第69話「第三王子の来訪」
上部から確認できる瘴気範囲の把握と、北風の強さを合わせて拡大予測を行う最中。太陽が真上に来る少し前に、階段の周囲が騒がしくなった。
横柄な態度の王宮騎士団所属者が道を開けろと怒鳴っており、その背後で居た堪れなさそうに縮こまっている第三王子がやってきたのである。
任命は書類上で行われるため、もう少しかかると思っていた矢先の来訪だ。出迎えの準備どころが、報告すらも受けていない。
怯える子供達をじろりと睨みつける王宮騎士団に、不良騎士が立ち塞がる。姿勢は悪いが、威圧をかけるには充分な気迫で睨みつけている。
しかし第三王子の道を遮る形となっており、スラリと剣を抜く音が聞こえた。冷や汗騎士が即座に動き、不良騎士の首根っこを掴んで引きずるように退がらせた。
「お前、第三王子の邪魔をする奴があるか!?」
「チビどもを怖がらせる奴はシメとく必要があるんすよ!」
「お、ヒィヤじゃねぇか。聖女様を見つけられない汗っかきめ」
不良騎士に説教をしているところ、明らかに嘲る目的の言葉が耳に入る。
王宮騎士団の同期で、出世街道まっしぐらな爵位の高い貴族の四男坊。王族の護衛を任されているだけでも、彼がいずれ副隊長になるのは遠くない未来だ。
聞こえなかったふりをして注意を続けようとしたのに、同期の騎士は馬鹿にするのを愉快そうに続けた。
「婚約者もいない人生の負け犬が、貧乏貴族の娘に懸想してるって本当か?」
「……」
「しかも年下の侍女だろ?ご奉仕してもらいたいとか考えてんだろ、下劣野郎!」
自分で口に出しておかしかったのか、大きく笑う声が空に響いた。
彼につられるように複数人の騎士も声を上げて笑い、冷や汗騎士の背中を指差す。
第三王子が嫌な笑い声に囲まれてオロオロしているが、自分よりも体格のいい彼らを止める術を持っていない。
「なあ」
「あん?」
笑い続けていた同期騎士へと振り向いた冷や汗騎士は、怒りを滲ませた表情のまま強烈な拳を振り切った。
頬が陥没し、歯が折れて口から飛び出るほどの威力。怪我を伴う暴力沙汰は騎士でも御法度であり、重い処罰が下される。
口から暴言を吐くことは許されているのに、手を出すのは理性なき獣と同じ扱いなのだ。
それを全て承知の上で、冷や汗騎士は同期騎士の体に馬乗りとなって拳を振るう。
「俺のことはいいんだよ、別に」
「がっ、ぶっ、やべっ、ぼっ!?」
「けれど関係ない彼女まで馬鹿にすんなっ!!」
酔っ払い騎士が力任せに引き剥がすまで、拳から血が出るほど殴り続けた。
同期騎士は顔を陥没させており、鼻は変形している。意識は朦朧としているのか、歪な口からは謝罪か罵倒かすらもわからない音が漏れている。
王宮騎士団の騎士達が剣先を冷や汗騎士に向けているが、その前に大盾を構えた間抜け騎士が立ち塞がった、
盾はカタカタと揺れているが、その厚みと硬さは変わることがない。
もしも力で押し切られてしまえば集団が雪崩のように倒れ、第三王子に被害が出てしまう。
苛立った騎士の一人が、ずっと状況を見ていた魔道騎士へと睨むように視線を向けた。
「これは魔導騎士団の責任問題だとわからないのですか!?
一刻も早くあの暴力に処罰を下してください!!」
「なんのことだ?」
「はぁっ!?目が節穴なんですか?」
「あいつは王宮騎士団所属の聖女様護衛。
俺の部下ではないし、魔導騎士団は無関係だが」
さらりと、平然に。当たり前の事実を告げる。
実際に冷や汗騎士達は勝手に壁上にいるだけで、魔導騎士の直属の部下ではない。浄化遠征の名残りで面倒を見ているが、所属問題に持っていくならば話が違う。
音を立てて歯軋りする騎士が、顔を真っ赤にして怒鳴ってくる。
「しかし壁上は魔導騎士団管轄!
ここで起きた問題は全てそちらの責任だ!!」
「その管轄内に来る前、誰を連絡役に寄越した?
