第68話「護衛騎士達の胸中」
魔導騎士団長に弱みを握られてしまった骨壷騎士は、一度王宮騎士団長へと話をつけてくると言って条件付きで見張りから離れる。
壁上から移動しないことを受け入れた魔導騎士は、馬を使って王宮へ駆けていく大きな背中を見送る。朝早いことが功を奏して、予想よりも早く到着するだろう。
冷や汗騎士達にも事情を話したところ、戻ってきた酔っ払い騎士も含めて全員が驚きで口をぽかんと開けていた。
「能ある鷹は爪を隠しちゃうものでござるからなぁ」
「騙してたのか?」
「誰にも聞かれなかったから言わなかっただけで候」
不良騎士が睨みながら問いかけても、全く動じずに返事をする。
こればかりは魔導騎士の確認不足であった。集めた時はハナヤに対抗するため、その魔の手が伸びていない相手を選出するための問題児だった。
まさか身内の手が伸びていたとはつゆ知らず、酔っ払い騎士の事情もあったことで完全に見逃していた。
「団長の悪巧みに俺らは太刀打ちできないって」
幼馴染がそう慰めてくれるが、入団してから団長の手の平から逃げれたことがないのは悔しいが事実である。
唯一の対抗枠は第一隊長だが、彼の場合は無自覚天然の思惑破壊なので真似することが大変難しい。
気を取り直して護衛騎士達の数を確認し、男装女騎士がまだ戻ってきていないことに違和感を覚える。
「レイはどうした?」
「あー、俺は休憩したらと言ったんですが、もう少し探すと走り回っているかと」
「そうか。長時間戻らない場合は探しに行け」
夜通し聖女を探しているようだ。浄化遠征の一件から、男装女騎士は聖女に忠誠を誓っているのか、妙に張り切っている。
下手すると空回りしてしまいそうな危うさがあるため、何かしらの制限をつけておきたいところだ。
「あのー、護衛騎士の件は今どうなってるんですか?」
「そういえばヒィヤ以外も増えてるし、全員所属がバラバラだな」
思い出したかのように軽薄騎士がそう告げるので、間抜け騎士も全員の騎士服の色を見比べる。
間抜け騎士と男装女騎士は神聖騎士団所属のため白。不良騎士と魔道具愛好騎士は魔導騎士団を象徴する黒。酔っ払い騎士と冷や汗騎士は王宮騎士団が誇る赤。
即席で集められたので、正式な辞令や異動願いが出ているわけではない。今が混乱時期のため見逃されているだけで、後ほど職務怠慢と文句をつけられそうなほど本来の騎士団から離れている。
しかし間抜け騎士はこの即席護衛騎士という枠組みに安定感を覚えており、酔っ払い騎士も引け目もあってか王宮騎士団に戻りづらい。
冷や汗騎士は元から護衛騎士であったので気にしておらず、魔道具愛好騎士は二足の草鞋でも構わないという構え方だ。
一人だけ。不良騎士が気まずそうにしており、ぼんやりと瘴気に覆われた貧民街を見下ろしている。
「さて、レイと言い争いをしていたのはどういうことだ?」
「うっす……その……」
魔導騎士に疑問を投げられて、不良騎士は居心地が悪そうに座り込む。膝を広げた状態で、住宅街の路地裏で反抗期を謳歌しているような若者のようである。
上の者に対する態度ではないので、魔導騎士が靴先で膝を軽く小突く。するとバネのようにぴーんと背筋を伸ばし、足を揃えて立ち上がった。
冷や汗騎士以上に頭から汗を流しており、魔導騎士の赤い瞳を直視しないように顔を逸らしている。
「俺、貧民街出身の孤児院育ちで……昔から世話してるチビどもが貧民街にいたんすよ……」
小雨のようにぽつりと呟かれた内容は、彼の軽い生い立ちである。
貧民街で親も知らないまま育ち、一定の年齢で孤児院入り。魔法の才能があったため、学校を経ずに騎士団へと入った。
働いて得た金は生活費以外は孤児院に寄付し、暇があれば貧民街に顔を出して顔馴染みの子供達の様子を確認していたという。
「それが瘴気に覆われたと聞いた時、頭が真っ白になっちまって」
守ってやれるように行動してきたはずなのに、それが全て無駄になった気分だった。足元から全てが崩れ落ちたかと思った。
今にも駆け出したい気持ちと、現実を直視する恐怖に動けなくなる。その最中に聞こえた解決方法に、何も確認しないまま縋りつきそうになった。
全て解決するならば、なんだってやれる気持ちだったのに。
聖女を生贄にすると聞こえた瞬間、期待していた顔を見られてしまった。
目が合う。異世界の少女で、ジャルネット村を救ってくれた二人目の神子。恐怖で動けない普通の女の子が、絶望に顔を青ざめさせていた。
あ、と思った時にはもう遅かった。護衛騎士すらも頼れないと、泣き出す少女を追い詰めさせてしまう。
「……俺、ひでぇ奴なんです」
自分のためにと言いながら、誰かの願いを叶えてくれた聖女。
彼女を捧げて救われるならばと、一瞬でも安堵した。それを異世界の少女に知られてしまったことを、何度も後悔する。
目敏い男装女騎士には何度も詰め寄られたが、否定することはできなかった。今だって、少しだけ期待してしまう。
「聖女様を……犠牲に、なんて」
自己嫌悪で苦しみ続ける不良騎士。遠巻きに貧民街の子供達がその様子を眺めており、血気盛んそうな少年などは今にも魔導騎士に飛びかかってきそうだ。
