びた国を教訓に各国が結界についての研究と強化を進め、そのおかげで今の強度を維持することが可能になった。
しかし滅びた国の資料が数少ないせいで、肝心の獅子舞元帥が結界を突破した方法というのは、具体的にわかっていない。
偶然にも結界が壊されたのか、力技で崩したのか。しかし仕組みを知っているならば、何故他の国を滅ぼそうとしないのか。いまだ謎が多い。
「知っているとどうなるんですか?」
「結界が壊される。で、内部に侵入して壁を登って竜の背後から奇襲」
「ならば分散して襲来するはず!全方位の警戒を!」
「むしろ結界の仕組みを知っているなら、一点集中の方が優位だよ」
「なぜだ!?」
「人間の必死の抵抗だって、獅子舞元帥は知っているからだよ」
国が滅ぶのにかかった時間は半年。
逃げることも叶わず、籠城のような形で魔物に覆い囲まれた惨状。
多くの飢えと絶望に彩られながら蹂躙された、獅子舞元帥の伝説は吟遊詩人が今も謳う。
その戦禍の中で活躍した英雄の、華々しくも悲しき結末。
「だからまずは竜を攻撃しながら、竜の近くの壁を狙う。そのために一点集中だよ」
「……ではその前提で対策を練るため、魔導騎士団長はさらなる計略をお願いします」
「え?」
「それはいい考えです。三人寄れば文殊の知恵と申しますし」
「僕はもっと面白いことがあるんだけど……」
『いいから次の考えを吐き出せ』
二人の団長相手には分が悪いと判断し、魔導騎士団長は静かにため息を吐く。
団長達の秘密裏な計略にまんまと引っかかってしまった狸爺は、とにかく最悪の想定を次々並べようと意地悪く笑うのだった。




