第83話「第一王子の企みと竜の目的」
軽薄に生きてきた自覚はある。
むしろそう思われるように、気楽な方を選んだつもりだ。
しかし状況によってはそんな薄い仮面などあっという間に砕けて、粉々になってしまう。
竜。
睨まれるだけで老人は死にそうだし、鼻息だけで赤子は吹き飛ばされてしまう。
夜明けの陽射しを背にした姿は童話の中に出てくる輝かしい神秘そのものだ。教養がない貧民の子供ですら、膝をついて許しを乞うために頭を下げている。
要求は短く、はっきりしていた。後は「誰を」交渉役に立てるか、だ。
「王子達はお下がりください!」
心底怖かったが、次に繋げるためにも二人には距離を取ってもらうしかない。
背中でハンドサイン「役決めて」と伝えるが、即興なので確信は持てない。
竜の一番近くに立ってしまった軽薄騎士は、鎧すらもクッキーのように噛み砕けそうな牙に視線を向ける。
「そのお姿、名のある存在とお見受けしました」
とりあえず相手を持ち上げる。
命がけの反応確認。爪先一つ体に触れるだけで絶命しかねない状況。
割に合わないとは思いつつも、背後にいる避難民達の数や事情を無視することはできなかった。
{世辞はいらぬ}
「失礼いたしました。お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
{名前はない。貴様らとは格が違う}
名前とはあくまで人間が個体分類を明確にするためのもの。そういう認識なのだろう。
もしくは名前を出さずとも誰もが理解するような存在か。その両方かもしれない。
なんにせよ敵意というものを感じるが、話は通じる相手であることに全身の手応えはあった。
「それではこの場限りで使うお名前を用意してもよろしいでしょうか?」
{まあいい。不敬な名前ならば殺す}
美的感覚で生死が決まる状況に陥ってしまった。
軽薄騎士は自身の趣味は悪くないと思うが、それが竜と同一かは不明だ。
「ちなみに私はナハト・クラウドと申します」
{人間らしい凡庸な名前だな。似たものだったら殺す}
人間に近い名前は危険。となると、あらゆる名前が封じられたに近い。
焦る内心とは裏腹に、表情は笑顔を作る。もちろん真剣な好感の持てる爽やかな類だ。
「それでは」
必死に思い出す。聖女はこの世界の言葉ではない音を使っていた。
それを再現することはできずとも、似たような形にすれば条件は満たせるはず。
「レベルア、とお呼びしても?」
二文字足りない気がするが、軽薄騎士の口でどうにか再現できた音はこれだけだった。
周囲の人間も聞き取りづらいと思ったのだろう。首を傾げて不可思議そうにしている。
{……今の発音はなんだ?}
どうやら竜も同じだったらしい。黄金の瞳でギロリと睨まれ、軽薄騎士は覚悟を決める準備を感じた。
{…………面白いが、嫌だ}
発音自体には興味を持ったらしいが、名前として呼ばれるには不服だった模様。
大きな口が開き、肌を焼く高温がその中で渦巻いている。青白さと橙が混じった、超高温の炎が育っていく。
気に食わなかったら即死。暴君と同等の気ままさも、竜という存在だから許されてしまう。
「キング・アーサー・ペンドラゴン!」
堂々とした声が放った言葉は、軽薄騎士や竜には聞き取りづらい発音だった。
特に一番最初の単語はニヌズゥと聞こえたし、アーサーはわかりやすかったが、エンドゥラオンと最後はなんとも言えない音だった。
第三王子を前面に押し出した第一王子が、威風漂う姿勢のまま話を続ける。
「異世界にて伝説の存在から頂戴した!それは竜に関わりがある!」
{ほぉ……}
「だな?」
「は、はい!?」
いきなり話題を振られた第三王子が疑問形で返事をするが、第一王子の視線の圧に負けて渋々と頷いた。
竜は口の中にあった炎を呑み込み、名前と咀嚼するように口をモゴモゴと動かしている。