突然の訪問に避難民達が怯えている」
「はっ!大広間で王子の提案が通った時から準備するのが妥当だろう!
準備不足の言い訳で、今の暴力を有耶無耶にしようと誤魔化されんからな!」
「王宮騎士団の教育に報連相は存在しないことに驚きました。
ハナヤ殿はご存知でしたか?」
毅然とした事務的内容の会話に混ざる、突然の敬語。
そして告げられた名前と赤い瞳の視線が向かう先に、威厳ある騎士が仁王立ちしている。
「初耳だが。そこの、名前は?」
「ハナヤ隊長!?いや、その……」
「名乗らずに言い訳か?」
「……っ、イーワ・ケアルカです」
「よろしい。覚えておこう」
すっかり萎縮して涙目な言い訳騎士に倣うように、さっきまで横暴に振る舞っていた騎士達も佇まいを治していた。
骨壷騎士が手を動かすだけで、それに合わせて壁上にいた騎士達は綺麗に整列する。所属関係なく、全員が敬意を示した。
避難民だけでなく第三王子が困惑していると、彼の前にハナヤが跪いた。
「ようこそおいでくださいました。
知らせを逃してしまい、大変申し訳ございません」
「いえ。僕が早く行きたいとわがままを言ったばかりに、彼らに不和をもたらしてしまったようです。お詫びするのはこちらの方です」
「慈悲深きお言葉ありがとうございます。
しかし教育不足なところをお見せしてしまい、私の不徳のいたすところです」
ざっ、と立ち上がったハナヤに合わせて、先ほど騒ぎを起こした騎士達全員が背筋を正した。
特に第三王子の護衛だった者は、背を曲げたら死にそうなほど真っ直ぐに直立状態である。
冷や汗騎士も顎からぼたぼたと汗をこぼしており、酔っ払い騎士が苦笑を浮かべつつもハナヤの視線から逃れようと明後日の方向を眺めていた。
「全員、連帯責任としてその場で腕立て伏せ五百!」
『はいっ!!』
鎧の胸当てを叩く音が揃い、直後に早く終わらせようと懸命な腕立て伏せが始まった。
これには魔導騎士や軽薄騎士も含まれており、二人の慣れた動きは他の騎士に比べて数倍素早い。
問題を起こした騎士の上には岩代わりの子供を乗せられ、「落として怪我させたら団長報告」と厳しい罰則を設けられていた。
第三王子用の調査区画準備が終わる頃には、いち早く腕立てを終えた魔導騎士と軽薄騎士が訪問された王族への挨拶を始めていた。
腰が低い第三王子が頭を下げようとすると、骨壷騎士が服の背中部分を掴んで止めている。
「王子。我らは貴方の手足。
使うことはあっても、頭を下げる必要はないのです」
「しかし彼らを止めることができず、余計な手間を加えたのは事実です。
僕にも弟のような図太さがあれば……」
「第四王子は……その……見本とするには少々……」
珍しく口を濁す骨壷騎士に、第三王子はクスリと笑う。
十七歳という若さだが、それ以上に外見が幼く見える青年だ。成長期半ばという雰囲気で、声もどこか少年らしさが残っている。
「わかってますよ。そこが弟のいいところです」
「いやはや、参りましたな」
「実は大広間に入る前、弟が僕のところに来まして……。
珍しく真剣な顔だったんですよね」
『第一隊長が!?』
思わず声を揃えた魔導騎士と軽薄騎士だが、骨壷騎士にギロリと睨まれる前には頭を下げていた。
いつもヘラヘラと笑っている印象しかなかった青年の真面目な顔など、竜でも降ってくるのではないかと思ってしまったのが悪い。
しかし第三王子も似たようなことを考えていたのか、特に気にした様子もなく話を続ける。
「世界が終わるかもしれないから、反省しとけって……」
「第四王子が……」
骨壷騎士が真剣な顔で悩むが、答えが出る様子はない。
ただ一つ確かなのは、風来坊のような第四王子が兄である第三王子に忠告を促す時は大問題が起きる寸前なのだ。
なにせ五歳の時に固有名称魔王という脅威を倒した際も、彼は兄に「呪いの解き方探しといて」と真剣な顔で告げたのだから。
「でも何を、と……まあいつものことなんですが」
肝心な部分を伝えきれない弟の悪癖を、あははと笑って誤魔化す第三王子。
全く似ていない双子の王子は、笑顔だけはそっくりなのであった。




