第54話「とある鍛治士の後悔と夢」
ナイフも取り上げられた酔っ払い騎士は、肩を落としながら深い息を吐く。
「どうしてわかったんです?」
最初から繋がりなどわかるはずがない。酔っ払い騎士がハナヤの秘密の一部を知ったのは十数年も前で、騎士団に入ったばかりの頃だった。
その頃は魔導騎士も子供だろうし、占い師も外見通りならば赤子かどうかもおぼつかない。
依頼されたのも遠征前にハナヤの側近が話しかけた一回で、その時に全てを伝えられている。
その後は普段の酔っ払う態度を利用して、問題児扱いされて潜り込んだのに。
こんなにもあっさり見抜かれてしまうと、聞きたくなってしまうのが当たり前だろう。
毒が入ってない酒瓶を取り出し、飲み口を上に向けて体の中へと流し込む。
「護符の耳飾り」
占い師は視線をあちらこちらに向けながら、ぽつりと呟く。
「奪わなかっただろ」
「それはいいのかって話したじゃないか?」
瘴気の中で浄化が使えない者は、あっという間に臓腑に激しい苦痛に襲われる。息を吸い込むだけで死に近づくのだ。
人の心が残っていれば、奪うという発想はないかと思った矢先。
「聖女の成功に一日はかからない」
瘴気の中で人間が死に至るまでの平均時間と言われている。この境界を越えると、死神の指先が魂を逃さない。
しかしそれは体調や瘴気の濃度で左右される。戦闘をしていた襲撃者は、体力の低下で平均よりも早まるはず。
聖女の成功にかかる時間は、彼女の力の弱さを指摘すればいい。全て用意された内容を告げるだけ。
「それに他の騎士は普通に奪っていた」
「……」
占い師が襲撃者から護符を奪っていたことは、他の騎士達は知らない。
なにせ彼はトコトコと遅い走り方で、他の騎士は浄化範囲を気にして聖女と一緒に先行していた。
酔っ払い騎士は浄化範囲ギリギリまで襲撃者の確認をしていたので、占い師の剥ぎ取りと護符を獲得していたにすぎない。
「魔法が使えるとも言っていた」
「ああ。武具を作るのに必要なんだ」
「ならば浄化の力も同様だ」
「……」
「聖女を瘴気の中で始末する第一条件は、それだ」
魔導騎士は知らなかった事実に、口を挟めなくなっていく。
確かに不良騎士達が謎の武器を持っており、出所を確認したところ酔っ払い騎士から貰ったとは言っていた。
細部に関しては後ほど追求しようと思い、思考から外していた。魔道具を使えば、魔法が使えない人間でも大量の武器を持ち運べる方法はある。
しかし酔っ払い騎士が魔法を使えるとなったら、話は大幅に変わってくる。
酒臭さが染みついた騎士服の色は赤。王宮騎士団所属を示し、貴族の子息である確率は高い。
セーイといえば貴族としては新興だ。爵位を手に入れたのが十年前に死去したばかりの男が始まりである。
シャラク・セーイ。人間国宝であり、鍛治士として新境地を切り拓いた第一人者だ。
魔法学校で落第者の称号を手に入れていた彼は、学内で傷害事件を起こした。貧乏を馬鹿にしたいじめっ子に、自作のナイフで対抗したのである。
その武器は羽ペンと一緒に筆箱に入る小ささながら、刃渡りが全体の九割である脅威の長さをしていた。
それを見た教師は恐怖し、彼に退学を勧めた。同時に山奥で鍛治士をする偏屈老人と共に仕事をするよう計らった。
才能の開花は早く、教えていた鍛治士すらも恐れた。怒りや憎しみを込めるように、無名の少年はあらゆる殺人武器を作り上げたのだ。
鍛治士は神の前に出せるかと問うた。少年は戦神ならば喜ぶだろうと返したが、鍛治神には捧げられないと断言した。
鍛治神に誇れる武器を作りなさい。
それが少年を表舞台へと出すために必要な言葉であり、彼が国の宝として駆け上がるための大切な意味を持っていた。
そして武器を作り続けた彼は国に認められ、爵位を与えられた。今でもシャラクの銘が入った武器は、貴族や騎士の間では大いに認められた極上の武器である。
しかし貴族となっても武器作りをやめなかった彼とは違い、子供達は貴族の生活にあぐらをかいていた。
国宝の技術と武具が生み出す財産に溺れ、貴族らしいことは何一つ知らない。シャラクは家族に興味はなかったし、妻であった女性は早逝している。
