第64話「ドラコー家の女傑」
「あら、面汚し。お帰りなさい」
久しぶりの再会、開幕の一言である。
ヒルダ・ドラコー。由緒ある貴族ドラコー家の実質支配者であり、最も力がある女傑であった。
そしてケイジの母親だ。細身でキビキビとした動きが特徴で、ふんわりと広がるドレスを着ていても細いが先に出てくる。
ぽっちゃりふくよかな当主である父親と並び立つと、まあ均等が取れてますね的なことを言われる夫婦だ。
浄化遠征に行っている間に帰ってきたらしく、留守を任されていた当主の至らぬところをこまめに直したのだろう。
萎びた青菜のようにしょんぼりしている父親の姿を見て、いつも通りであると受け止める。
「大変申し訳ございませんでした」
「面が厚いと汚れても気にならないものです」
直角のお辞儀をしても容赦なし。三男坊の醜聞に相当お怒りらしい。
ドラコー家直系の誇りと自負。若い頃は美しくも恐ろしい令嬢として名を馳せて、あらゆる婚約候補を無理難題を押しつけて蹴落としたという。
両親が結ばれた際の話は聞いたことないが、母親が父親にベタ惚れなのは使用人達にも周知の事実である。
今も背筋をまっすぐにして立ちながら、しょんぼりしている父親の腕を恋人繋ぎして離さない。
美女の罠にかかりそうになった父親の首根っこを掴み、罠にかけてきた令嬢の家に怒鳴り込んで大暴れしたのは有名な話だ。
兄と一緒に聞いた「泥棒猫、その皮剥いで絵画にしてやる」という脅し文句は、大人になった今でも夢に見る恐ろしさだった。
自身の愛一直線の性格は母親譲りであることを、ケイジは心底理解していた。
「歴史あるこの屋敷に魔物を泊めて楽しかったですか?」
「放置する恐ろしさの方が勝りました」
「執事や当主を騙すほどに?」
「はい」
下手に反論しても、大の男が涙するほどの精神攻撃で胃が痛んでしまう。
とにかく肯定しつつも自身の意図を告げるしかない。言い負かすのではなく、誠意を持って切り抜けるしかなかった。
普段ならば力を貸してくれる兄達が姿を見せる様子もないことから、圧倒的な不利は言うまでもないだろう。
「婚約破棄の件や、話の立ち消え……よくもまあ賑やかですこと」
「母上、私はキトラ以外と結婚する意思はありません」
「当たり前でしょう。他の女にうつつを抜かすような息子は、切り落として豚の餌にしてやりますとも」
次男の兄が恋多き性格なことを思い出し、ますます姿を現さないことは簡単に予想できた。
部位についても聞く必要はない。この女傑が告げるのならば、最早急所以外はありえないのだから。
昔の美女罠を思い出した父親がカタカタと震えているが、妻の華奢な腕組みでがっちり捕まっている。
「浄化遠征でも大した功績はないそうですね」
「聖女様の偉業やハナヤ殿の頭角魔物討伐に比べれば、当たり前のことです」
「兄二人よりは騎士の才能があったというのに、貴族としての野心が足りないのは本当に残念なこと」
「面目ない。しかし私はそれで満足しています」
そんな流れが数度巡った後、散々嫌味を続けた母親は呆れたようなため息を吐いた。
「ここいらで容赦してあげましょう。
お客人をいつまでも玄関先に立たせるのは本意ではありません」
「お気遣い痛み入ります」
ようやく話を向けられたと知り、ハナヤは丁寧に頭を下げる。
それは貴族としての礼節として完璧な所作をしており、堂々たる佇まいや姿勢を正す美しさから芸術点が加算されるほどだった。
横でげっそりしながらも立ち続けているケイジは、それに気づく余裕もなかったが。
「事情は陛下の使いから伺っております。
我が息子をどうぞよろしくお願いいたします」
「かしこまりました。
御子息の安全は私が保証いたします」
「さすがはカーナ家の当主であり、王宮騎士団の隊長様。
頼もしい限りですわ」
「はっはっは。それほどでも」
上辺の挨拶が和やかに終わると、母親の視線が骨壷へと向けられた。
「近しい方の遺骨ですか?」
「ええ。何を血迷ったか、馬鹿なことをしてくれましてね」
「……ソウルジュエリーはご存知かしら?」
「あまり耳にしたことはございませんが」
「後ほど執事を寄越しますわね。今はどうぞお寛ぎください」
口元を隠していた扇を閉じ、空いている片手の平でトントンと二回叩く。
それだけで音もなく熟練の侍女が現れて、流れるような所作でハナヤが滞在する部屋――ケイジの私室へと歩いていく。
背中をついていくハナヤを追いかけようとした矢先、悪寒が走ったケイジは足を止めた。振り向けばにっこりと微笑む母親が、言葉を出さずに口を動かしている。
粗相をしたらわかるな?
