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二人目の聖女が頼りないため、転生失敗スライムが頑張ります〜愚かな人類は反省してください〜  作者: 文丸くじら
3束「転生失敗スライムの糸口」

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第87話「運命とは無縁のままに」

 諸々の手配と報告をするため、護衛の騎士を数人引き連れて第一王子は王宮へと馬車で向かった。

 ガラガラと車輪の音が遠ざかっていくのを感じながら、魔導騎士は壁を見上げる。階段上に配置された浮遊寝台が、地上と紐で繋げられる作業が始まっている。

 最初から固定すればよかったのかと、酔っ払い騎士などは欠陥品にも使い道があるのだということを思い知らされていた。

 

 体格が大きい骨壷騎士も横になって眠れる大きさで、強風を受けても微動だにしない。上昇し続けるという欠点も、紐による固定で問題解決。

 それが壁を這うように高さを増していき、壁際に設置された物資用大型テントの背後まで到達することが可能になった。

 

「第一王子もいい性格でござるなぁ」

「なあに、出入り口だけしか魔法をかけなかった竜の落ち度と思っておこう。ま、見逃してくれるだけかもしれないけどね」

 

 発案者は第一王子。壁内部の階段で人の出入りを監督するが、避難民がいる以上物資の搬入が必要だろうと指示を出したのだ。

 壁上に資源というものはない。ゴミ捨て場もなく、消費と廃棄は避難民に悪影響を与えていくだろう。医者を壁上に寄越すにも、大量の道具が必要となれば往復しないように手配する。

 とん、とん、とスキップでもするように魔道具愛好騎士が浮遊階段を登っていき、物資用大型テントの背後から侵入。四角い水晶を懐から取り出し、指先で表面を三回叩く。四角の面に現れる様々な道具を、虹彩の輝きを楽しむように次々と切り替えていく。

 望みの魔道具が面に映し出された時、指先で三秒間の圧迫。すると空間に小さな渦巻きが発生し、そこから金塊の形に似た長方形の硝子細工が現れた。

 

 硝子内部では青白い火花が常に散っており、上下に小さな穴が空いている。

 物資用大型テントに入り込んだ冷や汗騎士がそれを三つほど受け取り、使い方を小声で教わる。

 上下の穴をどちらでも耳に近づけて、硝子細工に向かって話しかけるだけで遠方との会話が可能になる魔道具。ただし魔力を込めないと使い物にならないため、使える人間は限られていた。

 

「えー、じゃあこれをナハトさんとヤンと……」

「第三王子でござるよ。使えなくていいから、竜に見せる形にしろと団長から言われたでござるよ」

「隠し持ってた方がいいんじゃね?」

「絶対バレるから、最初から手を明かした方が得策とのことで候」

 

 竜の生態に詳しくない冷や汗騎士は、言われた通りにするしかないかとため息を吐きながら頷く。

 見ているだけで汗が止まらない脅威と、第三王子は難しい話を繰り広げている。神話から派生した魔法の話や、女神と男神が異世界からの来訪理由など、聞いているだけで頭が痛くなる内容ばかりだ。

 軽薄騎士も時折会話に混ざっているようだが、冷や汗騎士は近づくことすら恐ろしかった。不良騎士は子供達に危ないから近づかないようにと、厳重に注意している。

 

「ま、俺はもう壁上に留まるしかないからな。聖女様のこと頼んだぜ」

「ヒィヤ殿程度ならば、いなくなっても気づかれないでござるよ?」

「地味に傷つく言い方やめろ。責任くらいは、俺だってわかるんだぞ」

「冗談でござるよ。拙者としてはそんなヒィヤ殿と仲間になれてよかったで候」

 

 柔らかい笑みを浮かべた魔道具愛好騎士の言葉に感動しかけた冷や汗騎士だが、多少の違和感を覚えて念押しをする。

 

「まだ死んでないからな」

「これから予定がおありでござるか?」

「……死ぬ前にエリさんに告白すればよかった」

「冗談でござるから……」

 

 本気で落ち込み、悲観的になる冷や汗騎士。額にはずっと汗の玉が浮かんでおり、寒風の中で乾く様子は一向に訪れていない。

 さすがに可哀想になった魔道具愛好騎士が慰めるが、効果は全くない。それだけ竜という存在に恐怖を抱き、精神をすり減らしている証拠だ。

 

「……」

 

 ここで獅子舞元帥の話をしたら面白いかなと、むくりと悪戯心が膨れ上がる。冷や汗騎士は適度にイジるならば、かなり最適な人物だ。

 しかし頭の中で浮かぶ若作り狸爺の笑顔が、理性となって働く。アレと同類になってしまえば、待つのは唯我独尊という名の孤独である。

 浄化遠征で仲間と馬鹿騒ぎする楽しみを知ってしまった魔道具愛好騎士は、速やかに口を閉ざして吐き出しかけた言葉を胸の奥へ流し込む。

 

