第84話「魔導騎士団長」
王宮内だけで議論されたはずの生贄問題が、王都中に広まってしまった。
早朝の鶏よりも騒がしく、突風よりも荒々しく。貴族街、商店街、住宅街全てで誰もが口早に話し出す。
神子を差し出そう。竜がきっと喜ぶ、異世界の少女。聖女様ならばきっと生き残れるはずだから。
竜の登場は最悪の露出を連鎖させた。
夜明けすぐに叩き起こされた国王は、第二王子の金切り声に頭痛がじわじわと湧き上がってくるのを感じる。
「これは第一王子の責任問題です!」
今そういう話ではないのだが、どうにも対抗意識の強さから蹴落とせる好機に興奮している様子だ。
壁越しでもわかる竜の頭が見えないのか。軽々と壁を壊して王都を崩壊させることが可能な脅威がわからないのか。
きっとどうでもいいのだろう。自分は助かる、そういう立場なのだと信じて疑わない。物語の主人公ですらそんな気分も抱けない状況なのに。
「しかし聖女の件ならばご安心を!」
「へー。何で?」
やる気がない返事をしても熱が入った第二王子には通じず、鼻息すらも感じ取れそうな至近距離の顔から粘つくような声が出てくる。
「餌があります」
花盛りの乙女に対して使う言葉ではないな、と国王は第二王子の気遣い底辺値にため息を吐くのだった。
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壁までやってきた魔導騎士達は、そこに集められた騎士の多さに目を丸くした。
白、赤、黒。三つの騎士団から無造作に集めたとしても、これだけの数を集めるとなれば派閥の話になってくるだろう。
つまり派閥さえも無意味になるほどの脅威なのだ。しかも女神の森を棲家にしていた竜ともなれば、その年齢は人類史が始まる前にまで遡る。
「カール殿!貴様は絶対に壁を登るな!!」
「状況悪化の天才!歩く好奇心の悪鬼!この世の罵倒を全てぶつけてもモノともしない化け物精神!」
「そんなに褒められると照れるなぁ。で、竜の逆鱗っていい素材なんだよね!」
『大馬鹿野郎!!』
年齢差など関係なく、神聖騎士団長と王宮騎士団長に揃って怒られながらも、遠足前の子供のような高揚を溢れさせながら魔導騎士団長が壁をよじ登ろうとしている。
神聖騎士団長は白い髭や髪をふわふわと整えており、子供達ですら優しいおじさんだと警戒心を解くような柔らかい容姿だ。実際に人柄も素晴らしく、大神官でありながら、騎士としての見本として代表的な人物である。
そんな彼が罵倒を吐くなど初めて見る者が多く、神聖騎士団の白い服を着ている騎士達はこの世の終わりを感じ取っていた。
王宮騎士団長は国王の弟であり、王子達の叔父という立場だ、灰褐色の髪をきっちり整え、口髭も並行を意識した一糸乱れぬ形。赤い騎士服すらも皺一つ見当たらない、厳格な人物として人望を集めている、
そんな彼が髪を振り乱しながら魔導騎士団長の服を握り締めている。首を絞めた方が早いのではないかと、赤マントを千切り取りかねない形相だ。
これには王宮騎士団の赤い服を着た騎士達が、どれだけ危険な状況なのか不安に思っていた。
「えー……と」
骨壷騎士と魔導騎士が揃って壁前の惨状から思いっきり目を逸らしているため、間抜け騎士が間延びした声で雰囲気を和らげようとする。
しかし厄介というのはそういう反応をする人間が大好物であり、間抜け騎士と視線が合った魔導騎士団長がニンマリと笑う。
「やあやあ、元気だったかい?」
まるで旧知の仲のように話しかけながら近づいてくるが、間抜け騎士とは初対面である。
ハーフエルフの特徴である少し尖った耳は、銀の天然癖毛に埋もれている。ふわりとしたポニーテールが揺れて、愛らしい緑色の瞳がキラキラと輝く。
男女の判別も難しく、子供と大人の境目に佇むような華奢で成長途中の体。無邪気で悪戯心を隠さない笑顔は、万人を苦しませるほど魅了する美しさ。
