第86話「獅子舞元帥」
壁内部を降りてきた第一王子達と、壁付近に集まっていた騎士達が鉢合わせする。
団長達は事情を知っているため静かなものだったが、骨壷騎士も含めた多くの騎士達が驚愕で息を止めそうな表情をした。
老人を中心に病状が悪化している貧民達が怯えで震えており、早く医者を呼ぶようにと周囲へ呼びかける。
「ケイジの兄さん、ちょっといいかい?」
「サケグも降りてきたのか。あと呼び方」
「そういう細かいのはなしってことで。こいつに引っ張られてきたんだよ」
「団長殿に報告ついでの野暮用でござる」
酔っ払い騎士の背後からひょっこりと出てきたのは魔道具愛好騎士で、腕には修復したばかりの石板を重そうに抱えていた。
深い緑色は若芽を煮詰めたように濃く、ほのかに雨と土の匂いを漂わせている。その特徴は生産地を絞ることが可能で、鉱石が眠る場所の名前を魔導騎士は口に出す。
「森林迷宮の王碧鉄鋼の原石……」
「俺も石板集めの時ビビったわ。竜はこれを使い捨てにするんだものな」
王碧鉄鋼。魔物達の巣窟、固有名称魔物である獅子舞元帥が支配する森林迷宮のみでしか採掘されない鉱石である。
王の名を冠するように鉄鉱石の中では最上位の品質。鍛え上げれば美しい緑色の刀身となり、肉だけを切って血を流さないことが可能な切れ味を発揮する。
多くの鍛冶屋が憧れる希少鉱石であり、鍛えた際に出てきた鉄屑さえも加工を変えるだけで宝石となるほどの汎用性に夢を抱く者は多い。
人間国宝のシャラク・セーイもあらゆるツテを使って手に入れ、王族護身用のナイフを作った。それは宝物殿にて大切に飾られているほどの価値を輝きに変えている。
魔道具愛好騎士の腕の中にある原石は表面を竜爪で抉られているものの、加工するには充分な量だ。少なくとも何人かの騎士は価値に気づき、目を離せなくなっていた。
「んで、こいつから聞いた魔導騎士団長の話と石板の材質を合わせると……怖いことがわかっちまうだろ?」
「……まさか」
竜は森林迷宮にて鉱石を採掘し、加工した。
獅子舞元帥が見逃すか。否。
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獅子舞元帥は固有名称魔物の中でも一際有名な存在だ。
元帥と名付けられたのは、それが森林迷宮の全魔物を配下として指揮を取っているからだ。
木の魔物達を不定期に配置を変えることで森林の全体図を狂わせ、手先が器用な魔物には罠を作らせる。
小型の魔物は斥候と伝令を担わせ、空を飛ぶ鳥型などには森全体への連絡を怠らせない。
全ての魔物の特性を活かして、従わせる。その采配と圧倒的な支配力こそが固有名称を背負わせるに相応しいと判断された。
そして獅子舞元帥は縄張りを侵す存在を許さない。
とある国が様子見の軍隊を派遣したところ、それは壊滅寸前まで追い込まれたらしい。命を削るように帰還した軍隊が皇帝に報告している最中、大地を黒く埋め尽くす魔物の群れが国を蹂躙。
進軍セヨ。
その言葉だけで国民数以上の魔物達が国を滅ぼした。のちに学者は軍隊は案内役として残されたのだと、獅子舞元帥の狡猾さに舌を巻いた。
それ以来、森林迷宮には誰も近づかなくなった。うっかり迷い込んだとしても、助けに行く者はいない。
どれだけ希少な鉱石や薬草があろうとも、獅子舞元帥の管理下に手を出せば大地を埋める魔物達に嬲り殺されるのだ。
森林迷宮の川下に流れてくる種や原石までならば見逃される。それでも拾い上げる者は周囲に気を配って拾わなければいけない。
その魚は本当に魔物ではないのか。空を飛ぶ鳥は監視役かもしれない。あそこに生えている木が急に動き出したらどうしよう。
獅子舞元帥の「進軍セヨ」が聞こえたら自害しろ。もしもおめおめと生き延びたならば、その首は人間によって落とされて見せしめにされるだけだ。
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子供が泣くことすらもできずに、黙って頷くしかない怖い魔物の話としてよく使われる。
悪い子のところに獅子舞元帥がやってきて頭から食べてしまう、などは親がよく使うしつけの手口として有名なほど。
そんな獅子舞元帥の縄張りを荒らした(疑惑の)竜が王都にいる。
「団長!」
「大丈夫!獅子舞元帥が来るよりも、竜が国を滅ぼす方が早いよ!」
『大馬鹿野郎!!』
警戒しろと呼びかけたはずなのに、魔導騎士団長は人を安心させるような素敵な笑顔で物騒なことを断言する。
王宮騎士団長と新聖騎士団長の声がまたもや揃う。その場にいた騎士全員が二人の言葉に大きく頷き、美麗で愛くるしいハーフエルフを擁護する者はいなかった。
「どうして獅子舞元帥の方が遅いでござるか?」
「竜の機動力を追いかけるなんて、普通の魔物では無理。それにあちこち飛び回って石板作っては、罠を仕掛けたわけでしょ?
