第53話「下手人」
遺骨を壷に入れて、それを抱えたまま歩くハナヤ。
向かうは医療施設となった避難所だ。勇ましい看護師長に案内され、側近――襲撃者として行動した男達への元へと赴く。
簡易寝台の上で寝ている男達はほとんどが会話もできない状態で、一番酷い者は昏睡している。
最も軽症なのは最後まで戦い、男装女騎士に敗れた者であった。
側近の中でハナヤへと盲目的に従い、まるで信者のようだと仲間内から微妙に敬遠されている男である。
今も意識がはっきりしており、ハナヤの足音を聞いただけで体の痛みも忘れてグリンッと首を動かす。
狂気すら垣間見える黒い瞳で、この世で一番優先する主へと視線を向けた。
憔悴した様子のハナヤ、その腕の中には骨壷。歯を擦り合わせた音が体に響くが、それも無視する。
「ハナヤ様。そちらは?」
「お前が知らぬはずがない」
「……忌々しいことです」
看護師長が去った後、二人の会話は手短いものばかりだ。
騎士団の中で唯一、ハナヤとバカアの変化に気づいた男。そして死体の始末を自ら申し出て、崖へと遺棄した張本人。
二人がすり替わっていることも最初から理解してなお、ハナヤへと執着した男は強い歯軋りをする。
死後もまとわりつく、主人を苦しめる男。
ハナヤの様子から相当苦しんでいることはわかるのに、救われる道はどこにもないのである。
そんな傷跡を残した存在に嫉妬と殺意、理不尽な怒りを向けるが届くことはない。空に消えて、霧散する。
「その胸の勲章を外してはいかがでしょう?」
「……あいつの意志だ」
生涯外すことができないなど、呪いの装備と変わらない。
しかし信者がどんなに望もうが外すことは叶わない。バカアと同じくらい、ハナヤもお互いを意識しているのだから。
せっかく偽物も用意して誤魔化してきたというのに、骨だけでもどうにか始末できないか画策する。
「あいつは?」
「ご安心を。随分と信用されているようです」
「そうか。ならば」
「ええ」
必ずや聖女を殺してくれるでしょう。
ギラリと瞳を輝かせる男は、上体も起こせないほど弱っているようには見えない。
今にも高笑いを響かせそうな歪な笑顔で、ハナヤへとうっとりしながら告げた言葉。
これで第二王子への手向けは完璧である。後は王都に戻っての楽しみ。
主人の全てが上手くいくようにするだけで、彼は心の底から幸せなのだ。
だからこそ無意味な襲撃を繰り返し、大きな隙を作ったのだから。
凶刃を振るう瞬間とは、相手が最も油断している時だ。
それくらいは当たり前のことだが、その隙を作るには入念な下調べや準備が必要なのである。
下手人はそのために行動してきた。最初の襲撃で相手が複数だと思わせてしまえば、立ち向かうのに必要な人数を集めなくてはいけない。
主犯格がハナヤとわかっても、そうでなくても。
遠征の最中に人事異動するには彼の許可が必要だ。問題児という名目で、集められた十人。
残った五人の内、一人だけ。昔からハナヤの秘密を一部知っており、そのために行動した者がいる。
第一王子が用意したローブマントなど、結局はただの服である。
埃で汚れているだろうから寝る時は脱いだ方がいい、と一言渡すだけで解決。それだけで若侍女が気を利かせ、大事に保管してくれる。
瘴気の中で殺すのも難しかった原因の一つさえ、全てが成功した今となってはこんなにも簡単に対処できる。
浄化は成功しなくても問題ないが、できるならばやり遂げさせろ。
それが第二王子の要望であり、面子を保つための必須事項。力が弱いからできないとも思ったが、予想外のことが起きた。
爆発的な浄化はあらゆるものを吹き飛ばしてしまい、魔物達も頭角魔物の存在のせいであっという間に逃げ去る羽目に。
第二の計画として魔物の暴動による物量作戦も目論んでいたが、薬剤を散布する手間はなくなってしまった。
