第60話「雷の意図」
国王が聖女の捜索について第一王子の指示に従うように手配しているところ、粉々に砕けた女神像の元へ歩み寄る男達がいた。
神官長であるセドリックと大神官のハンスである。大神官の憂いを帯びる横顔の美しさは絶世級で、このような状況ではなかったら男女問わずに魅了するだろう。
粉々になった瓦礫を皺だらけの両手で拾い上げた神官長は、小さな目からポロポロと涙をこぼす。
「なんということでしょう……」
「神官長。これはまさか……」
「天の女神の啓示でしょう」
目元の涙をゆったりとした白い袖で拭い取りながら、神官長ははっきりと告げる。
その言葉に国王が反応し、即座に歩み寄る。神聖教会は国が認める宗教であり、中心だ。
その頂点の言葉は大衆を動かす力がある。耳を澄まさなければ、手遅れになる危険性が高い。
「女神はお怒りなのです。
それ故に由緒ある自らの像を破壊されたのです」
「それは神言を受け取ったと?」
「いいえ。しかし天から落ちた雷が証明しているでしょう」
国王に対して非の打ち所がない所作で伝えていく神官長は、両手いっぱいの瓦礫に悲しみの視線を向ける。
人間国宝であったシャラク・セーイが知人に土下座までされて頼み込まれ、渋々作り上げた唯一の鉄像作品である。
黒い光沢の石が滑らかな肌表面を表現し、女神像作品の中でも五本指に入る美しさと謳われていた。
「こんなことは歴史上初めてです」
神官長の言葉を補足するように、ハンスが粛々と前に出る。
波打った金髪に碧眼。童話に出てくる白馬に乗る王子と言われたら、夢見る少女達は誰もが彼を指差すだろう。
この大神官が深刻な顔で言葉を出すだけで、それはまるで天啓かのように真実味を増してしまうのだ。
「女神像が血の涙を流したなどの奇蹟は複数報告されていますが、雷で破壊されたなど……痛ましいことです」
「しかし雷は雷神の管轄では?」
「天に関する神々は女神の言葉通りに動きます。ならばこれも女神の采配と考えるべきです」
太陽神、月神、あらゆる空に関する神々は混沌の海から掬い出された後、女神へ服従を誓ったという。
それは運命を手繰る女神との一大決戦があったと言われているが、勝者は天の女神だったというのが一般の認識だ。
日照りや洪水、大雪や嵐。天候に関する全ては運命によって決められていると、予報ができるのは彼女のおかげだと言われている。
「見てください、あの雲一つない青空を」
雷によって大穴が開いた天井は、いまだに穴のふちが焼け焦げている。その先には冬らしい薄い青空が一面に広がっている。
大神官が言う通り雲は一つもなく、雨が降った形跡も見当たらない。一直線に雷が落ちたのは明白だった。
「聖女の存在自体が女神を怒らせたのでは?」
「やはり異世界からの召喚には問題があったと……」
「しかしそれは王宮の判断は過ちとなってしまう」
またもや貴族達がヒソヒソと話し始める。国王の視線が動くと止まるが、逸れると続ける始末だ。
第一王子と第三王子が動き出したのを見届けたナハトは、貴族達の話を横で聞きながら挙動不審の幼馴染を見つめる。
騎士や貴族達が動き出す大広間の中で何かを探し続けており、父親に老執事はどこかと尋ねれば先に帰ったと言われている。
「ケイ、どうしたんだよ?」
「ライムがいないんだ。目を話した隙に……やられた」
「ああ。王宮内で迷ってたら大変だもんな」
お人好しな性格の方面で心配している軽薄騎士に対して、魔導騎士は首を横に振りたい気持ちを必死に抑える。
雷が落ちる直前。しゅるりと伸びる糸を見た。星空のように美しい藍色の糸が、青白い稲妻をまといながら女神像に突き刺さったのを目撃。