冷や汗、脂汗、あらゆる水分が頭の頂点から流れる軽薄騎士は、黙って次の動きを見定めるしかない。
{ふむ……ふむ……悪くない。ニヌ……いや、キングゥか?それは何の意味だ?}
「最上位の存在を表します」
{アーサーはまあ、トムやジャックのようなものだろう}
「似たようなものです」
{ウェンドラ……ペンドラグォン、か?これが特に気に入った}
「異世界で竜の名前がドラゴンと呼ばれているのだそうです」
スラスラと出てくるのは前世図書館で読み漁った知識のおかげだ。
いまだに気絶している前世の意思が、以前に「織田信長とかアーサー王とか好きなんだよねぇ」と語っていたため、そういった偉人の情報が詰まっていた。
できれば目立ちたくはなかったのだが、人間を一人殺すか否かで今後の交渉境界線の高低差が決まってしまう。
一人殺せば、百人殺しても変わらない。
一人生かせば、百人生かしても変わらない。
最初の一が大事なのだ。その境界線をどうにか守ろうと、第一王子は竜の気分を害さないように慎重に返事をしていく。
「キング・アーサー・ペンドラゴン殿とお呼びしても?」
{長い。とりあえずペンドラゴンと呼べ}
名前は気に入ってもらえたようである。第一王子は前世の意思に命の危機を救ってもらい、密やかに感謝するのだった。
そして第三王子の背中を静かに押す。怯えて震える体が嫌だと意思表示しているが、耳に顔を近づけて囁きかける。
「私の目的は変わらない」
「そ、それとこれは……」
「同じだ。お前が国を率いるには、手柄が必要なのだ」
第一王子の目的は簡潔にして明快だ。
穏便に速やかに、王位争奪戦から脱落しつつも貴族より上位の生活を保持する。
前世の意志が持っていた知識によれば、題名に準えると「第一王子だけど王位を捨ててスローライフで無双します」だろうか。
無双する気は全くないが、優秀さとしては適度な生活水準を保てる自信はあった。
そのために必要な前提条件は三つ。
第三王子が国王になること。第四王子が国の障害を排除すること。
そして――第二王子が完膚なきまでに失脚する。
第四王子の気ままさは予測不能だが、性格として双子の兄である第三王子を見捨てることはしない。
この双子が相互に国のために動くのならば、安定した時代が築かれるだろうとは予測している。
問題は第二王子だ。他人を蹴落として王位について――その後を考えていない。
そのせいで王位争いから外れることができない。第三王子への警戒を削ぐために、第一王子が囮になるしかなかった。
しかし聖女のおかげで第一王子の必要な前提条件は揃い始めたのだ。特に今回の生贄事件は待望の大失態だ。
このまま聖女が見つからずに、貧民街の問題を解決できない。瘴気については魔法使いを大量に集めれば、まあ解決できる内容なのだから。
そのため聖女探索を申し出たのだ。
居場所さえわかればいい。その後は別の場所に隠して、報告する際に「王族への不信感により逃げられた。消息が掴めない」と言えば、第一王子は静かに王位争奪戦から外れるのだ。
引きずられるように第二王子も失脚。問題を解決できない無能な王子として、国王も視界に入れなくなるだろう。
あとは第三王子が最終手段の「魔法使い大量投入による浄化」を申し出ることで、第一王子の目論見は成功するはずだったのだ。
改めて。なんで竜がやって来たのだろうか。
{神子はどこだ?}
「えっと……神子は今、行方が……」
{我が森を焼いた神子を出せ!}
第三王子の声が小さすぎて苛立ったのか、空気を振るわせない大声が頭の中枢部まで響き渡る。
そして事情を知っている民衆全てが青ざめた。
聖女の前。一人目の神子。
性格は最悪だが、浄化能力は歴代最高と謳われる男。
そして女神の森に火を放って焼き尽くし、王国の広大な国土を五パーセントを灰だらけにした元凶である。
既に死んでいる人間を、竜は差し出せと訴えてきたのだ。




