第72話「変な石」
驚く騎士達をよそに、第三王子は望遠鏡で貧民街の様子を観察しながら地図に新たな印を記していく。
四角や三角など形はそれぞれ異なるが、どれも似たり寄ったりな形となり、まるで長方形が欠けたかのようだ。
瘴気に覆われている上、見えたとしても瓦礫で崩れた街並みにも関わらずに正確な位置を把握して筆を動かしている。
「変な石板が見えますか?」
「望遠鏡をお借りします」
一番瘴気が薄い場所を指差す第三王子から道具を借りて、骨壷騎士は目を細めてじっくりと探す。
瘴気は風の影響を受けにくいが、それでも水の中で油が動くようにもったりと位置を変化させているのだ。
黒と紫が混じった霧のような瘴気が少しだけ晴れた時、望遠鏡を使ってどうにか見えたのはボロボロの石である。
崩れて破片が周囲に散らばっており、原形を掴むのは難しい。しかし表面に文字が彫られており、その形には見覚えがあった。
石板は到底人が作り出したものには見えない。荒削りの岩を高温の炎で焼いて固くし、尖った何かで文字を彫ったかのような歪さ。しかも文字の線が太い。
書かれている字までは遠すぎて読めないが、使われている技術と彫り方が妙に一致しない気味悪さである。
「あれを調べたいです」
「理由は?」
「貧民街は木材や布など、動かしやすいものが多いです。
明確に重量感があり、必要性が低いものが各地点に散乱しているのは奇妙です」
貧民街が瘴気噴出の混乱で崩れ去った建物が多い。建築家や大工といったものが、手がけたものではないからだ。
ルビリア王国の建築は基本的に煉瓦といった石材を積み上げるものが好まれる。それは瘴気が噴出しても、石材の隙間から入り込むことが少ないからである。
木材では隙間から入ってくる可能性が高いので好まれない。有名な童話がそれを示唆していると児童文学専門家は偉そうに語るのだ。
「護符はあります!ただ運べる力がなくて……」
「王子自らが出向かれる必要性はありません。
そうだろう、お前達」
ゆっくりと振り向いたハナヤの優しい笑顔に、冷や汗騎士を含めた護衛任務を引き受けている騎士達は嫌な予感に背筋を震わせた。
護符。魔導騎士団所属ならば簡単に説明できるが、魔法について学んだことがない者にとっては正確な効果がわからないお守りだ。
冷や汗騎士達は一回体験しているが、布と紙の繊維を織り交ぜて小さな札が、瘴気の中で少しずつ焼け焦げていくのを見るのは心臓に悪い。
完全に消えたら瘴気に蝕まれる。
体験した側からすれば、お守りというよりは時間制限を知らせる死の時計だ。
第三王子が手にしているのは複数の札を織り交ぜた首飾りだ。聖女が見たらしめ縄と言いそうな形状だが、効果は瘴気の中に入らないとわからない。
「先ほどの騒ぎを起こした罪は重い。
お前達が王子の代わりに貧民街へ赴け」
「し、しかし我らは第三王子の護衛として……」
「だからこそだ。王宮騎士団は王族に忠誠を誓いし貴族の血縁。
尊ぶべき王族のためならば彼らの手足となり、火の中水の中に飛び込むのだ」
実際にそういう訓練があった。水を被って燃え盛る炎を鎧を着たまま突っ切ることや、鎧着用での水泳など。王宮騎士団名物の地獄鍛錬である。
王宮騎士団は貴族などの身分重視なのは、王族によって作られた騎士団だからだ。歴代の騎士団長も王族の血縁などで、現団長は国王の弟である。
王族が鴉を白と言えば白。彼らの言葉全てに従い、あらゆる願いを叶えることこそが騎士としての本望。
それが今、護衛任務で浮かれていた騎士達に重くのしかかる。
「ヤン、俺と一緒に貧民街行ってくれないか?」
「いいっすよ」
すでに瘴気の中を護符つけて移動した経験のある冷や汗騎士は、浄化が使える魔導騎士団の不良騎士へと声をかけていた。
護符が消失して立ち往生しても、浄化が使える魔法使いによって助けてもらえる見込みだ。特に不良騎士は同じ聖女の護衛として仲間の経験があり、瘴気内で自由に動けるのも確認している。
第三王子から護符の首飾りを受け取った冷や汗騎士は、即座に軽薄騎士と不良騎士の知識を合わせた貧民街の構造把握と、地図に記された印の位置を確認。
迷いのない行動に騎士達は唖然とし、言い訳騎士などは口から文句一つも出せなくなってしまう。
「それではお先!ヤン、案内よろしくな」
「はい!俺の庭なんで!」
あっという間に細くて狭い階段を慣れたように降りていき、冷や汗不良組は瘴気の中へ飛び込んでいった。
気軽に走り回る姿にますます護衛騎士達は言葉をなくしてしまい、眼下に広がる死の気配と思える黒と紫の霧に恐怖する。
