第73話「大神官ハンス・アムダ」
魔導騎士と骨壷騎士に囲まれて、間抜け騎士は肩身狭そうにソファに座っていた。
特に骨壷騎士の体格は常人の倍近くあるので、魔導騎士に密着する形で苦笑を浮かべている。
扉越しに間抜け騎士の顔を眺める同僚達は、揃っている顔ぶれに動揺を隠せなかった。
特に彼を馬鹿にしていた同期や先輩は、浄化遠征で何があったのか、憶測を並べていくが答えは出てこない。
血焼け戦争の英雄、生きる伝説。それが何故骨壷を大事そうに抱えているのか。魔導騎士団の若き天才、由緒正しいドラコー家の子息が魔物を招き入れたという噂は誠か。
なんでそんな二人に挟まれて笑顔でいられるのか。間抜け騎士の評価が、彼自身が知らないところで乱高下を始めていた。
神聖教会は住宅街の幅広い土地を使った建物で、並列する神聖騎士団の施設や孤児院も含めて、住宅街の中にある小さな町のような場所である。
ドージの家は信心深い一家で、子供達は全員が騎士団所属を目指しているとのこと。長兄で幼い兄妹を抱えるドージは、彼らの見本だった。
なので王宮騎士団と魔導騎士団の有名人を連れてきた際は、祈りを静かに捧げていた子供達が大はしゃぎし、弟や妹が「にーちゃんはすげーんだ」と自慢げにしていた。
それに付き合っている内に冬の夕暮れが訪れてしまい、大神官は軒並み外出中と告げられたところである。
魔導騎士がハンスに会いたいと言えば、第二王子のところへ向かったと告げられた。受付をした神官の顔は不快さを隠さない。
王宮で起きた魔物騒動は秘匿扱いのはずだが、その場にいた人間達の口に鍵はかけられない。正確にとは言わずとも、大体のニュアンスは通じしているだろう。
とりあえず人目に触れないようにと応接室に通され、かれこれ二時間。
その間は浄化遠征について三人は情報共有のつもりで話し続けていた。
「渓谷のような裂け目だと?」
「はい。これで小さいのかと驚きましたが、違うのでしょうか」
「貧民街の裂け目は複数の噴出地点を繋げ、その範囲を大きさと捉えている。
それより小さいと言われていたが……」
「書類をまとめるのにいい時間ですね」
書類仕事を特に苦としない魔導騎士は、話をしながら片手間で魔法を使って報告をまとめていた。
羽ペンを手と魔法で動かし、二種類の書類作成、その器用さに驚くことすら忘れるほど、間抜け騎士と骨壷騎士は浄化遠征の話に夢中になっていた。
結果として浄化遠征後に作成するはずだった報告書の類が一気に片付いていく。しかし報告するには迷う点も多いので、添削が必要だと感じている。
そうして公には出せない資料作成が終わった頃、大事そうに洋燈を抱えた大神官が帰ってきた。
彼は骨壷を抱えているハナヤに目を丸くし、何事もなかったかのように美しい微笑みを浮かべる。慈愛に満ちた、女性ならば誰もがうっとりする顔である。
「お待たせしたようで、すいません。
それでどのようなご用件でしょうか?」
向かいに座った大神官は、絶対に洋燈を手放さない。まるで我が子を大事にする母親のようだが、魔物の道具に魅入られた大神官という構図である。
鎮座しているだけで神像かのような整い方と美しさを我がものとしている男は、少し困ったように魔導騎士へと視線を向けた。
「その中身、見えてますよね」
すっと指差した先は洋燈。
間抜け騎士や骨壷騎士は首を傾げるが、大神官は明らかに動揺した。
赤い瞳には今も煌々と燃える白炎が金粉のような輝きを散らし、中心で糸車が回っている。
人型スライムの手から離れても、心臓の鼓動のように止まることがない。
「……これが何かご存じなのですか?」
「いいえ。しかし由来は知っております」
それを聞いた瞬間に大神官がガタッと立ち上がり、頬を赤らめて魔導騎士に迫ってきた。
