第49話「寄生」
大剣のぶつかり合いは、嵐のように激しいものだった。
ゴッ、という音が連続し、金属が欠けて飛び散れば地面に鋭く突き刺さる。
その破片に当たった不運な騎士は、肌深くに潜り込んだ破片に戦慄した。まさに嵐の中心で戦うハナヤは、破片の雨に襲われていることだろう。
頬が裂け、勲章が傷つき、赤い騎士服が破れる。
それら全てを無視して眼前の敵を屠ろうとする姿は鬼気迫るものがあり、いかに浄化遠征に現れた頭角魔物が脅威であるかを知らしめていた。
嵐の如き戦いを横目で眺めながら、スケルトンを魔法で燃やす魔導騎士は違和感を抱く。
明らかに頭角魔物の方が剣術が上だった。
目玉さえもない真っ暗な眼孔で相手を見つめ、皮膚も溶け落ちた肉のない体で強烈な一撃を軽々と繰り出す。
技術で圧倒する頭角魔物と比べて、ハナヤの剣術は力任せだ。恵まれた体格をがむしゃらに振り回して、敵を叩き壊そうとする児戯のような拙さ。
周囲の騎士は激しさに気を取られているようだが、一部は気づき始めているだろう。
あの力任せな剣術で、血焼け戦争を生き抜いたのか――と。
頭角魔物の胸元で輝く勲章が、逆ではないかという疑念を生む。しかしその隙を逃すような魔物達ではなく、スケルトンが大群で瘴気の中から現れた。
バラバラになった骨達を掻き集め、日差しも届かない場所で待機していたのだろう。統率の取れた動きは、違和感を大きくする。
ハナヤの指示でも、頭角魔物の命令でもない。
魔物達には明確に、姿を見せない司令塔がいる。
「ヤン。五分経っても戻らなかったら退却指示を願い出ろ」
「はい?なんの……っ!?」
近くで新品の武器である棍棒を振り回していた不良騎士は、高濃度の瘴気に迷いなく突っ込む上司の姿を目撃する。
追いかけようにも、不良騎士の浄化では太刀打ちできないほど濃厚な瘴気。黒と紫の境目すらもわからないほど昏く、人影すら消えてしまう。
そばにいるだけで寒気を感じるような場所に立っていると、スケルトンが三体まとめて攻撃を仕掛けてきた。
棍棒を振り回すと予想以上の風圧が発生。矢などは進路を変えてしまい、剣は風で煽られたところを叩き折れば簡単だった。
そうやって特攻員として動き回っている内に気づいた。妙に層が厚い場所があり、そこから先は進むのが難しいのだ。
阻む魔物達が多いのは、背後に高濃度の瘴気が揺れる――魔導騎士が迷いなく突っ込んだ箇所だ。
「退却指示って、誰に言えばいいっすかぁ!?」
数える余裕もないのに、指揮系統の一番上は頭角魔物と戦闘中。
さらにハナヤの側近達はほぼ襲撃者であり、現在は瘴気のせいで意識喪失の重症状態である。
魔物に囲まれないように立ち回りながら、不良騎士はとりあえず一分は経過したと思うことにした。
高濃度の瘴気。伸ばした手の指先すら見えないような、暗い霧の中で。
その苗木のように小さな魔物は種を蒔いていた。散らばった骨達の生命核に植え込むように、胡麻程度の小さな種を蔓を使って器用に付着させていた。
特殊な寄生。肉体ではなく生命そのものへ侵入し、意思を統率する。犠牲になっても代わりがいるように、問題が起きても同じ方向へ向かうように。
樹木型の魔物。とても弱く、枯れ木のような痩せ細った幹の体と針金のように細い根っこの足で、音もなく歩く。
風が吹けば倒れてしまいそうな魔物。樹木型の魔物の中ではヤドロギと呼ばれているものだ。
ヤドロギの種は他生物の肉体に埋め込み、筋肉を直に操作して操るのが一般的だ。しかしこの魔物は偶然にも種を生命核に植えたことで、魔物の意識まで操れることを知る。
そうして群れを作った。
誰も小さなヤドロギには気づかない。襲いかかってくる魔物に恐れ、あっという間に逃げてしまう。
しかしヤドロギはそれ以上を求めなかった。ただ種を植えて、群れを広げていく。安定した縄張りを守り、植生を続ける以外に興味がなかったのだ。