「じゃ、あとはよろしくお頼み申す!」

「おまっ、もう少し安心させるとかないのか?」

「ヒィヤ殿が壁上にいるだけで、拙者は安心できるでござるから」

 

 背中を向けて、ヒラヒラと手を振る。半年もない時間の中で、不思議なくらい繋がった縁が大丈夫だと告げるかのように。

 魔道具愛好騎士はスキップの足取りで浮遊階段を降りていく。その軽やかさは楽しそうで、背後には何も心配がないと信じている証。

 テントの布地隙間からその様子を眺めていた冷や汗騎士は、マントを使って額の汗を拭いとる。唇には苦笑を示す弧を描いていた。

 

「仕方ねぇ奴だな。応えてやるしかないだろ、そんなん」

 

 そして冷や汗騎士は通信機能の魔道具を抱えて、竜と会話を続ける第三王子へと近寄っていくのだった。

 

 ――――――――;

 

 世界の終わりが来たらどうする?

 そんな問いかけに「おにぎりと味噌汁を味わった後、家族を抱きしめたい」と答えた気がする。

 異世界にはどれもないけれど、それでよかった。孫が死んでしまうとわかれば、きっと死に物狂いで天に祈りを捧げただろう。

 

 だから馬車から見える光景は、人間として当たり前のことなのだ。

 家族のために聖女を殺したい男が鍬を手に持ち、教会へ駆け込む女が真実の愛が欲しいと願う。金を抱え込んで動かない裕福そうな貴族と、罪に問われないと暴れ回る若者。

 どの道にも人が溢れて、馬車が動けない。ただ誰もが「生贄を!」と叫んでは、血眼になって聖女を探していた。

 

 前世の意思であるケンジが目を覚ました瞬間、入れ替わるように来世の意思であるケンイチが前世図書館に引きこもってしまった。

 胸の奥がジクジクと痛むのは、来世の意思が苦しんでいるからだろう。弟を人質として置いてきた負い目と、合理的に状況を好転するための計算を必死に行なっている。

 意思は別でも、体は一つ。どうしても伝わる気持ちには、恐怖と苦痛が煮えたぎる溶岩のように溢れてきた。

 

 電車通勤で眺めた異世界チート物語であれば、変えることができるかもしれない。

 しかしケンジにそんな恩恵は与えられていない。今まで全てが上手く進んだのは来世の意思と体が優秀で、それに助けられたからだ。

 だから変えられない。世論や人心など、大きな流れには逆らえない。

 

「王子、危険です!」

 

 護衛の騎士が叫ぶのも無視して、馬車から降り立つ。

 わかっているけれど、胸の奥の嘆きが竜巻のように吹き荒れるから。世界の終わりのような、大陸すら滅ぼせる脅威を前に取り乱すのも当然のことだけれど。

 

 ――どうすればいいのだ!?

 

 誰も犠牲にしない最善策を考える来世の自分が、こんなにも悔しそうだから。

 人の波に揉まれながら歩く。まっすぐと、王宮に爪先を向ける。背筋を伸ばして、誰かが投げた石で額から血が流れても視線は逸らさない。

 

 世界の終わりみたいなものが来てしまったけど、どうする?

 異世界に転生した今でもおにぎりと味噌汁を飲みたいし、家族をもう一度抱きしめられるなら死んでもいい。

 その全てを生前に置いてきた男にとって、今は死ぬべき時ではなかった。

 

 ――あらやだ。

 

 老いた男の耳に美しい声。それは本当に少しだけ困ったような、珍しい感情を宿していた。

 異世界由来には運命の糸が繋がらない。天の女神が紡ぐ紬糸の補助もなしに、街道の真ん中を歩く男を目撃した全員が沈黙した。

 人の波だけでボロボロになって、傷だらけ。それでも王宮へと一直線に向かう姿は、誇りと意地で輝いている。

 

 貴族街に入ろうとした足を止めて、服を引っ張った子供へ視線を向ける。

 

「えらい人?」

「……そうだ」

 

 半信半疑の問いかけに答えた瞬間、幼い瞳に大粒の涙が浮かぶ。

 

「怖いの。助けて」

 

 親とはぐれて、大好きなぬいぐるみも足に揉まれて消えた。

 何が起きているかもわからないまま、声が枯れるほど泣いた。いつもは優しい隣人も、今では全く知らない怪物のよう。

 小さな手でようやく掴めたものに抱きついて、しゃくりあげる子供へと第一王子――ケンジは宣言する。

 

「当たり前だ」

 

 膝を地面につけて、子供に視線を合わせる。

 小さな手を両手で包み、チートや無敵などと無縁な転生成功者は断言する。

 

「必ず助けよう」

 

 運命の糸よりも膨大な人類の紡績・縫糸が大きく動く。

 消えずとも、恐怖が少しだけ勇気を生み出すような瞬間。

 それは大きな波となって王都全体へとじわりと広がり、女神が少しだけ不服そうに眺めるのだ。

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