「あ、あの……」
「大丈夫。僕に全て任せて」
白い手は小さく、雲に包まれたような柔らかさで両手を握られる。
それだけで催眠術にかかったかのように。くらりと軽い目眩。視線が穏やかな笑みから離れず、桃色の唇から紡がれる言葉全てに頷きそうになる。
「竜の背中に乗ってくれるよね?」
「無理です!!」
腹の底から人生一番の大声で拒否の言葉が出た。
道理で骨壷騎士達が視線を逸らすわけだと、間抜け騎士は納得する。視線が合うだけで惑わされて、その雰囲気に呑まれてしまえばこの世の無理難題全てを請け負ってしまいかねない危険性。
性悪な魅惑。体臭すらもすっきりしながらも甘い花の香りなのが、蠱惑さを強調していて恐怖を感じるほどである。
「大丈夫。保護魔法はかけてあげるよ。ただ翼の付け根に生えてる苔を採取してくれたのならば……」
「だ、誰かぁあああっ!?」
最早不審者に捕まった女子のような悲鳴だった。今にも泣きそうな間抜け騎士から魔導騎士団長を引き剥がしてくれたのは、骨壷騎士だった。
周囲の人間よりも一回り大きい彼と比べれば、魔導騎士団長は子犬のような小ささである。しかし首根っこを掴んでいる骨壷騎士は、獲物を嬲る趣味を持つ熊と対峙している気分だ。
「ありがとう、ハナヤくん。君のおかげでこんなにも騎士を集められたよ」
「貴様のためではない。脅迫してきたくせに厚かましいぞ」
「可愛いお願いをそんな風に言うなんて酷いなぁ。でも結果的には最良だったじゃないか」
両手の拳を顎と口の間辺りに持っていき、膝を軽く曲げることでおねだりをする子供のような可愛い体勢を取る魔導騎士団長。
年齢も八十を超えると恥じらいは消えてしまうようである。自分の容姿を最大限に活かすための動きを熟知した狸爺は壁を見上げる。
「ここまで予測してたのか?」
「聖女の浄化遠征一回目以降とは思ってたよ」
さらりと告げてきた内容に、骨壷騎士は目を丸くする。
「竜が大勢の人間から一人を探し出すのなんて無理さ。けれど神子を探すのに簡単な方法があるだろう」
「大規模な浄化か」
「女神の森の浄化以降、各地を転々として浄化された土地を巡ったのだろうね。けれど数ヶ月前にパタリと止まった」
「……」
「そこで王都近くにこっそりと罠を仕掛け、大規模浄化を感知したら起動するように遠隔発動。あとは二度目の浄化が行われてから現れる予定が……」
スラスラと出てくる推測が、あまりにも状況と合致し過ぎているため疑惑の目を向けられる。
魔導騎士団長ならば竜と協力して、実験と称してやりそうではないか。その疑いを魔導騎士は否定することはできなかった。
もしも竜に提案されたならば、彼は意気揚々と「面白いね!よーし、やっちゃおうか!」と言いかねないし、大規模被災を嬉々として受け入れるだろう。
「でも狂ったんだよね。いつまでも、二度目がない」
「自白か?」
「やだなぁ。僕が竜に協力してたら、こんな結果や内容で満足すると思う?」
自虐のつもりなのかもしれないが、洒落にならない。魔導騎士団全員が団長の言葉を後押しするように、うんうんと頷いていた。
団長が共謀していたらもっとやばかった。貧民街だけでなく、壁の機能全て失われて王城が竜の棲家扱いされてもおかしくない。
むしろ予想の斜め上をぶっちぎる勢いの珍事を好んで起こす。もしもそうなりそうな時は魔導騎士団第一隊長――第四王子が笑顔で事前に止めてくれる。
「だから痺れを切らして姿を現したんだよ。直訴してるのがいい証拠さ」
「待て。ということは……」
嫌な予感を覚えた骨壷騎士の困惑を肯定するように、魔導騎士団長は笑顔で答える。
「女神の森を燃やした神子が誰かなんてわかっていないだろうね」
それは差し出される人間は誰でもいいのだと、生贄問題に戻るのだった。




