第71話「思考の百面相」
魔導騎士は人型スライムについて詳しいことを知っているわけではない。
それでも国王にすら打ち明けていない話題が二つ。人型スライムの背後には女神がいるのが一つ。もう片方は洋燈が彼の生命核である、だ。
女神については神聖教会に知られると大変面倒だから。洋燈については心臓を握られるような弱みである。
人型スライムに口止めをされたわけではない。
自分の意思で固く口を閉ざし、胸の内に秘めているだけだ。
しかし人型スライムについて話していると、第三王子や骨壷騎士は不思議そうに首を傾げるのだ。視線は魔導騎士に集中している。
どうして見つめられているかわからない魔導騎士の横で、ニヤニヤと笑う軽薄騎士は楽しそうに耳を傾けていた。
まるで悪友について語るような笑顔を、本人が一番自覚していないのである。
「しかし何故スライムなのでしょうか?」
話をある程度聞き終えた第三王子の疑問は、自然に口から出てきたものだ。
魔物は千差万別。樹木型という自然物からの発生もあれば、人間の骨といったかつては別の生物だったものが変質したものなど幅広い。
その中でもスライムは一番有名だが、無害で弱い。水の体を持っているというのに、火に投げ込まれるだけで干からびて死んでしまう。
「人型なのに軽い怪我でバレる危険性が高い。擬態している割に、結果が見合わないのが不思議です」
「王子はスライムであることに意味があると?」
「なんとなくです。根拠はありません」
骨壷騎士の問いかけに、第三王子はさらりと答える。
わからない。けれど気になる。その程度のものだったとしても、口に出したということは引っかかっているということだ。
「んー、こういう時は弟の思考を真似てみますか」
『第一隊長の……?』
魔導騎士達だけでなく、骨壷騎士も困惑の表情を浮かべていた。
第三王子は顎に手を当てて、空に向かって視線を上げる。その仕草は確かに第四王子が考え事する時の癖で、外見は全く似ていないのにふとした瞬間に双子だと思わせるくらいそっくりである。
少し間が空いた後、何かを思いついたようにぽつりと呟く。
「……弱い必要があった?」
「まあ人型に擬態する魔物はその特徴が多い傾向はありますが」
人狼と呼ばれる魔物が人型擬態でも有名だが、彼らも特別強いわけではない。むしろ弱いからこそ、小さな集団に紛れて混乱を引き起こす。
小さな村の結界は綻びが多く、その隙を突いて村人として潜入。疑心暗鬼に陥らせて、遊ぶように人を食らっていくのだ。
しかし一晩で一人を殺すのが精一杯で、正体がバレて袋叩きにされるとあっという間に死んでしまう。
「いや、なんかこう……女神様?」
突如出てきた単語に驚いた魔導騎士は、ほんのわずかに肩を尖らせてしまった。
付き合いの浅い者であれば気づかなかったであろう動作だが、横に立っている幼馴染が見過ごすことはない。緑の猫目が魔導騎士の顔を入念に眺め始める。
「大昔に運命の糸を使った転生があって、人間に恋した熊を人型にした事例が……」
「それは記録というよりは伝説の類でしょう。しかも悲恋で終わる」
「そうなんですけど、なんかこう弟だとここまで飛躍させるんですよね」
話の飛躍に関しては三人とも大いに頷ける内容だった。
第四王子の思考と直感の鋭さは異常なのだ。そのせいで前述や下地が用意されていても、一足飛びならぬ百足飛び並みの結論を出してしまう。
おかげで聞いている側は大混乱間違いなしなのだが、後々解明していくと間違っていないことがわかる恐ろしさを備えていた。
「熊は完璧な人間になった。スライムは不完全……でも女神様がそんな……」
「あの、王子……」
「弟だと気軽に『女神様が転生失敗させたスライムを使って、何か企んでるから気をつけろ』とか言ってきそうなんですよね」
「……」
「女神様が失敗なんてあり得ないですよね。あはは」
今なら冷や汗騎士に負けないほどの汗を流せる自信があった。
鋼鉄の如き理性でどうにか表情を引き締めて無を保つが、ずっと見つめてくる軽薄騎士の観察眼には見抜かれていることだろう。
