第66話「翌朝に全て任せて」
昼食を終えた後は分担を改めて見直し、休息を取らないものには罰を与えるなどの指示を言い渡す。
物資の搬入数に関してもしっかり記録をつけるように命令。騎士以外は基本的に物資を受け取らず、必ず中継役として間に立つことを厳しく言いつけた。
あまり考えたくないことだが、物資の横領が発覚したら大問題である。貴族の行為とは見返りがあってのこと。そこに不祥事が混ざれば責任問題になる。
また貧民達の数や区域を決めた簡易地図も作っていく。無造作に建てられた布テントは、翌朝から区画配列のように整頓する必要があった。
子供達が隠れられるような隙間は昼に目撃しており、全体数が把握できない状況は物資の過剰消費を招きかねない。
貧民には名前がないものも多いため、名札ならぬ区画番号札を配ることで、身分証明と物資供給の資格を得るようにと定めていく。
また魔法によるお湯を準備し、汚れが酷い避難民には優先的に体を洗うように簡易浴場を整えていく。
排水に関しては少々手間取るが、骨壷騎士が問題を解決すると告げてきたので任せることにした。
その他にも考えることが多く、気づけば夜になっていた。今日は壁内部のわずかな隙間で眠るしかないという野営に近い休息しか取れないだろう。
「私は壁内部の隙間を使いますが、ハナヤ殿はいかがいたしますか?」
「同じようにしたいが……可能かわからない」
骨壷を抱えている男は、周囲の人間に比べれば倍近く大きい体格をしている。
壁内部を登ってきただけでも驚くべきことなのだが、体を横にできるような隙間は存在しない。
苦々しい表情を浮かべるハナヤだったが、背後からひょっこり顔を出す騎士が一人。
「ならばいい魔道具があるでござるよ!」
「ショウ……お前、護衛騎士から戻ってきたのか」
魔道具愛好騎士ショウ・コトルヨが持っているのは、人の手と腕を模した絡繰。分厚い板を二つ握って、ぎゅむぎゅむと何かを潰すように動いている。
四本腕の巨大蟹。そんな魔道具がジリジリと骨壷騎士に近寄っているが、嫌な予感しか湧かない。
「それは?」
「二本の手で折り畳み、残った手がむぎゅーっと板挟みの縮小化を実現!」
「破壊されたくなかったら今すぐ停止しろ」
「自信作なのに……」
巨大な蟹の背中に停止用のネジがあったらしく、それを抜くとあっさり止まるのであった。
次に魔道具愛好騎士が取り出したのは四角い水晶だった。それを巨大蟹にコツンと当てると、水が渦を巻いて吸い込まれるように、大きな魔道具が消える。
収納機能を付与した水晶。珍しいわけではないが、高価なものである。それを日常的に使いこなす魔道具愛好騎士は、特に気にした様子もなく同じ水晶から別の魔道具を取り出す。
「あとは強風の中でも微動だにしない浮遊寝台くらいしかないでござるよ」
地面から一メートル上でふわふわと浮かぶ四角い寝台は、真っ白な布地で覆われて必要最低限の寝心地は保証されている。
壁の上は風が強いのだが、それでも移動する様子はない。波のない水中で泳ぐクラゲのように、悠々自適に浮遊を続けていた。
大きさとしても骨壷騎士が横になれるので、風の寒ささえ我慢すればどうにかなるだろう
「数は?」
「予備があるので二つ準備しているで候」
「使わせてもらっていいか?見張り役だけ寒い思いをさせるわけには……」
「まぁあっっった!!!!」
半ば突進するように走ってきた冷や汗騎士が、魔道具愛好騎士の体にドロップキックを行った。真横に転がっていく魔道具愛好騎士を、大盾で受け止めたのは間抜け騎士だった。
同じく慌てた様子の男装女騎士と酔っ払い騎士が浮遊寝台を掴み、力任せに壁上地面へと近づけていく。
「お前、それは移動しないけど上昇し続ける欠陥品だろうが!!」
「僕、もうあんな怖いのは嫌ですぅ……」
「しかもこんな高所で使ったら死人が出るぞ、馬鹿っ!」
「おじさんが言うのもあれだけどさぁ、事前説明はしとこうか」
どうやら浄化遠征の帰りで先行体験した騎士達により、朝の悲劇は免れたようである。
一人足りないと視線を周囲に配れば、子供達に囲まれている不良騎士を見つけた。しかし夜空の下でもわかる冴えない顔色に、元気に乏しい動き。