あえて見せる形で持っていたというのに、こうなっては誤って使わないように気を遣うしかない。
証拠もいずれ消さなくては。念のためにハナヤの無実を勝ち取るための準備だったが、今となっては障害になる可能性が増えている。
あの信者のような男はハナヤの参謀として相応しい。
あらゆる手段に躊躇いがなく、駒の活用も上手い。渡された計画は三つだったが、単純ゆえに面倒や憂いを残してくれなかった。
瘴気の中で殺害も、薬剤による魔物の凶暴化さえも。逃げるための口実が用意された良作であると、下手人は溜め息を吐く。
最後の一つ。
これは見つかってしまえば、罪を逃れる術はない。
毒を飲んで自殺することを勧められており、そのために苦しみのない類を渡されている。
宴の最中に凶行へと走る。
浄化遠征が成功したならば、確実に誰もが気を緩んで警戒をしない。
叫びは口を押さえてしまい、くぐもった声は歓喜の歌でかき消される。少女の力ではまともな抵抗もできず、胸を刺してしまえば助かる余地は少ない。
死体は誰かの手に渡らないことを第二王子は望んでいるらしいが、下手人からしてみれば高望みだ。
懐から殺人用のナイフを取り出す。国宝とまで言われた職人が作り上げた逸品であり、彼が後悔した武器の内の一つだ。
心臓にまっすぐ届くように骨の間をすり抜ける細い刀身に、手が滑らないように握り手は指の形に合わせた溝が彫られている。
大した技術がない者でも成功率を高める武器で、騎士が聖女を殺すのだ。
今も信用してすやすやと寝ている対象の顔を見る。相当疲れたのか、口の端から涎を垂らしている。
それも臓器が傷つくことで血に変わる。結末を想像しながら、動き出そうとした矢先。
「食べているか?」
魔導騎士が話しかけてきた。背後では占い師があちらこちらに視線を動かしている。
線を辿るような動いていた青い瞳が、すっとこちらに向いた。見透かすような、底まで見える泉のような色。
大量の食事を載せた皿を手にしながら、魔導騎士は隣に座ってきた。すると占い師も彼の横に座り、奇妙な横並びの完成だ。
手にしていたナイフを見えないように隠し、愛想笑いを浮かべる。
浄化が成功してよかったとか、他愛ない話で茶を濁す。あと少しで終わるのに、見計らったかのような邪魔。
冷や汗が止まらない。ゆらゆらと動く影は笑っているようで、視界から消えてしまえと願う。
「殺すのか?」
飲み物を噴き出すほど、占い師から直球の言葉が発せられた。
それは魔導騎士も同様だったようで、飲んでいた熟成酒をコップの中に戻すことになっている。
二人の口元が濡れているのも構わず、占い師は続ける。
「そんなに迷うのなら、やめといた方がいい」
青い瞳がまっすぐに、こちらを見ている。
「自殺なんて、愚かな人類の醜悪な行為なのだろう?」
驚いたのは魔導騎士だけだった。
全てを見透かされているような言葉に、深い息を吐く。安心したような、少しだけ残念な気持ち。
手探りで隠していたナイフを掴み、二人に見えるように持ってくる。
「これでも?」
腕に覚えがある者が見れば、その性能はすぐさまわかるだろう。
実際魔導騎士はすぐ見抜いたのだろう。痛みが少ない形状で、死へとあっという間に連れて行く芸術的な構造。
しかし占い師は酒瓶を指差し、魔導騎士が素早く手を伸ばして奪い取った。
「毒か!?」
「まだ飲んでない。安心しろ」
占いとはそこまでわかるのだろうか。
いいや、瘴気の中で話した時から薄々感じ取っていた。これは人外の気配。
占い師――人型の何か。それは鎖で吊り下げた洋燈を揺らし、空っぽの内部を覗き込んでいる。
「何故だ?」
そう問いかけたのは魔導騎士だ。
落胆や怒りを一切ない瞳で、真実を探るように下手人の名前を告げる。
「サケグ・セーイ」
酒臭い息を吐いて、酔っ払い騎士は苦笑を浮かべるのだった。




