第51話「合流」
葬儀場のように静かになった戦場に、ゴギャルルルルという謎の音が響き渡った。
遺骨を抱きしめるハナヤが振り向いた先には、大盾に車輪がついた乗り物が走ってくる。
ベルトで体を固定した間抜け騎士の体に、男装女騎士と聖女が必死にしがみついていた。そして三人の足で落ちないように、丸めたものを乗せている。
「…………っ!?」
その謎が爆走しているようなものが、魔導騎士に向かって突っ込んでくる。
すぐさま一歩退いたケイジの真横を大盾が通り過ぎ、枯れ木にぶつかることでようやく止まるのを確認できた。
乗っていた全員が慣性の法則に耐えられなかったが、男装女騎士が華麗に聖女と謎荷物を抱えて着地。大盾と一緒に転がった間抜け騎士が目を回しているが、ほぼ無傷である。
「ドラコー殿!」
頭をクラクラとふらつかせている聖女を冷や汗騎士に預け、男装女騎士は布地で姿を隠した荷物を抱えてズカズカと歩いてくる。
競歩のような大股で素早い動きに気圧されかけたが、布地の隙間からはみ出た白髪に嫌な予感を覚えた。
他の騎士達が少しずつ各自の行動に移り始め、騒々しさが肥大していく。その音に紛れるように、男装女騎士に確認を取る。
「まさか……」
「ということは、ご存知なのですね」
お互いにあえて言葉には出さなかった。
魔導騎士が布地として扱われているマントをわずかにめくれば、意識を失ったまま動かない人型スライムが包まれている。
腹には荒い縫い目。皮膚がめちゃくちゃな状態で、透明な皮膜が日差しに照らされてしまう。
「他に誰が知っている?」
「ツコネ殿です。聖女様には秘密にしてほしいと頼まれておりますが……」
ちらり、と男装女騎士の視線が立っていられない聖女へと向けられる。
冷や汗騎士が用意した横長の箱にマントを被せただけの椅子に、上半身を横たえてぐったりとしていた。
そのせいでスカートの裾が上にずれるので、赤面した不良騎士が慌てて自身のマントを剥ぎ取って布団代わりにかけている。
「こいつは聖女様を助けたか?」
他の騎士に見られないよう、改めて布地を巻き直す。そして男装女騎士から人型スライムを預かれば、両腕に水袋を乗せたような重みがのしかかる。
重量感が消えた男装女騎士はおぼつかない足取りになるが、膝をつかないように震える足を意地で伸ばしている。
よく見れば顔面に血の跡が残っており、耳の護符飾りは焦げたような痕跡から効果を失われかけているのを確認。
「はい。ライム殿がいなければ、この浄化は不可能だったでしょう」
偽らず、背筋を伸ばして告げる。
聖女が抱き枕のように抱えている針型杖が最後の決め手ではある。しかし聖女を奮い立たせ、美しい糸玉を作り出したのは人型スライムだ。
針型杖が巨大な瘴気の噴出口を縫い付け、両岸を地盤でもずらすようにくっつけることができたのも、糸があればこそ。
「僕自身もライム殿に助けられました」
「こいつが?」
そんなに役立つ魔物だっただろうか。
ケイジがぶつかる困難や悩みというのは、人型スライムには解決できないという自覚がないまま疑問を口にする。
「瘴気で血を吐く僕が生きられたのも、彼のおかげです」
「こいつが?」
思わず同じ問いを繰り返してしまう。
しかし男装女騎士が嘘をついている様子もなく、まっすぐな瞳で魔導騎士を見上げているのだ。
純粋な視線は力強く、つい先日訓練でボコボコにされて膝を抱えて泣いていたとは思えない姿である。
「ライム殿をよろしくお願いします」
「わかった。周囲の状況を確認しながら、聖女様の護衛を続けるように」
「かしこまりました!」
明快な了承が耳に心地よく届き、颯爽と聖女の元へ向かう背中を見送る。
騎士は男の比率が多いため、心と体のズレを抱えているとわかっていても、男装女騎士が聖女の護衛にいてくれたことを感謝する。
即席護衛騎士達が聖女の元へと集まる中、魔導騎士はこっそりその場を抜け出した。
