第55話「聖女の護衛騎士」
しんみりした空気が流れ、魔導騎士は口を閉ざした。
偉大な祖父という身近な存在を疎むのではなく、尊敬から必死に足掻き回っていた男の告白。
その苦労を全て理解することは難しく、安易な否定や同情は彼を傷つけるだけとなってしまうだろう。
「なんで?」
問題は空気を全く読めない人型スライムがいたという点である。
「祖父の夢など、お前のものではないだろう」
口を閉ざそうとも思ったが、続く言葉に力を込めた指先の動きが鈍る。
人型スライムは人間ではない。そうなろうとも考えていないようで、寄り添うという発想すら根底から存在しない。
しかし新たな切り口で、何かを見つけ出してしまう。意図せずとも、周囲がそう思ってしまうのだ。
「俺は叶えたいと思ったんだ」
「祖父がそう言ったのか?」
シャラク・セーイは望みを託しただけだ。
夢とは一言も告げていない。やり遂げるための対価として、技術を教えてくれたに過ぎない。
酔っ払い騎士は活用できなかった。だから「叶うはずのない夢」だと思うことにして、遠ざけたのだ。
「酔って悪夢でも見ているのか?」
それは酔っ払い騎士にとって激昂するに等しく、否定しきれない核心を突く言葉だった。
尊敬する偉大な祖父から唯一の技術を教えられたことに酔いしれ、叶わない夢へと変貌させた悪行をようやく自覚する。
瓶を持つ手に力が入り、硝子にヒビが入る。しかし割れることはなく、それ以上は壊れない。
「目を覚ませばいい。
夢と現実の区別を自覚するのも人間の得意技だろう」
祖父の望み。依頼された聖女殺し。最後の殺人武器。
毒入りの瓶と、横になって眠る聖女。宴で影がゆらゆらと笑っている。
「なるほど。そりゃそうだ」
一気に酔いを醒まし、殺気を込めた瞳で大槌を振るう酔っ払い騎士。
手元に武器を握ったことすら感じ取らせず、突如として思考を切り替えた。会話に気を取られていた魔導騎士の反応が遅れる。
剣を構える暇もなく、手にしていた殺人武器を構える。盾にすらならない、暗殺するためだけに作られたナイフ。
宴の音で、一瞬の攻防は誰にも悟られなかった。
魔導騎士の体が吹き飛ばされ、人型スライムの体を下敷きに倒れ込む。肘まで痺れが走り、感覚がおぼつかない。
地面には叩き壊された殺人武器。刃の部分を粉々に砕かれ、もう二度と人を殺めることができないだろう。
「酒も無駄になっちまったな」
魔導騎士の体が吹き飛ばされた際、毒入りの酒瓶も地面の上で割れてしまった。真っ赤な液体を地面が吸い込み、時間の経過で無毒化へと至る。
よろよろと起き上がった魔導騎士の背中を、人型スライムは何度も拳で叩いて文句を訴えた。
洋燈に傷がついてないことを確認し、人知れず安堵の息を吐く。
「これでじいちゃんの望みは終わり。
あー、スッキリした」
人間国宝の武器。その初期作品ともなれば、歴史資料として扱われてもおかしくない。
それがバラバラに破壊できたことを喜び、胸が清々しい気持ちでいっぱいになった。これでもう終わりを無理して意識しなくて済むのだ。
「ぶはっはっは!意外とあっさりしてたな!」
「急に攻撃するな!」
「ごめんって。でもアンタなら無傷だと思っていたぜ」
わざと吹き飛ばされた魔導騎士の受け身は完璧で、衣服に泥が付着した程度だ。
むしろ下敷きにされた人型スライムの方が擦り傷ができており、傷口から水がこぼれていないかを確認している。
腹の底から笑う酔っ払い騎士は、新たな酒瓶の蓋を開く。芳醇な匂いを楽しみ、苦味が気持ちい液体を喉へ流し込む。
「そんでどうする?」
「……」
「俺は敗北者だ。依頼もまともにこなせない、愚か者」
