第81話「せいやく」
聖女へ多大の謝罪と感謝を言い終わった若侍女は意識を失い、今は健やかな寝息を立てながら療養となった。
そして老執事が逃げないように、骨壷騎士と間抜け騎士にも協力を頼み込んだ魔導騎士は、三人で前方を包囲。
背後には聖女と男装女騎士が立っており、常人であれば状況の悪さに怯えて言葉も出せなかっただろう。
「それじゃあ洗いざらい話してくださいね!」
本人としては怒っているのだろうが、若侍女が無事であることの嬉しさが優っている聖女の声に気迫はない。
代わりに骨壷騎士から放たれる威圧は尋常ではない。横に立っているだけで間抜け騎士が倒れそうになるので、二人の間を魔導騎士が立っていた。
「超有能である私は若い頃に美しい御令嬢から駆け落ちを頼み込まれましたが、謎の組織匂われる羽目になった話でよろしいですか?」
「え、え?あ、でも独身ですよね?ということは駆け落ち失敗ですか?」
「聖女様、話が逸れています。セバス、茶化すな」
興味津々といった様子で身を乗り出す聖女を制しつつ、魔導騎士は老執事をジロリと睨んだ。
「ちなみに御令嬢はキトラ嬢の親族でございます」
「まさかマーサ叔母様か!?今も独身なの不思議に思っていたが……」
「ケイジさん、話逸らされてますよ」
あっという間に二の舞になった魔導騎士は、誤魔化すように咳払いをする。
老執事はいつもの厳粛な姿勢は崩さず、だからといって飄々とした性格が変わることはない。
下手をするとのらりくらりと躱され続け、朝日が昇ってくる可能性の方が高くなってくるだろう。
「尋問の初歩は質問だ。可否のみで返事できる内容が特に好ましい」
骨壷騎士の助言に男装女騎士と間抜け騎士は感心するが、逆に悩む結果になってしまった。
疑問は山のようにある。しかしそれをどうやって引き出すか。老執事に命の危機はなく、拘束すら受けていない。
嘘を吐いても構わないような状況で、どこまで信頼できるかを逆に問われている。
「セバス、誓え」
「何を?」
「全て正直に話すように」
「運命の女神に誓いましょう」
老人とは思えないほど美しい直角のお辞儀。
そこには先ほどのようなふざけた気配は存在せず、敬愛する主人に対する礼儀に気を遣う姿勢を感じ取れた。
言葉よりも確かな応え方に、魔導騎士は深く頷く。もしも老執事が嘘を吐いた時、魔導騎士が責任を取るという意思表示。
「始めにお伝えいたしますが、ライム様の目的をお話しすることはできません」
「何故だ?」
「先約であり、誓約です」
老執事が神言を聞けることは骨壷騎士達には既に伝えている。信仰篤き男が伝説の拝聴者と教えた時は、骨壷騎士すらも驚きを隠せていなかった。
血焼け戦争を予言していた男。それが目の前の小さい老人であることを、骨壷を強く抱きしめることで精神的な衝撃を誤魔化す。
もしも血焼け戦争がなかったら――そんな甘いことは考えない。
「ただライム様を手引きしたのは一から十までお話しいたしましょう」
「いいんですかっ!?」
「今となっては知ったところで変わらない情報です」
驚く聖女を横目に、十どころが百くらいの情報を老執事は話すのだった。
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女神の言葉はいつも気まぐれに尋ねる友人のように、軽快な調子で声をかけられるのだ。
これは長年神言を聞いて信用を得てきた老執事が、それくらいで信仰をブレさせないという信頼が築かれているからだ。
老執事の人生には基本的に干渉せず、たまに暇つぶしの会話をする程度の間柄だったはずが、その日は的確な神命を下された。
――人型になったスライムを異世界の神子に会わせなさい。
人型スライムの位置や王都に入れない事情を聞き、老執事は作戦を立てる。
神子は第二王子の管轄。接触できる人間の数は限られている。しかし都合よく身近に気に入られた人物がいた。
甥っ子の病状が怪しいという理由で人生初めての有給を取得し、貧民街近くに隠れていた人型スライムに接触した。
洋燈を抱え、まともな服を着ていない人型スライムは到底普通の身元には見えない。
ここで執事の計画は最初から練り直しになったが、これくらいの状況を簡単に覆せるなくては有能など名乗れない。
