第63話「後継達」
話してみると、そんなに人型スライムについて知らなかった。
どこから来たとか、実際の年齢など。国王の疑問に答えられないまま、ジャルネット村までのことを伝える。
姿勢を正して聞いていた国王は真面目な顔をしているが、なんとも言えない様子で黙っていた。
「それでよく説得しようと考えたな」
「未熟であることを痛感いたしました」
いつもの気軽なのと、王らしい口調が混じった感想。
居たたまれない気持ちになる魔導騎士は、目線を逸らさないという意地の強さを見せつけるしかなかった。
そんな空回りも国王はお見通しだろうが、少し考え込んだまま話を続ける。
「今、あの魔物は第二王子の管轄だ」
「処刑はいつですか?」
「それほど遠くはないだろうが、どうやら息子には思惑があるようだ」
「……聖女様ですか?」
「誘き出すのに相応しいだろう」
第二王子も占い師として誤魔化していた人型スライムにわざわざ接触し、聖女との交流について口を出してきた。
それを聖女の要望だからと無理を押し通した時点で、二者の関係性について深く考えるのは当たり前のことだろう。
「それで聖女の居場所に心当たりは?」
「残念ながら……皆目見当がつきません」
「ふむ……じゃあもう少し隠れててほしいかな」
気軽な口調へと戻していく国王だが、こちらの方が怖いことは貴族の間ならば有名な話だ。
いかにして相手の言葉を引き出すか。しかし逆に考えれば、国王自体も求めている内容があるということ。
その意図を掴まずに適当な話で茶を濁してしまえば、この好機はあっさりと手を離れていくのは想像に難くない。
「いやさー、生贄って原始的手法で丸く収まるなら、もっと普及してるはずじゃん?」
「男神の傷を癒すのは女神の力が必須……と」
「そうそう。神子が必要なのは結局人智が及ばない領域――神域が関与してるわけ」
「一人目の神子が不慮な事故で死んでまだ数ヶ月。次代の神子が現れるまで時間はかかると思われます」
「各地で裂け目は頻発してるし、各国からの要請もたーくさん!下手な理由で聖女を失うと、批判の嵐で戦争突入かな!」
ほっほっほ、と楽しそうな国王。目が笑っていない。
歴史において口論からの戦争というのはさほど珍しくない。小競り合い程度でも、大きな争いに発展する時代なのである。
「つまり第二王子は愚策を直線進行中。笑えるね」
やはり目は笑っていない。
下手なことを言えば侮辱罪で秘密裏に処刑台直行の可能性が出てきた。
「でも人心の流れはわかってる。早く解決したいし、そのために行動しているのは評価していいんじゃない?」
沈黙を貫き通すしかなかった。本音ではそのせいで命が失われていいはずがないと、怒りを交えて叫びそうな心地である。
確かに住宅街や商店街の住人からしてみれば、不法居住をしている貧民街で起きた不幸に巻き込まれたと、理不尽さを感じて憤怒を覚えているだろう。
もしも生贄で全て丸く収まるならば、彼らは喜んで差し出すのだ――他人の命を。
「第一王子はその点堅実。どの流れでも聖女が必要だとわかってるわけ」
返事はしない。下手に頷いて肯定を示すのも怖い状況であるが故、首すらも動かせなかった。
生殺与奪など話し合っていても、肝心の聖女がいないのでは話が進まない。結果がどうなるとしても、本人が必要なのである。
文武両道で優秀という前評判は間違いないようで、しかし底知れない何かを感じさせる御仁だ。
「第三王子はそんな二人を見て、違う路線を見出したけど甘いねー」
「……」
「今後なんて、現在が潰れたら共倒れなのに」
根拠などがあったとしても、確定事項は何もない。我が身を危険に晒してまでやることではないだろう。
第三王子は弟の第四王子が悪目立ちするせいで貴族からの注目は薄く、魔導騎士も大広間で話を聞くまでは気にかけることはなかった。
「未来を見たのでしょう」
「……」
「この状況でそれができる人間を、私は尊敬いたします」
言葉にしてから気づく。これでは第三王子派と思われて、派閥争いに加わりかねない。
今までは兄達に全てを任せて騎士として自由にやってきたというのに、貴族達の政争に巻き込まれるのは面倒以外の何物でもない。
なにより国王の言葉を遮って意見したというのに、大した内容ではなかった。糸がぷつりと切れた気がした。
「息子が褒められると嬉しいねー」
気軽な口調。なのに全く気が緩まない。
品定めするような視線に晒されて、針の筵に立たされたような気分で次の言葉を待つ。
「今回はワシにとってもいい機会なんだよ」
「……」
「危機に瀕した今、王の後継を品定め。超かっこよくね?」
魔導騎士と国王だけが共有した秘密はあまりにも重く、一言も発することができない。
まだ若いというのに、すでに退位を考えているという意思表示。真っ白な髭を撫でながら、ほっほっほと笑う国王。
それは気苦労だけでなったのか。もしくは内外全ての要因で体が限界だと悲鳴を上げているのか、憶測するのも恐ろしい。
「ケイジ・ドラコー」
「はい」
「国王の命により一時の自由を言い渡そう」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる。表情を読むことすら恐れ多く、声から感情の色を見ることすら憚られた。
無条件ではない。そんな優しい国王が、幾つもの戦争を経験するはずがない。
「事態解決に向けて頑張って。あ、見張りはつけるから」
「かしこまりました」
「品定めの協力よろしくね」
可愛い子供のおねだりのような口調で、とんでもない任務を言い渡されてしまった。
起爆剤として動き回れということなのだ。王子たちを切磋琢磨させ、刺激するための問題を抱えたまま走れと。
しかし願ったり叶ったりである。岩牢の中では何も解決できないのだから。
国王が去ってすぐ後、看守らしき男が怪訝な表情を浮かべて騎士服と剣を返しにやってきた。
手錠の鍵は外され、着替えをその場で行う。野営や集団行動などの訓練により、早着替えは朝飯前である。
身なりを整えてから薄暗い廊下を進み、地上へ続く長い階段を歩く。一本道のため案内役は必要ない。
そして夕焼けが陰鬱な街を赤く照らすのを眺めて、ささやかに思い出す。
人型スライムと出会った日も、こんな夕焼けの日だった。そういえばどうしてあの時、傷ついて倒れていたのかも追及していない。
知らないことばかりなのに信じている自分におかしさを感じる中、気配を隠して近づく相手へ視線を向ける。
「国王より大役を任され、馳せ参じた次第だ。文句は?」
「……少々、大袈裟な気もします」
「見張りなどついでよ。私も貴殿と同じようなものだ」
骨壷を抱えた大柄の騎士――ハナヤ・カーナは頑強な顔でしかめっ面を浮かべていた。
小脇に抱えているとはいえ、骨壷は子供程度ならば簡単に入りそうなほど大きい。それを軽々と持ち運んでいる様は、どこか陰湿な不気味さを感じる。
第二王子派と思っていた相手なのだが、どうやら勝手が少し違うらしい。魔導騎士は驚きで話の続きが浮かばなかった。
「まずは貴殿の屋敷に行き、当主殿へ挨拶をしよう」
「見張りってまさか……」
「もちろん四六時中、寝食も共にだ」
髭面の濃い壮年の男性。それと常に顔を突き合わせなくてはいけない状況。
魔導騎士にとってはそれほど気になる要素ではなかったので、特に問題ないだろうと軽率に頷くのだった。