至近距離の美しい顔も、興奮状態のせいで悪寒を感じるほどだ。鼻先に当たる熱い息が生々しく、魔導騎士はわずかに顔を逸らす。
「やはり女神様なのですね!?」
「あの、近い……」
「それは肯定という意味ですか!?」
「話を聞いていましたか?」
いきなり話が通じない不審者に早変わりした大神官を前に、魔導騎士は間抜け騎士へと視線を向ける。
すると間抜け騎士もこんな大神官を初めて目の当たりにしたのだろう。ぽかん、と口を開けて思考停止に陥っていた。
骨壷騎士も驚いてはいるが、会話に入っていいかの判断に迷っているようで、慎重に様子を窺っている。
「ああ、運命の女神よ……この出会いに感謝いたします」
純粋な、崇拝なのか狂信なのか。恍惚と微笑みを虚空に向ける大神官は、神秘さと共に薄気味悪さを併せ持っているようだった。
間違えたかもしれないと思いつつも、魔導騎士は大神官の腕の中に抱えられた洋燈の状況を確認する。
中に入っている白炎や糸車に異常はなく、結晶体のような美しい形の外観に傷や異変も見当たらない。
「何故、ハンス殿はこれが女神に関連するものと?」
「白炎は初代神子が夢に見た女神の象徴だからです」
少し落ち着いたのか、軽い咳払いして醜態を誤魔化しつつ席へと戻っていく。
しかし洋燈の中をうっとりと眺める視線は執着や愛おしさが混ざっており、もしも聖女がこの場にいたら「推し事で興奮するファンみたい」と言っていたことだろう。
一呼吸を置いてから初代神子に選ばれた少女が、白炎の中から現れた美しい女神についての逸話を語る。
それくらいならば魔導騎士も家系の信仰上で全てを知っているのだが、大神官が女神について語る時は大いに脚色されていることが判明した。
炎の中からすらりと伸びる白魚のような指に美しい細腕。細身の体を隠すゆったりとした羽衣は美しく、天上の一番星と月の輝きを凝縮した輝き等。
あまりにも女神の描写だけで一夜明けそうな勢いだったので、充分わかったと話を遮るのはやむ得ないことだった。
「ご理解いただけてなによりです」
大神官について別方面の理解が深まかっただけなのだが、魔導騎士はあえて流すことにした。深入りすると酷い目に遭うのが丸わかりだからである。
話の最中で白炎が黄色や桃色を淡く反映しており、その変化が何を意味するかわからないところが少しだけ怖かった。
前にどす黒い色に変わった時は人型スライムが必死に押さえていたが、人型スライムの生命に関わることではないと祈るしかない。
「そして天から落ちた一筋の雷。
あれが女神のご意志であるならば、この洋燈から伸びた糸こそが女神の紬糸なのでしょう」
「やはり女神像に突き刺さったのを目撃したのですね」
「ええ。神官長様は残念ながら目撃しておりませんが……」
「あのぉ……洋燈の中は空っぽではないのですか?」
おずおずと疑問を口に出した間抜け騎士は不安そうだが、骨壷騎士が同意するように頷いたのを見て少し安心する。
「お二方は女神信仰ではないのですか?」
「私は戦神などを主体にしておりますので」
「僕は女神信仰ですけど、男神も一緒だから……?」
「おそらく二人は魔法を使えないからです」
補足するように魔導騎士が言葉を出すと、またもやガタッと椅子から立ち上がる大神官。
至近距離の美顔は迫力がありすぎて、この短い時間だけで魔導騎士は彼が大の苦手になっていた。
生温かい息を避けるように姿勢をずらしたかったのだが、今度は両肩をがっちり掴まれてしまう。
「女神信仰の優秀な魔法使いが条件なのですね……!」
「はい、まぁ……はい」
「ああ!女神よ!!
我が才能を認めてくれたのですね!!」
こういう時は人型スライムの胡乱な目で、なんとも言えないものを見る視線がほしくなる。
間近で天に祈りを捧げる大神官の興奮は体に現れており、それを見ないように魔導騎士達三人は視線を部屋の至る所に散らすのであった。