荷物の中に人型スライムを紛れ込ませ、ドラコー家への搬入物と言うだけで関門は素通り。
真面目な魔導騎士は基本的に時間通りに動くことをよしとする。残業などはせずに、家に仕事を持ち帰ることで部下への負担を軽減する。
人型スライムの特徴と目的を聞き、女神の目的と照らし合わせて方針は確定した。
夕方まで時間を待ち、裏通りから人がいなくなった機会を見計らって人型スライムの腕を傷つけた。
後は倒れたふりしてそのまま放置。老執事は屋敷に帰り、結果をワクワクと待ち望んでいた。
一番期待したものではなかったが、長期的計画の始まりである。
その後の流れは全て魔導騎士の手腕に任せ、老執事は『ドラコー家のセバスの使い』という名代を人型スライムに与え、魔導騎士と離れないように手配することに徹したのだった。
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話を聞いた全員の視線が魔導騎士に向けられていたが、当の本人は片手で顔を覆っていた。
最初から全てを身内の思い通りに行動していた。それは腹部にかなり重い感覚を残すものである。
「ケイジさん、信用からの利用えぐいですね」
聖女の指摘は正しく、何も言い返せない。
老執事の建てた計画は「坊っちゃまなら安心だ」という前提で構築された、計算しているようで大雑把な内容である。
少しでも期待を裏切ることをしていれば即崩壊するが、ある程度の放置が効果を発するものだ。
「女神像の破壊で大声を上げるのも、その隙にライム様が聖女様を逃す手筈も女神様より指示されておりました」
「それで誰よりも早く反応したのか」
骨壷騎士がようやく違和感の正体を突き止められたことで、老執事の言葉を信じ始めた。
奇怪なのは雷が落ちた直後。骨壷騎士でさえ雷の光と音で五感のうち二つほど使えなかった状況で、老人がいち早く事態に気づいたのだ。
それこそ瞳に散る明滅と鼓膜の痺れが消え始めたばかりの、鍛えられた騎士でさえそのような事態に陥っていた最中なのに。
「待て、それよりも……気になることがある」
「なんでございましょう?」
「今の状況が長期計画で、短期があったというのが屋敷に連れて行く前だとするならば……」
最初の第一印象を思い出す。
王都に入り込んだ人型の魔物。明らかにスライムとわかる状況。
少しでも危険と感じたならば斬りかかろうと考えていた時期。
「俺とライムが出会った時点で目的達成できる腹積りがあったのか?」
何故スライムなのでしょうか?
第三王子の疑問が頭の中で木霊する。女神ならば選ぶことが可能なはずだ。
それこそ人間の擬態が最も上手い人狼さえも使い魔にするなど容易いことだろう。
「お答えできませぬ」
老執事の言葉は簡潔で、片眼鏡越しの瞳が真剣さを帯びた。
それに不気味さを感じた全員が沈黙する。運命を手繰る女神が背後にいるためか、思惑通りに進んでいることに恐怖を抱いた。
「ただライム様より、侍女については助言を受けておりました」
「エリの?」
「ポケットに殺意の糸が伸びていると。私には糸は見えませぬが、まあ毒物だろうと予測いたしました」
半ば暗黙の了解となってしまっている、人型スライムが見える糸の話。
その詳細を知っているのは魔導騎士と聖女くらいだが、実際に瘴気の中で奇跡のような出来事を起こした糸玉を見た男装女騎士と間抜け騎士は静かに頷く。
一番それを把握していない骨壷騎士は不思議そうな表情を浮かべたが、追求するということはしなかった。
「だから胃の内容物を吐き出させろと……」
「しかしそれでは足りず、女神様より瘴気の凝縮物について教えられた時には……」
「あ!浄化はそのために?」
「左様でございます。そして皆様にお伝えしなくてはいけないことが一つ」
朝日が昇る直前。
白み始めた薄暗い空を窓越しに見上げ、執事は業務連絡のように告げる。
「奇跡の代償が飛来いたします」
瞬間、館全体が震えた。
体の奥底まで痺れ、立っていられなくなるような震動。
恐怖のせいで飛び立つこともできない鳥達がボトボトと地面へと落ちる異常事態。
神をも恐れぬ存在が、待ち侘びたと言わんばかりに王都上空で威圧をかけたのだ。