向かう先は聖女が乗っていた馬車だ。小窓に薄手のカーテンがかけられており、誰かがあえて近寄ろうとはしない個室状態である。
座席に人型スライムを寝かせ、馬車内部に隠していた小さな樽を取り出す。中にはたっぷりの水が入っており、その水音に反応して瞼がうっすらと開いた。
弱々しい動作ではあるが、腕が伸びてきた。人型スライムが無意識で水を求めており、絨毯の床に落ちたもののことさえ気にかけない。
鎖によって吊り下げられた洋燈。硝子扉はしっかりと閉まっているが、中で燃える白炎の勢いが弱まっている。
炎の中心で回る糸車も、亀よりも遅い回転率である。外観は美しい銀色の洋燈だったはずなのに、今はどこかくすんでいるように見えた。
女神の備品と言っていたのを覚えている。しかしそれは「どれ」を指しているのだろうか。
伸びてきた手に小樽を渡せば、寝ながらも器用に水を飲み干していく人型スライム。
ゴクゴクゴクゴク、と酒呑みすらも中々出さないような喉の鳴らし方。一瞬で樽が空になり、絨毯の上へ転がった。
洋燈に小樽がコツンとぶつかった瞬間、人型スライムは背中をくの字に曲げた。胸を押さえる動作は、心臓に痛みが走ったかのようだ。
「ライム、ひとつ聞いていいか?」
「おかわり」
話が通じない。ひたすら水を求めて指先を宙に彷徨わせる人型スライムに、普段の余裕はどこにもなかった。
仕方ないので小樽をもう一つ渡す。寝ながらも一滴すらこぼさない器用さは、執念の賜物だろうか。
二つ、三つと飲み干した頃。ようやく意識がはっきりしてきた人型スライムが、鎖の先を掴む。
洋燈を自らの体に引き寄せ、胸の前で抱える姿は赤子のようだ。
青い瞳はぼんやりと焦点を定めておらず、まるで廃人を前にしているかのような気分になる。
外では怪我人の確認や医療準備で騒ぎが大きくなっていくが、馬車の中は孤立した世界のように現状から隔絶されていた。
「お前、生命核はどうした?」
答えがないとわかっていても、問わずにはいられなかった。
魔物の心臓。全ての臓器が集まって、生命としての機能が詰まった弱点。玉石のように美しいと、愛好家もいるほどである。
大きさは個体によって異なるが、大体は真珠程度の丸い粒だ。スライムであれば魚卵くらいが妥当だろう。
人型になったスライムは、生命核の大きさも変わるのだろうか。どれだけ傷を負っても、人型スライムの体内部にそれがある様子はなかった。
あまりにも普段の攻撃に反応が鈍いくせに、洋燈は絶対に手放さない。腰のベルト等に括りつけ、落ちれば慌てて拾い上げて様子を確認している。
転生失敗についてまだわかっていない部分が多い。しかし転生する必要性を考えると、どうしても腑に落ちない。
人間ではなく、魔物を選んだ理由とは。
女神が何を考えて行動しているかなど、たかが人間である魔導騎士には届かない領域である。
しかし人型スライムという存在に意味があるのならば、一定の境界線までは遡ることが可能だ。
青い瞳の焦点が少しずつ定まり、赤い瞳と視線を合わせた。嫌になるくらい力強い、情熱のような色合い。
「弱点を自白しろと?」
「そうだ」
「もう用済みか?」
浄化遠征が終わる。それくらいは人型スライムも理解が及ぶ内容だ。
愚かな人類ならば魔物など放っておかないだろう。引き伸ばされていた瞬間が訪れただけだと思ったのに。
「お前を守るのに必要だからだ」
魔導騎士の言葉はまっすぐすぎて、人型スライムは呆れて返事もできなかった。
「聖女様を助けてくれてありがとう」
水以上に全身へ沁みるものがあるなど、人型スライムは知らない。
赤い瞳に見つめられながら、根負けしたと悔しがりながら告げる。
「自分の生命核はこれだ」
洋燈。
体内部ではなく、外に曝け出されていた弱点。
それを知った衝撃は大きく、魔導騎士はしばらく言葉を失うのであった。