読唇術を使わずとも、何を言っているのか全て理解した。
四六時中、伝説の英雄としても有名な貴族当主と生活を共にするのだ。ケイジの失敗が、そのままドラコー家の評判に繋がる。
今回ばかりは緒が切れるどころではなく、堪忍袋ごと破裂してしまったようだ。今までにない脅しは、幼少時に見た美女罠事件を嫌でも思い出させる。
私室へと精神的に摩耗しながら戻ると、ハナヤがソファの上に座っていた。膝の上には骨壷が置かれており、全く手放す様子がない。
「勝手に座って申し訳ない。歳のせいか、立つのも疲れるのだ」
「お気になさらず。自分の家のように使っていただいて構いません」
座っていても無礼とは感じない姿勢を保っている時点で、彼の貴族としての立ち振る舞いは完璧なのだ。
華やかな貴族の世界でも一際輝く男。それが自分の部屋にいることに、ケイジはなんとも言えない気持ちになる。
向かいのソファに座り、お互い話しやすいように位置を工夫する。少し迷ったが、ずっと気になっていたことを切り出す。
「その中身は頭角魔物の骨ですか?」
「ああ」
「近しい者とは……真実ですね」
「貴殿の目を誤魔化すことはできないか。その通りだ」
しかしそれ以上話を続ける気はないらしい。
継承剣術を我がものにしていた魔物。それが身につけていた赤い騎士服に勲章から、ある程度の推測は簡単だ。
だが貴族として完璧な男を見ていると、真実は語られない限り霧の向こうと同じである。
「陛下には全て打ち明けた。
そして貴殿の見張りを言い渡されたのだ」
「……」
「我らは贖罪のため、国の危機を解決する」
罰してほしいと請い願ったハナヤに、国王は真面目な調子で答えた。
本物として生きろ、と。それが報いであり、偽物への手向け。
魔物を誤魔化して匿っていた魔導騎士。
嫉妬から意図せずに魔物を生み出した骨壷騎士。
国王はこれを面白がった。未曾有の危機に瀕して、魔物という共通点を持つ二人の騎士が揃ったのである。
どちらも貴族に由来があり、やろうと思えば王族に近づける。周囲には人が溢れ、あらゆる状況へと飛び込んでいける素質。
「明日から行動を開始する。
貴殿はまずどうするか聞かせてもらおうか」
問題は山積みだ。
行方不明の聖女に、囚われた人型スライム。瘴気が広がり、地盤崩落の危険性も帯びた貧民街。
おそらく悩みは増えていくだけの状況だが、魔導騎士は迷いなく答える。
「魔導騎士団の元へ行き、壁の上から貧民街の様子を確かめます」
「……いいのだな?」
「問題の起点は瘴気です。その規模を把握しないことには、動きづらいので」
「承知した。それでは明日に備えよう」
夕焼けも消えて、月が輝く夜。
何故か骨壷を抱えたままのハナヤと同じベッドで眠ることになり、寝食を共にとは聞いたがこれは予想外である。
とにかく明日の朝に向けて早く寝ようと、思考を明後日の方に飛ばすのだった