ろくな教育係もつかなかった子供達は、彼の死後は財産争いで疲弊し、今では零落寸前な上に社交界にすら顔を出さない有様だ。
名前を聞いた時はもしやとも思ったが、現在の惨状を知っている魔導騎士は強く意識することはなかった。
しかし人間国宝の新境地――魔法を使った武具作成。
今では一般普及した手法だが、どうしても引き継ぎできなかった技術があると言われている。
もしもそれを酔っ払い騎士が継承しているならば、正体を掴まなくてはいけない。
「襲撃者から護符を奪わなかった理由は二つということだな。
自身は浄化が使えて、襲撃者は使えないと知っていた。
襲撃者は知り合いであり、死なれると困る、だろう」
内容をまとめた魔導騎士の言葉に、何故か謎を解いたはずの占い師が頭に疑問符を浮かべたような表情をしている。
微妙に気まずい空気が流れてしまうが、魔導騎士は振り払うように話を続ける。
「……シャラク・セーイ殿と関係があるのか?」
「偉大な祖父を持つとこうなるんだよなぁ」
もう一度酒瓶を上に向けて呷る酔っ払い騎士。
たった二回で酒瓶の半分はなくなってしまい、適当に置けば地面に音を立てて転がる。
それでも酔いがやってこないのか、指をまっすぐに伸ばす。ナイフへと視線を向け、寂しそうな声で話す。
「じいちゃんはさ、後悔してたんだ」
「何を?」
「人を殺すためだけの武器を作ったこと」
人間国宝の初期作品は全て、殺人武器だったことは有名な話だ。
母親と自分だけの、貧乏な家。母親が体を壊してまで稼いだ金で、魔法学校へ入学した矢先に起こした傷害事件。
葬式直後の揶揄に堪忍袋の緒が切れた瞬間、拳を振るえばよかったのに。彼は忍耐強く、あらゆる負の感情を込めて人を殺す武器を作り上げた。
その怒りは収まることを知らず、暗い情熱となって手を動かした。
執念というには浅はかで、しかし純粋なほど人殺しだけを考えて作られた武具達は愛好家の間では取り合いが発生するほどだ。
それを買い戻しては破壊していたのに、終わらない内に寿命が限界を訴える日が訪れてしまった。
子供達には才能がなかった。魔法や鍛治士、貴族としてさえもお粗末だった。
しかし一人だけ。幼い孫息子だけが、かろうじて魔法の才能があった。そして火事場に興味を示し、親に反対されても通い続けたのである。
シャラクは自らの技術と共に望みを託すことにした。若い頃の未熟な愚かさから生み出されてしまったものを、壊し続けてほしいと。
頷いて、大人になって後悔した。
あまりにも途方もない金額で取引され、買い戻そうにも財産争いを繰り広げた家にそんな金はない。
祖父ほどの才覚はないとはっきりわかっているので、鍛治士として成功する道も考えられない。
いつの間にか酒を好むようになった。全て忘れさせてくれる、魅惑の酔い。
ある日、祖父の偉業から秘密の依頼が舞い込み、そこにとある条件を盛り込んだ。
人間国宝の殺人武器を全て破壊してくれるのならば、あらゆる秘密を守り抜いて全面的に従うことを誓うと。
それができる相手だった。最後の好機だと、崖から飛び降りる覚悟で提示した。
予想よりもすんなりと受け入れられて、相手は約束を守ってくれた。各地で盗難事件が頻発し、謎の愛好家が暴挙に出たと囁かれたのである。
最後の一つ。胸を刺すことに特化した、祖父の作品としては二作目という初期のもの。
これで聖女を殺せと言われた時、約束の終わりを感じ取った。
「どうせ俺は用済みだし、じいちゃんには死神の前で謝ろうと思ってな」
「これで自殺をしようとしたからか?」
「そんなの悲しませるだけだって。じいちゃんの技術を後継できなくてすまん、というだけだよ」
「どんなのか聞いてもいいか?」
「いいよ。きっといつかは誰かが思いつくだろうし」
人々の宴が続く様子を眺めながら、酔っ払い騎士は微笑む。
「誰でも浄化の力で守られる武器」
人殺しを目的に武器を作っていた鍛治士が、晩年に完成させた技術の結晶。
持っているだけで浄化の力が全身を包み、高濃度瘴気の中でも行動できるという――机上の空論と笑われた構想。
それを知っていても再現できなかった酔っ払い騎士は、星と月が輝く空を見上げる。
「じいちゃんが見た夢を、俺は叶えられなかったんだ」