子供達にも心配されているらしく「ヤン兄、大丈夫?」など、幼い少女に声をかけられているくらいだ。
「お前ら、全員うるせーよ。ケイ、俺が仮眠してたテントを使えよ」
「ナハト……目のクマが取れてないようだが?」
「化粧で隠して誤魔化した方がいいなら、そうするぜ」
「憎まれ口を。まあいい。引き継ぎはこちらにまとめている」
辞書のように厚い石板を渡す。しかし重みは風に飛ばされない程度で、表面に書かれた文字を指でなぞれば数倍の情報が頭に浮かぶ代物だ。
便利に見える魔道具だが、作るには大量の魔力と石板に限界容量を把握して情報をまとめる事務能力が必要だ。
どちらも見事に両立させた幼馴染に感嘆しながら、軽薄騎士は了解の仕草で返事をする。
「あ、キトラちゃんのために純潔を守れよ」
「当たり前の話だろう」
「馬鹿、もっと真剣に考えろ」
肩を組んで小声で諭すように言葉を出す軽薄騎士は、骨壷を抱えたままのハナヤの顔をチラリと盗み見る。
精悍な髭面の騎士は男女問わずに憧れの的だ。しかし独身を貫いており、そろそろ後継者を育てる限界年齢に近くなっているだろう。
未婚の理由については様々な噂が流れているが、誰も真相を知る者はいない。
「好みを否定する気はないけど、婚約者がいる相手に手を出すのは……」
「なんの話だ?」
「ハナヤ殿の趣味嗜好の話だよ」
「誤解されているようだが、家の事情で結婚していないだけだ」
いつの間にかそばに立っていた骨壷騎士に心底驚いたのだろう。身軽な軽薄騎士は一瞬で距離を取り、すぐに魔導騎士の横へ並ぶように立つ。
堂々としている様子に嘘偽りはなく、どんなに用心深く見上げても偽証らしきものは埃一つ出てこない。
「俺の大事なダチなんで」
「承知した」
ハナヤが骨壷を強く抱きしめたことを知る者はいなかった。それだけ自然に力を込めたのである。
その答えに満足したのか、軽薄騎士は新しく決まった分担表に従って動き出す。充分な睡眠のおかげで、身軽さは元に戻っていた。
幼馴染が元気になったのを見届けて、魔導騎士は何故か壁上に集まった即席護衛騎士達に目を向ける。
「ヒィヤ、今のお前達はなんの任務を?」
「聖女様捜索なんですが……ちょっと」
気まずそうに笑う冷や汗騎士は、言いながら魔道具愛好騎士の水晶を取り上げていた。彼の魔道具は全てそこに収納されているらしい。
奪い返そうとするのを酔っ払い騎士と間抜け騎士が押さえている最中、男装女騎士は子供達から離れた不良騎士に詰め寄っていた。
「ドラコー殿の前で謝罪するべきだ!」
「そ、れは……」
「僕は見逃さなかったからな!君が聖女様に向けた表情と、あの人の絶望を!」
そろそろ避難民達の就寝時間が迫っているというのに、空を割らんばかりの大声が響き渡っている。
いつもだったら売られた喧嘩を買うような不良騎士が、今は間抜け騎士にも負けないほどの気弱さだ。
次々と問題ばかりが増えていくことに頭を痛めつつ、魔導騎士は男装女騎士に歩み寄る。
「レイ。お前の観察眼と察知力ならば、まずは聖女様を探してこい」
「しかしドラコー殿」
「俺に謝罪は必要ない。事情は聞いておくし、謝罪が必要なら妥当な相手に力尽くでやらせてやる」
「……そこまで言うならば。セーイ殿、共に来てくれ」
「なんでおじさんを?」
「貴族街へ入る際に必要だからだ」
合理的な提案を断れるわけもなく、二人は壁内部の細くて狭い階段を降りていく。
ようやく水晶を返してもらえた魔道具愛好騎士は欠伸をこぼし、間抜け騎士もくたびれた様子で目元を擦っている。
冷や汗騎士はまだまだ動けそうだが、個性豊かな面々を相手にして疲れているようだ。
「ヒィヤ、護衛騎士達も俺が翌朝行う調査に付き合え。寝床くらいは用意してやる」
「いや、ちょっと……」
「悩みくらいは聞いてやる。変な騒ぎで避難所を混乱させるな」
避難民達が様子を窺う視線が痛いのである。
全てを翌朝起きた自分に任せようと、魔導騎士は問題人物を全員同じテントへ放り込むのだった。
結果、男達がぎゅうぎゅうに詰め込まれたテントは寝苦しいものだったという。




