第52話「歓喜する村の夜」
「聖女様!」
戻ってきた村を夕焼けが赤く照らす頃、フラフラと歩く聖女の耳に届く声。
目を真っ赤に腫らした若侍女が両腕を広げて走ってくる。それを受け止めようと笑顔の冷や汗騎士が前に出た。
抱きとめようとした冷や汗騎士に結界でもあるかのように、若侍女は弧を描く形で迂回して聖女へと抱きつく。
背後で様子を見守っていた即席護衛騎士達が哀れな視線を向ける。誤魔化すように冷や汗を流しながら基礎体操を始めたのが、憐憫に拍車をかけた。
エリから感謝の言葉が雨のように降ってくるが、聖女は目を回している。声が頭に響くだけで、吐き気を催すほど疲れているのだ。
「本当にありがとうございます……」
「聖女様ぁ〜!」
「林檎パイできたぞ、ほれ騎士の皆様も!」
若侍女を皮切りに避難民から村人へ戻った者達が駆け寄ってくる。
林檎が焼けた匂いと香辛料が混ざって、間抜け騎士のお腹から大きな音が鳴り響いた。
千切った布地で足の傷口を塞いでおり、身長の近い魔道具愛好騎士の肩を借りて歩いているが元気そうだ。
不良騎士は食べた林檎パイの味を思い出し、引き寄せられるようにフラフラと歩き出し始めた。
聖女を中心に人の輪ができるが、肝心の少女自身が反応もできないほど疲労困憊状態だ。
見かねた男装女騎士が体を支え、酔っ払い騎士が宴の準備を進めるようにと散らばせる。
その騒ぎをようやく感じ取った婚前騎士が、うっすらと瞼を上げる。まるで祭りのように賑やかで、幸せそうな声だ。
かつては避難所として使われていた場所が、今では簡易医療施設と様変わりしていた。
血と消毒液の臭いが混ざり合い、嗅覚が戻ってきたこと感じ取る。そうして五感が復活すると、痛みを超えた熱と刺激が全身を苛む。
もう一度意識を失うかと思ったが、激痛から逃れようと泣きながら懇願する悲鳴が聞こえた。
「いただたった!?やめてくれぇええええええ!!」
顔面を涙と鼻水でテカらせる姿は情けなく、体中に空いた傷穴に染みる消毒液を硝酸のように恐れていた。
包帯の締めつけで首を絞められるとでも思っているのか、白い布地が伸びるだけで逃げ出そうとする。
首を動かすだけで激痛で命が吹き飛びそうだが、その悲鳴が無理やり世界へと繋ぎ止めてくれた。
「田舎で親友の結婚式祝うまで死にたくないぃいいいいいい!!」
「死なせないための治療です!せいっ!」
あまりにも暴れて薬を無駄にしそうな勢いだったので、老年の女性看護師長が正拳突きで黙らせた。
これだけ泣いて大騒ぎするならば簡単には死なないだろうという判断だが、それは熟年の経験がなせる技だと医者が若手にしっかりと説明をしておく。
ずるずると引きずられる命乞い騎士の酷い惨状を目の当たりにしつつ、変わらないなと婚前騎士は口元だけで笑う。
「善悪超えて医療は平等に貴方達を扱います!おわかりですね!?」
意識がある患者達で首を動かせる者は一斉に頷いた。
窓から差し込む月明かりを背後に浴びた女性看護師長の頼もしさは、畏怖と敬意を集めるに相応しい威容だった。
幸運騎士は号泣騎士と共に村人達の手伝いをしていた。
途中から重症の騎士を避難所に運ぶなどに従事し、戦闘から離れていたところで浄化の光を目の当たりにした。
魔法を扱う二人ですら驚愕する範囲と効果だった。一瞬にして瘴気が消えてしまい、まるで何事もなかったかのように村が現れたのである。
荒れ果てた村を見ると、物悲しくなる。二人はそれぞれ北と南の違いはあれど、小さな村から都会を夢見た若者だ。