皮肉な笑みを浮かべる酔っ払い騎士に、魔導騎士は迷わず答える。
「ヒィヤ。お前が決めろ」
「そこで俺に振るの卑怯じゃないですか!?」
がさっ、と近くの茂みから出てきたのは冷や汗騎士である。
今までの重めの会話を聞いていたせいか、頭の頂点から汗を流しまくっていて、冷えた夜だというのに顔面汗だらけである。
目を丸くする酔っ払い騎士の眼前では、冷や汗騎士に続くように次々と即席護衛騎士達が茂みから姿を現していた。
「はいはい!多数決!俺は武器もらった恩があるので、一時的無罪!」
「僕は有罪だ!未遂とはいえ、聖女様を害そうとした罰として一ヶ月便所掃除!」
「ええっ……今決めなくちゃ駄目ですかぁ?もっと話を聞いた方が……」
「まあまあ安心するでござるよ。証拠はばっちり取っているで候」
魔道具愛好騎士が手元の水晶をはめ込んだ箱を揺らすと、先ほどまでの会話が一部再生された。音は小さすぎるが、綺麗な音質で全て録音されている。
やいのやいのと騒ぐ即席護衛騎士達の言葉に頷きながら、冷や汗騎士は眉間に皺を作りながら苦渋を滲ませて呟く。
「王都まで保留!依頼の抜け道探して、依頼者を公共の場に引き摺り出すぞ!」
『異議なし!』
全員の意見が一致したのを目の当たりにしながら、酔っ払い騎士は歪な笑みを浮かべるしかない。
今まで秘密を知るのはハナヤとその側近だけだったのに。一晩で大人数に知れ渡ってしまい、恥ずかしさが勝ってしまう。
酔い以外の原因で顔に熱が集まって赤くなってしまう。自らの大きな手で顔面を隠した矢先、背後から可憐な声。
「なんの騒ぎですかぁ?」
寝ぼけ眼の聖女が起き上がり、騒ぎまくっていた即席護衛騎士達にジト目で見つめている。
疲労感で気持ちよく眠っていたのを、騒々しさで起こされたのが相当気に食わないようである。普段は感じない気迫を漂わせていた。
「サケグ殿を味方にする算段をつけておりました!」
「元から味方ですよね!?」
男装女騎士の報告に、ようやく眠気が吹き飛んだようである。
酔っ払い騎士の顔を栗色の瞳で凝視する聖女。何も知らない異世界の少女は、無警戒なまま身を乗り出してくる。
地面に散らばった破片や壊れた武器はさりげなく魔導騎士が片付けており、残っているのは地面にこぼれた酒の染みくらいだろう。
「サケグさん?」
「あー、その……」
選ぶ言葉に迷っている最中、人型スライムが囁きかけてくる。
「言っただろう。簡単なことだと」
「へ?」
「聖女を助けるくらい、誰でもできる」
どこまで見透かしているかわからないが、ここに来てその言葉は跳ね除けることができない。
ハナヤに逆らうことになるだろう。秘密を知る者として処分される確率は高く、逃れることは難しいだろう。
しかし即席護衛騎士達の後ろ盾や、魔導騎士の圧力。なにより聖女の無垢な視線に取り囲まれて、酔っ払い騎士は現実を直視して笑う。
「俺は聖女様の護衛騎士ですよ」
口にして、ストンと落ち着いた。
聖女が安心したように笑えば、年相応の無邪気な少女だった。今になってナイフを手にしていた指が震えてくる。
聖女が目覚めたことで宴はより一層盛り上がり、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎは夜明け前まで行われた。
瘴気が消えて三日後。
聖女を含めた遠征隊の多くは王都へ戻ることになった。
一部は避難所の怪我人手当てや復興の手助けを行う手筈になっており、雪が降る前に家屋の確保を急務として楽しそうに働いていた。
灰色の雲が広がり、吐く息が白くなる時期。
浄化遠征の成功を携えて、聖女達は王都へ意気揚々と帰還するのであった。