それを壁上から眺めながら、魔道具愛好騎士が魔道具の拡声器を使って方向を修正していく。早速見つけた石板を抱え、二人は素早く壁上へ戻ってきた。
「一番奥のを持ってきました。いかがでしょうか?」
「うーん、欠落が酷いので他のもお願いします」
「んなっ!?」
「かしこまりました。もう一度行くぞ!」
「うっす!」
追加注文をあっさりと告げる第三王子に絶句しても、それをさらりと受け止めて動き出す冷や汗騎士達の背中を見つめる。
同じ王宮騎士団にいた時はパッとしない男だったはずなのに、浄化遠征に行っただけで見違えるほど鮮やかな手際を獲得していた。
言い訳騎士達が何も言えなくなった頃を見計らい、骨壷騎士はため息まじりに宣告する。
「できないというならば仕方ない。護衛から外れてもらおう」
「……っ!」
「その権限は王子が握っておりますが、私に一時的な譲渡は可能でしょうか?」
「はい、可能です。ただ……」
何も言えなくなった騎士達が顔を俯かせる中、第三王子が優しい眼差しを向ける。
「彼らはできる人だと信じたいです」
護衛になった瞬間から横柄で、虎の威を借る狐になってしまったというのに。
問題も起こして目の前で罰を受けてヒィヒィと悲鳴を上げ、今も瘴気を前に恐怖で足がすくんでいるのがわかっているはずだけれど。
それでも見捨てないと告げた第三王子の顔を見るため、ゆっくりと顔を上げる。
「どうでしょうか?」
問いかけられて、力強く頷いていた。
わずかな後悔はあったが、今は王族への信頼に応えたい気持ちの方が強い。
そして首飾りを装着し、魔導騎士団の助力を得て浄化が使える騎士と共に崩れた貧民街へと走り出す。
恐怖を振り払う雄叫びを上げる彼らは忘れていた。
勢いで飛び出てきてしまい、第三王子が地図の位置を説明しようと棒立ちになっていることに。
少しだけ見直したが、また鍛えた方がいいだろうと骨壷騎士は頭を片手で支えている。
「人たらしだな」
「口に出すな、馬鹿」
無償の信頼は、愛に似ている。それを与えられては反抗するものは少ないだろう。
言葉と態度だけで騎士達を大勢動かした第三王子の手腕に感心しつつ、魔導騎士は骨壷騎士を見る。
すると子供達を呼び寄せており、その中には名前を与えた少女も入っていた。
「エライノ、あの石を私にくれないだろうか?」
「うん。ご飯、ありがとう」
籠と一緒に差し出された石――奇妙な紋様が描かれた破片。
それを受け取った骨壷騎士は地図を広げて、拾った場所を確認する。小さな指先が示したのは、印が描かれていない場所だ。
少女が親しげに接する内に、他の子供達もここで見たなど次々に証言していく。それを追加記載していき、瘴気噴出地点を記した地図と重ね合わせていく。
瘴気噴出地点と石板の位置がほぼ同一である。
「王子、これを」
「ありがとございます。
これは綺麗に紋様が読み取れますが……」
少女が持っていた石は紋様が残っているが、少女の手では大きくても読むには小さすぎる。
次々と集まる石板を並べても、ほとんどが砕けてて表面は傷だらけで解読を困難にしていた。
それを見た軽薄騎士が「あ」と間抜けな声を上げる。
「俺、それと一緒に吹っ飛ばされたかも」
瘴気噴出に巻き込まれたと先ほど聞いたばかりだが、新たに出てきた情報に魔導騎士は驚く気力もなくなっていた。
曰く、足で踏んだら瘴気が噴出したらしい。蓋に乗って飛んだようなもので、着地点が柔らかかったのでほぼ原型が残っているという。
布地が集まった場所を指先で示し、魔道具愛好騎士が冷や汗騎士達にそこへ向かうように指示を始めた。
「ハナヤ殿。赴きたい場所があるのですが、ご一緒によろしいでしょうか?」
「ふむ……ナハト殿、この場は任せても?」
「承知しました。王子の安全はもちろん、避難民達もお任せください」
魔導騎士の申し出を聞いて、骨壷騎士は確認を取る。今は経験から臨時の先導を取っていたが、本来は見張りの任務が優先事項である。
第三王子が少々頼りないところがあって不安なのだが、軽薄騎士も立てに副隊長ではない。いざという時の全責任を乗せても、彼は身軽さを変えない。
「では同行しよう。どこへ向かうのだ?」
「その前に……ドージ!」
「へ?」
魔道具愛好騎士の手伝いをしていた間抜け騎士が、不意に声をかけられて振り向いた。
「神聖教会へ向かう。仲介人になってくれ」
神聖騎士団出身者は、この壁上では現在一人だけ。
白羽の矢を立てられた間抜け騎士は目を丸くし、慌てて出立の準備を整えるのであった。