故郷に置いてきたのは家族や近所の人々。長い間住んでいた木の家にはいつも不満があったが、それが廃れていたのを目の当たりにしたような心地である。
しかし村人達は嬉しそうに村へと戻り、ボロボロになった家屋の壁へと優しく触れた。
ただいま。
おかえり。
その声を聞いただけで号泣騎士は涙で前が見えなくなり、幸運騎士は巻き添えにならないよう必死に下唇を噛んだ。
不良騎士から襲撃者と聞かされた黒衣の男達については顔は知っていたので、少しずつ医療施設へと変わっていく避難所へ預けた。
その頃には太陽が落ちて赤く染まっていき、夕餉の準備をしようと村人達が動き出す。
村の祭りを思い出す。老若男女、何も問わずに力を合わせるのだ。
調子に乗った号泣騎士が手伝いを名乗り出ると、あっさりと幸運騎士も巻き込まれた。味見という名のつまみ食いをすれば、おばちゃん集団に笑われてしまう。
しかし頑張ったから仕方ないと許されると、号泣騎士がまだ涙ぐむ。それが鬱陶しかった幸運騎士は離れようとしたが、おばちゃん集団は逃さなかった。
猫の手も借りたいのに、貴重な男手――しかも若者は喉から手が出るほど欲しい戦力である。
家屋の奥から持ち出してきた大鍋を綺麗に洗い、ぶつ切りにした野菜や肉を放り込んで煮込んでいく。
そこへ味付けの調味料を放り込めば、誰もが求めるような美味しい匂いに変貌した。
そうして聖女達が戻って来る頃には宴が始まり、村の奥で放置されていた酒が熟成されていると判明した後。
あっという間に二人は酒汲み係となってしまい、酒壺を抱えながら走り回るハメになった。
それこそ後輩騎士にまで「先輩、ゴチっす」と言われたので、その皿に乗っていた肉を手掴みで奪い取って口に投げ入れた。
いつの間にか広場に人が集まり、落ちていた木の枝を集めて火をつけていた。
巨大な炎が人々を照らし、影がゆらゆらと楽しそうに踊る。人々の笑い声が遠くなっても耳をくすぐり、聖女はそれをうとうとと聞いていた。
木の箱をいくつか並べ、布地をかけた簡易寝台。そこに横たわっているだけで、睡魔がそっと忍び寄ってくる。
村人と喜びを分かち合う若侍女と、それをこっそり眺める冷や汗騎士。不良騎士は仲間と大騒ぎし、魔道具愛好騎士は調整をすると言ってどこかへ。
間抜け騎士はパクパクと食事を続けており、男装女騎士はいかに聖女が凄かったかを村人達に向けて大演説。
聖女の護衛は酔っ払い騎士だけとなったが、彼は酒を飲んでご満悦だ。聖女が夢の中に落ちたのを確認し、酒臭さが届かないように明後日の方向に息を吐いた。
馬車から人目につかないよう出てきた魔導騎士と人型スライムは、どんちゃん騒ぎの村へと足先を向ける。
大勢の騎士が肩を組み合って武勇伝を語り、村人達は好物を思う存分食べて高らかに歌う。
真っ白な月を仰いでは天の女神に感謝を捧げ、大地に寝そべれば地の男神に快癒の祈りを唱える。
村が戻ってきたとはいえ家屋は住める状態ではない。
避難所が簡易医療施設となってしまった今、村人達は夜通し騒ぐことで時間を過ごそうとしている。
朝が訪れたら念願の復興だ。大変で、果てがないような、途方もない道のり。それさえも嬉しい悲鳴に早変わりだ。
刹那的でありながら、永遠を喜ぶように。
その様子は熱に浮かれた夏の妖精郷を思わせて、広場の中央で焚かれた炎が天に指先を伸ばしている。
なるべく火から離れようとする人型スライムの移動に合わせて、魔導騎士も人々を遠巻きに眺めた。
笑顔が輝く村は悩みを吹き飛ばしてくれるようだが、魔導騎士は思い出した懸念等で頭が痛くなる。
そうして二人は目的地へと進んでいく。
最後の襲撃者の正体を暴くために。