そんなの追いかけてたら魔物達の方が疲弊して使い物にならない。だから竜が確実に動きを止めた瞬間を狙うには、一日ほどの様子見が必要。
伝令役の魔物がここから遠い西にある森林迷宮まで報告するには最速で三日。そこから大多数の進軍なんて、国が滅ぶ方が早いでしょ」
スラスラとよくもまあそこまで推測したもんだと半分感心しつつ、どうしても結論が国の滅亡からズレないところに誰もがなんとも言えない表情になる。
確かに森林迷宮は遠い。直線距離で移動したとしても、二つの国を跨がなくてはいけない。竜が姿を現すまで存在を気づけなかった理由の一つに、竜が雲の上を飛んでいたことが挙げられる。
そこまで飛ぶことができる魔物は確実に固有名称が与えられるほど強い。おそらく何度も見失ったことだろうと誰かが安心した矢先。
「いいえ、団長。警戒した方がいい」
「あ、やっぱり気づいちゃった?」
魔導騎士の真剣な態度を茶化すように、魔導騎士団長は見惚れるほど美しい笑顔で答えを待つ。
「竜は王都付近に何度も来訪している」
貧民街に設置された石板。誰にも姿を見られなかった方法は不明だが、複数設置するには何度も原材料の採取から制作、運搬移動が行われたと仮定。
魔物の群れを指揮し、森の全貌すら変えることができる獅子舞元帥であれば「地図」を作ることも可能だ。大まかな地形図程度で問題ない。
あとは竜の目撃場所と飛行方向を時間帯と太陽や月の位置から計測。直線で結べば、姿を追えずとも一箇所に集中する箇所が明白になる。
「竜の目的地さえわかれば、あとはそこへ向けて進軍するだけです。
今回は偶然にも『竜が動き出す方が早かった』と考えるべきかと」
「さすが第二隊長!じゃあそういうことで諸君!」
未知の解明に向けてはしゃぐ子供のように、眩しい笑顔で魔導騎士団長は告げる。
「三つ巴の合戦準備を始めようか!」
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壁際の騎士達の緊迫感よりも、壁から見える竜の恐怖が人心を不安定にさせる。
住宅街から商店街、挙げ句の果てには貴族街の人間までもが王宮前に詰め寄って大声を上げていた。
どうにかしろ。なんでもいいから、神子を差し出せ。
たった一人の犠牲で救われるならば、そっちをさっさと選んで。
聖女様を竜の花嫁に。どうせ異世界の少女なのだから、誰も悲しまない。
子供の泣き喚く声も混じり、言葉は嘆きの叫びとして王都の空に拡散する。
耳鳴りのようにワァンワァンといった響きとなって、ガタガタと王宮中の窓硝子を震わせていた。
「静粛に!」
王宮騎士団の言葉も掻き消されるが、それでも王命は告げられる。
「聖女が明日の昼までに姿を現さない場合、処刑が執行される!」
民衆達が沸き立つ。もう聞こえていなくても、何かが動き出すというだけで興奮と高揚に呑まれて狂乱しているのだ。
殺せば助かる。それだけに縋って、歓声とも怒声かもわからない叫びで自らを鼓舞させた。
「聖女よ、助けたくば王宮へ出向せよ!!」
第二王子が薄ら笑いを浮かべ、愚かな民衆達を見下ろす。
その遥か下、地下室の冷たい床の上。目玉をくり抜かれて何も見えない人型スライムの頭の中で、声が言葉になって直接認識させられる。
耳も切り落とされて鼓膜すら破れたせいだろうと受け止めながら、喉も潰されて声が出ない人型スライムは瞼だけをぴくりと動かした。
――あと少しね。
頷こうとして、首がないことに気づく。どうやら頭だけを残されて、長時間放置の結果を観察されているらしい。
人類の探究心と残虐性、あらゆる悪性を一身に受けている人型スライムの心は凪いだ海のように静かだった。
――お別れも近いだろうから、今のうちに言っておくわね。
――貴方が転生に失敗したのは半分以上違う理由だったのよ。
――はあ?私がドジだから?前提条件を間違えたことくらいでケチくさいわね。
――というか、元々失敗してたのよ。
言葉だけが頭に浮かぶというのに、ため息すらも認識する。
――ま、もうどうでもいいでしょう?
――貴方だって興味ないだろうし。
――あとは愚かな人類次第だもの。
笑みすらもわかるような嬉しさを隠さず、女神は言葉を紡ぐ。
――反省しなさいな。