他のことに気を取られていた魔導騎士は、別の場所でそんなことが起きていたことにため息を吐く。
「うわ、まじでお前酷い奴だな」
どうやって言葉をかけようかと迷っていた矢先、軽薄な声が不良騎士を責め立てた。
黙って話を聞いていた軽薄騎士が、軽蔑する視線で見つめている。開いた口から投げられた言葉は、不良騎士の耳は容易く拾えるだろう。
言い返そうと顔を上げて、すぐに唇を引き結んだ不良騎士の表情は歪んでいる。
「可愛い女の子を助けないなんて、騎士失格だぜ」
「……は?」
「だからここにいる騎士は全員同じだ。女の子一人助けてやれない、馬鹿どもだ」
肩を竦める軽薄騎士は、呆れたように深い息を吐いた。
助けようと駆け出して、伸ばした手は何も掴めなかった。その空虚感はいつまでも手の平に残って、嫌な気持ちを思い出させる。
「だから次はしっかり助けろよ」
「……慰めっすか?」
「注意だよ、ばーか。反省したら行動に移せってんだ」
気軽に告げられた内容は心に響くかと言われたら微妙で、不良騎士はどこか釈然としない気持ちで立ち尽くす。
「でもま、チビどもは全員無事だったろ?」
「あ」
「よかったじゃねぇか、兄貴分……あいたぁっ!?」
ニカっと笑った顔が、直後に痛みで間抜けな表情に様変わりする。
大切な兄貴分がいじめられていると思った貧民街の子供達が、一斉に軽薄騎士に群がったのだ。
各自が拳を固めて太腿を狙ったり、頭突きで足の間を狙うなど下半身を重心的に狙っている。しかし一撃目をくらってすぐに、軽薄騎士はそれらを身軽に躱して逃げる。
鮮やか回避に子供達は翻弄されながらも、怒りや涙を浮かべて「ヤン兄をいじめるな、さるー」や「はげー」と罵倒を吐きまくっている。
ハゲは聞き逃せなかったらしく、軽薄騎士は「先祖代々ふさふさ一族だけど!?」と言い返しながら、ひょいひょいと逃げ回る。
その数は多く、赤ん坊をおんぶしている少女さえも元気に追いかけていた。
貧民街の被害は決して零ではない。瘴気の中で発見された時にはもう、体が動かせない老人などは手遅れだった。
しかし突然の瘴気噴出に対して、驚くほどに初動が早かった理由は魔導騎士団第二隊が巡回をしていたからである。
第一隊長の後押しがあったとはいえ、壁上に避難所を作れたのは――。
「あいつ、前から貧民街を気にかけていたんだ」
「……」
「今回はあいつの言う通り、次に活かせ。いいな?」
「っ、はい!!」
吹っ切るように溌剌と返事した不良騎士は、子供達の暴走を止めるために走り出した。
最初の一撃以外を全て逃げ切った軽薄騎士は、息一つ乱さないまま「もう少し鍛えておけよー」と余計な言葉を残して業務へと戻っていく。
ゼェハァと疲れ切った子供達は悔しそうに手足をバタつかせながらも、元気を取り戻した不良騎士に笑顔を向ける。
「……ドージ、お前は何か隠し事あるか?」
「ぼ、僕は至って普通です!信じてください!」
仲間の中の半分近くが胸の内に秘めていた内容で後々の問題になっているため、確認のために冷や汗騎士が問いかける。
涙目で否定する間抜け騎士は嘘をついている様子もなく、大広間で聖女を庇っていたことも含めてこれ以上疑うのは野暮だと冷や汗騎士は判断する。
縋りつく間抜け騎士を宥めながら、魔導騎士へと振り向く。
「そういえばエリさんを知りません?」
「聖女様の侍女か……そういえば姿を見ないな」
「あの、大きな声では言えないんですが……聖女様と一緒にいなくなってるんです」
雷が落ちてすぐに確認したが、誰にも言えなかった。
しかし確かに冷や汗騎士は気づいた。大広間から姿を消したのは聖女だけではない。
理解した瞬間に冷や汗で全身が濡れたが、魔導騎士が元に戻ってくるまでずっと胸の内に秘めていることにした。
「……なるほど」
「あの、巻き込まれただけと思うんですけど……見かけたら教えてください」
「わかった。それまでは誰にも言うな。俺も口を閉ざしておく」
「ありがとうございます」
ようやく共有相手が出てきて安心したのだろう。冷や汗騎士は、引き締めていた表情を少しだけ緩ませた。
「貧民街の瘴気について、誰か気になるものはいるか?」
「その、専門ではないのですが……」
おずおずと手を挙げたのは間抜け騎士で、予想外の人物に魔導騎士は目を丸くする。
壁際に近づくのは怖いらしいが、視界に瘴気が広がる貧民街が入る位置まで足を進める。
丸眼鏡の位置を直しながら、間抜け騎士は星座をなぞるように瘴気の噴出位置を指先で辿っていた。
「なんか蟻の巣に似ていませんか?
全部繋がっているような……」
それは樹形図のように、瘴気の噴出点は枝先のような位置。
言われて魔道具愛好騎士達も身を乗り出すように確認し、大きく頷いた。
瘴気の噴出とは予測できるものではない。それだけ不規則に亀裂が開いて、一斉にということはない。
しかし今回は複数地点が「一気に」瘴気を吐き出したのだ。
違和感に辿り着き、魔導騎士はすぐさま貧民街の地図を広げる。
もしもこれが仕掛けられたものだとすれば――誰が。
その答えを求めて、第三王子が壁上に現れたのは昼前のことだった。