頭角魔物が現れるまでは。
何かを求め、彷徨い続けた巨体のスケルトン。ヤドロギが作り上げた小さな王国を、それは一瞬で蹂躙して破壊したのである。
見向きもされず、害とすら思われなかった。彷徨う巨体を隠す衣服の裾に蔓を巻きつけ、ヤドロギはついていくことにした。
探し続ける頭角魔物のそばで、ヤドロギはまたもや群れを作り上げた。頭角魔物の道を開くための尖兵、忠実に従う邪推なき集団。
スケルトンは肉体としてのあらゆる感覚を、魔力を使って補う。
共有することはできないが、ヤドロギは頭角魔物の彷徨い進む道には一定の法則があることを知った。
瘴気の外。人間の住処。生命がある場所を求めるが、瘴気から離れすぎることはない。
魔力が不足すると瘴気の中で身を休め、じっと動かない。
限られた範囲から動けない頭角魔物。延々と彷徨う理由や事情も語らない。スケルトンに声帯がないのは当たり前で、まずヤドロギを認識しているかさえ不明だ。
頭角魔物が停止している間、ヤドロギは寄生した魔物達を谷底へと落とした。スケルトンならば、ある程度バラバラになっても元に戻る。
そうして鉱山や畑から盗んだ道具を使って、ひたすら底を掘るように指令を送る。
穿て。大地に傷をつけて、瘴気が噴き出るように広げろ。この世全てを瘴気が覆えば、頭角魔物は何処かへ辿り着く。
最初は小さかった大地の裂け目が、巨大な渓谷となる。そうして瘴気が近場の村まで飲み込み、頭角魔物の行動範囲が増えた。
ヤドロギの興味はただ一つ。
この圧倒的な魔物の末路。辿り着く先の光景を。
小さなヤドロギの矮小な世界を壊してくれた存在の――願いを果たす。
種を植える。スケルトンが動き出し、樹木型魔物や小鬼も統率を取る。
あと少し。マンドラゴラよりも醜い顔面を歪めて、ヤドロギは寄生を繰り返す。
願いが叶える瞬間が近づくことを感じ取っていた矢先、木の皮表面を焦がすような熱が接近していることに気づいた。
ヤドロギでさえわかる。
これだけの高濃度瘴気と魔物の群れを前に、人類の集団は太刀打ちできない。
頭角魔物との行動ではっきりと判明したことはずだ。それなのに、どうして。
真っ赤な瞳がこちらを睨んでいる。
瘴気を焼くように火が広がり、馬のように大きな火蜥蜴が舌なめずりしていた。
誰もヤドロギの正体に辿り着かなかったのに。その人間は違和感を手繰り寄せて、存在に王手をかけた。
「お前が頭角魔物だったんだな」
違う。ヤドロギにとって、それは圧倒的な存在である巨体のスケルトンだ。
けれど直感だけの思考を言語化できるほどの知能はなく、針金のような細い脚を使って瘴気の中を逃げ回る。
あと少しなのだ。彷徨い続けた先で見つけた何かに、スケルトンは魂の咆哮を上げたのだから。
見届けなくてはいけない。
寄生も半ばに瘴気の中で待機させていた魔物全てを、襲いかかってきた魔導騎士にぶつける。
そうして瘴気が薄くなる方へと駆け出して、巨体スケルトンがいる戦場へ――。
胸骨を大剣で叩き壊された巨体が、力なく崩れ落ちる。
周囲の騎士達は歓声を轟かせ、倒れたスケルトンを傷だらけのハナヤが冷たい視線で見下ろしていた。
信じられない。助けなくては。小さな体で駆け寄ろうとしたヤドロギの背後で、大口を開く火蜥蜴が迫る。
小さな体に為す術はなく、ヤドロギは体が燃えるのを感じ取った。
マンドラゴラのような悲鳴を出すこともできず、炭になっていく蔓を倒れた巨体スケルトンに向かって必死に伸ばす。
あと少しだったのに。そう思った矢先、瘴気の奥から眩い白が周囲一帯へ破裂したように広がっていく。
魔導騎士やハナヤ、あらゆる騎士や魔物の視界も。
全てが浄化の光に包まれていき、まるで時間が止まったように誰もが動きを止める。
ヤドロギの視界も白く染まり、巨体スケルトンすら見えなくなってしまった。




