第61話「問答の末に」
魔導騎士を押し退けるように人型スライムの前に立ち、下から睨み上げるような姿勢で第二王子は威圧をかける。
低俗な喧嘩を売る際に住宅街の若者が取る体勢なのだが、第二王子がやると妙に様になっていた。
「貴様こそ聖女を匿っているのではないか?」
「……」
「聖女に付き纏っていると報告が上がっているからな。
大した身分もないくせに」
「……」
無言で魔導騎士を見つめてくる人型スライムは、酒癖の悪いおっさんに絡まれたような渋い表情を浮かべている。
向かい合う二人の隣で棒立ちになる魔導騎士と、その背後で様子を窺っている軽薄騎士が面白そうに見守っていた。
「……あれか。聖女が好きなのか?」
「貴様、私にはすでに婚約者がいる!」
「第二夫人にするとかなんとか」
「阿保かぁっ!!婚前からそんなことしたら、誠実ではないだろう!」
自身に跳ね返っているのだが、第二王子は全く気づく様子がない。先ほどまで同じ内容で詰められた魔導騎士は、遠い目で天井を見上げている。
背後で笑う軽薄騎士の腕を肘で軽く突きながら、人型スライムによる妙にズレた会話の続きを聞くことにした。
「世の中全てお前のような人間だったらいいのに」
「ん?お……おぉ。見る目があるな」
「きっとすごく楽になる」
「ふむ。先見の明があるのだな。さすが占い師」
褒められたと思って嬉しくなったのか、第二王子はわずかに態度が柔らかくなる。
人型スライムの冷めた視線は気にかけていないので、傍観者として加わった冷や汗騎士がハラハラした様子で左右を見回している。
酔っ払い騎士は苦笑いをこぼしており、証拠を取ろうとして魔道具愛好騎士は水晶を嵌め込んだ箱を持ち構えていた。
「そういえば気になっていたが」
「なんだ?」
「聖女を元の世界に戻す方法は確立しているのか?」
不良騎士の首を腕全て使って締める男装女騎士と、それを止めようとしている間抜け騎士もその話題に反応する。
少しずつ人型スライムと第二王子を中心に人の輪ができ始める。国王や神官達も興味深そうに遠目で眺めており、話の流れが魔物を握ってしまう。
「なんでそんなことを気にする?」
「家族が待っているはずだ」
それは湖面に石を投げるような気軽さだったが、波紋が予想よりも大きく波を立てるものとなった。
それは親である貴族達にも気まずさを広げ、ドラコー家当主は横にいる淑女の顔をチラッと見上げる。
しかし第二王子は心底わからないといった様子で、呆れたように息を吐く。
「異世界の人間の事情など、どうでもいいだろ」
「なぜだ?」
「この世界の問題ではない」
「聖女は異世界であるこの世界のために動いたのに?」
浄化をしたことがある魔導騎士や魔法使い、才能のある神官などはその疲労感がわかる。
全身が脱力する感覚。溝さらいを長時間したような、重い汚濁を全てかき集めて捨てた後の全身が痛むような疲れ方。
ジャルネット村の浄化を見た騎士達も、感覚はわからずとも聖女の疲労困憊な状態を把握していた。
三日ほどは動くことすらも困難なようで、横になりながらお礼にくる村人達にかろうじて笑みを浮かべて頷いていた。
四日目以降もフラフラとした足取りで動いていたものの、一時間もしない内に座っては針型杖を支えに上体を起こしていたくらいである。
馬車内部の様子は知らないが、若侍女や男装女騎士などが疲労が取れるようにと動き回っているのを見かけていた。
それでも浄化について文句一つ言わなかったのが、聖女である。
「殺すのが正しいと、誰が言い始めたか知らんが」
「うっ……」
人型スライムの視線はとある貴族に向けられた。
直線的な、糸を辿る動き。その意味を知っている魔導騎士は、すぐさま貴族の顔を記憶に刻む。
第二王子派として有名な当主で、薄汚い手で敵を蹴落とすことで有名だ。それを隠す手腕に関しても同様である。
「浄化に頼らないならば、元の世界に帰してやるのも一つの手段だろう」