骨壷騎士が上体起こしを終えた騎士達の様子を見に移動した。少し離れた時点で、幼馴染同士で小声の会話を交わす。
「ケイ、何を隠してる?」
「言っていないだけだ」
「いいから。王子の予測はどうなんだ?」
「……聞いた話と合致する」
苦渋の表情を浮かべながら、幼馴染には打ち明けた。
そこでふと思い出す。確か浄化遠征前に軽薄騎士と人型スライムは会話を交わしており、女神の紬糸がナハトに繋がっていたのを見た。
それに対して人型スライムは女神が守っていると言っていたが、その真相をまだ確認していない。
「そういえばライムに占いしてもらったよな。あの後変化はあったか?」
「んー、思い返すと物事がトントン拍子に進んだ気がするな。おかげで壁上を避難所にできたし、物資にも困ってない」
「それだけならば、まあ」
「あと瘴気噴出孔の真上を通って吹っ飛ばされた時は、生きててよかったと思えたな」
最後にとんでもない内容が出てきたので、魔導騎士が目を見開いて愕然とする。
聞いていた話では貧民街の瘴気噴出は間欠泉のようだと聞いている。凝縮された瘴気が鉄砲水のように噴き出て、二階の高さまで届いたという。
つまり目の前でケラケラと笑っている幼馴染は、人体に有毒な気体を全身に浴びて、二階建て家屋の上空まで吹き飛んだはずである。
「避難手伝ってたら、うっかりな。浄化しながら走り回ってたおかげで、どうにかなったぜ」
「それだけで済む話なのか!?」
「無傷だから問題なし!」
「お前という奴は……」
そんなことはどうでもいいと、あっさり話を横に置く軽薄騎士の表情は真剣だ。
「おそらく第三王子が女神に繋げたのは、ハンス殿だ」
「大神官が?」
「ライムの空っぽ洋燈を調べたいって、第二王子から預かってたんだよ」
「なっ!?」
魔導騎士が捕縛された直後に目撃された光景である。人型スライムの手から離れた洋燈を、愛おしそうに拾い上げる大神官。
興奮で焦るように早口で説得しており、人型スライムで頭が一杯なため好きにしろと第二王子が吐き捨てた時は心から喜んでいたという。
魔導騎士についても気にしていた軽薄騎士は、空っぽの洋燈に熱中する大神官の行動は二の次どころが三の次だった。
「大神官は優秀な人だったな……魔法を使えると聞いたことは?」
「女性作家に超絶人気だからな。題材にされた作品では必ずと言っていいほど気軽に使ってるぞ」
それは本人に許可を取らなくてはいけない問題なのでは、という疑問は明後日の方向に飛ばしておく。
少なくとも作家という職業は、調べることが快感かのように追求する傾向が多い。それは無自覚美形優秀男にも覚えがあることだった。
それこそ両方の私生活を脅かすほどに、根掘り葉掘りである。女性遍歴について聞かれた時のおぞましさと言ったら、筆舌に尽くしがたい。
一つだけならば無視できる。
しかし複数となれば、根拠が見えてきてしまう。
「女神信仰の優秀な魔法使い……」
ならば見えるはず。魔導騎士だけではないことを忘れていた。
洋燈の中で金粉のような輝きを散らす白炎に包まれた、カラカラと回る糸車。
女神像へと伸びた糸を目撃していたとすれば、砕けた女神像に近寄っていたのは詳細を確認するためである。
糸の先を辿れば、そこには女神の力を使う人型スライムが立っている。
「神聖教会……ツテがないぞ」
「あの洋燈、そんなに大事なものなのか?」
「……」
「そこで沈黙かよ」
呆れたように息を吐く軽薄騎士は、少しだけ考え込む。
その間にゼェハァと疲れ果てた冷や汗騎士達を連れた骨壷騎士が、第三王子の近くまで戻ってきていた。
魔導騎士達が内緒話を始めてしまったので、王子は改めて貧民街の様子を望遠鏡で確認している。
「ハナヤ殿、貧民街に行きましょう」
そう告げた第三王子は笑顔だったが、その場に集っていた騎士達全員の思考が止まる。
真上から少しだけ傾いた太陽は、この混乱を面白そうに眺める天の瞳のように丸く輝いていた。