その直後に視界が機能不全に陥るほどの光による衝撃。気配すらもわからなくなるくらい、至近距離の雷は予想だにすらしていなかった。
しかし落雷は基本的に周囲の人間を感電させるなど副次被害があるのだが、今回はそれがない。
第二王子は至近距離で落ちた雷に驚いて気絶しただけなのは、体が痙攣していない時点で察している。
神官達が国王に話している女神の采配なのは間違いないが、そのきっかけは人型スライムである。
聖女と一緒に姿を消した魔物。
嫌な予感しかない組み合わせだが、人型スライムが聖女に危害を加えるとは思わない。それでも真意を聞かされていないので、胸の内がモヤモヤとするのだ。
大広間内では騒ぎが落ち着かない中、重厚な両扉を勢いよく開ける音が大きく響いた。
医者が止めるのも聞かずに、気絶から復活した第二王子が中心に向かってズカズカと歩いてくる。
「父上、聖女は!?」
「消えちゃった」
「そんな軽々と……」
「事実は変わらない。お前の責任問題にしていいなら、重く言うけれど」
ぐっ、と第二王子が押し黙る。生贄の案に真っ先に飛びついた上、暴行の末に捕獲からの取り逃しである。
あらゆる方面で問題がある行動しかしていないと、時間が経過してようやく我が身を振り返ったらしい。
それでも苛立ちを隠さずに、魔導騎士へときつい視線を向けた。
「貴様、まさか聖女を匿ってるのか!?」
「王子……私は突然の雷に驚いて反応すらできませんでした。
なぜ、そんなことを尋ねるのですか?」
「聖女と良好な関係を築き、いずれは第二夫人にすると聞いたが?」
「誤解です!!!!」
さすがに看過できない内容だったので、魔導騎士は声を荒げてしまった。
にやり、と口元を歪める第二王子の表情で罠にかかったと自覚する。しかし逃れることはできない。
「そんなムキになって否定するとは怪しいな」
「……私の愛は婚約者一人にしか向いておりません。どうかご理解を」
「どうだか。横の幼馴染とやらは五人の女を振り回した悪い貴族だと噂になっている。
貴様もそれくらいはやっているんじゃないか?」
ここで婚約破棄騒動の結末が出てくるとは思ってなかったが、さすがの軽薄騎士が会話に加わろうと前に出ようとした。
それを手で制したのは魔導騎士である。憤慨の表情を浮かべている幼馴染に、赤い瞳で圧をかける。
人を貶めることで流れを我が物にしようとしている第二王子相手に、まともな会話は通じない。
聖女派閥の根源に関わっていた第二王子からすれば、魔導騎士関係の話題は手軽に操れる弱みなのだ。
下手に反論すれば王族への不敬罪に問われかねない。煮えたぎる怒りを抑えながら、次の言葉を放とうとした矢先。
「こいつ童貞なのに」
背後から忍び寄ってきたのか、突如失礼な発言をする人型スライム。安心すると同時に、抑え込んでた怒りが指先に集まる。
ぐるりと振り返り、顔面をわし掴む。腕を弱い力でペチペチと叩かれるが、絶好の機会で最悪な発言をしたのだから仕方ない。
「え……?」
第二王子が信じられないと見上げてくるが、耳や首まで真っ赤にした魔導騎士の反応で真実と悟ったらしい。
婚約者とよりを戻したとは聞いていたが、そのきっかけを知らなかったナハトも驚きすぎて口があんぐりと開いている。
その他の視線も哀れみと同情が込められており、人型スライムが魔導騎士の腕を引き離そうと掴むほど力が込められ始めた。
「その……すまなかったな」
純粋な謝罪が一番つらい。
第二王子すらも下手に出られると、誰も追及することはできなくなったらしい。
ずっと背中を向けることもできないため、咳払いしてから改めて第二王子へと振り返る。
「ご理解いただけて幸いです」
「ま、まあ……お前はもういい」
すると今度は解放された人型スライムの顔に視線を向けるのであった。