「そ、そうです!」
人型スライムの声に同調したのは、意外にも間抜け騎士だった。
いまだに足には包帯を巻いており、巻き直す際には綺麗な皮膚にいくつもの赤黒い傷穴がどうにか塞がっている状態。
痛みを訴える足を震わせながらも、力を込めて踏ん張って立っている。
「聖女様は浄化遠征を成功させました!その功績に報いるべきです!」
「貴様……誰の会話に入ったと思っている?」
「ひっ!?」
第二王子のまなじりが吊り上げられ、間抜け騎士へ敵意を向ける。
それに怯えた間抜け騎士が後退しようと背中を仰け反らせたが、その後頭部が誰かの胸にぶつかってしまう。
振り向けば不良騎士の首を確保したままの男装女騎士が立っており、力強い瞳で第二王子を捉えている。
「恐れ多いことながら僕もツコネ殿と同じ気持ちです!」
「……所属は?」
「ツコネ殿と同じ神聖騎士団です!」
「ならば下がれ。検討するに値せぬ」
相手にすらされないことに憤慨しようとした男装女騎士だが、冷や汗騎士の肩を掴んで酔っ払い騎士が前に出る。
「では王宮騎士団所属ならば?セーイ家のサケグとアーセデル家のヒィヤも志は同じです」
「お、お前そんな性格だったか?」
「まあ……聖女様のために身命を賭そうかと」
「……なるほど。わかった。
王子よ、どうか我らが意見をお聞きください!」
護衛騎士達をまとめる者として、ヒィヤは片膝をついて頭を下げる。
その姿勢は美しく、大広間に集まっていたアーセデル家の当主――ヒィヤの父親が驚きで言葉をなくすほどだった。
好機を窺っていた餌を漁る野犬のような家柄ながら、どこで流れが変わるかを眺めていた矢先の出来事である。
「木っ端貴族の言葉など……」
「では私の言葉は如何でしょうか?」
「ハナヤ!?」
腰に帯刀していた剣を振り回そうと手をかけた瞬間、すっと前に出てきた騎士の姿に衝撃を受ける。
聖女暗殺を依頼していた、心よりの信頼を傾けている相手。骨壷を抱えたままなのも気になるが、彼が第二王子に意見すること自体が珍しい。
諭したり軽く注意するくらいならば常時ではあるが、自らの意見を押しつけない奥ゆかしい姿勢を気に入っていたのに。
「聖女に関することは早計でございます。
まずは浄化遠征の詳細について把握後、決定いたしても遅くないかと」
「どの口で……っ!」
「お叱りはいくらでもお受けいたします。
しかしこの場は私の顔に免じて、どうかご容赦を」
最大限の敬意をもって頭を下げるハナヤを前に、第二王子は続きの言葉が出なくなってしまう。
聖女のせいで全てが狂っていく。三人目の召喚についても話を進めているはずなのに、どうしてこうも上手くいかないのか。
腹心として大事にしてきたハナヤさえも聖女の味方をしたことに、苛立ちが天井知らずに増幅していく。
「……貴様のせいだな」
「は?」
「怪しい術で周囲の気持ちを操っているのだろう!正体を現せ!」
それは苦し紛れの怒り。子供の八つ当たりよりも理不尽な発散。
剣を鞘から抜いて、上段から落とす。左の肩口から右の脇腹までを一直線に斬りつけた。
顔面に降りかかる液体の色に目を丸くし、傷口から見える肉の色に驚きを隠せない。
大量の透明な水を噴き出し、透明な被膜越しに見える水しかない肉体。
背中から倒れた人型スライムの体から、鎖に吊り下げられた洋燈が転がって離れていく。
それは大勢の貴族、神官、騎士――王族。
国の中心に集まった者達に目撃されてしまう。
誰ともなく、斬り捨てられた占い師を指差して呟く。
「スライムだ」
「人型に擬態して……」
「魔物が王宮に入り込んでいるぞ!?」
その先は恐慌の叫び声と慌ただしい動きに翻弄されていく。
人型スライムを捕まえる騎士と、第二王子を引き離そうとするハナヤ。
護衛騎士達が動けない中、魔物と常に行動を共にしていた魔導騎士も捕縛されるのであった。




