第44話「本物」
真実が残酷であるように。
誠実が愚直であるように。
本物であることが幸せとは限らない。
ハナヤと一騎打ちする頭角魔物は、全身の骨を震わせながら咆哮を上げている。
それは嘆き、叫び、後悔、あらゆる響きを内包していた。聞いただけで腰を抜かしてしまう騎士もいる中、魔導騎士はまっすぐ歩みを進めた。
周囲に浮かぶ炎の矢が解き放たれる瞬間を待ち望んで疼いており、燃え盛る壁はいつでも地中から現れる準備が完了している。
「誰も近寄ってはならぬ」
静かな声だった。
しかし混迷化した戦場の中ではっきりと聞こえ、騎士達の表情が変わる。
魔導騎士も足を止めた。背中越しに振り向くハナヤ・カーナは真面目な顔つきで告げる。
「此奴を倒すのは私の責務だ」
魔物達が尽きることなく襲ってくる。瘴気がゆらりと揺らめいて手を伸ばしてくるような荒地だというのに。
歓声が湧き上がった。浄化すらも終わっていない状況で、騎士達は勝利を確信したのである。
「ハナヤ殿、万歳!」
「貴方こそ本物だ!疑った私にどうか罰を!」
「その忌々しい魔物を倒し、伝説をお増やしください!」
熱狂が渦巻き、騎士達の勇み足がが加速する。これが人間同士の戦いであれば、敵は怖気ついて形勢を逆転できたかもしれない。
しかし相手は無尽蔵の魔物。水や樹木からも生まれる生命体であり、人間の死体ですら増加の一助になってしまう。
聖女の浄化が終わるまで油断してはいけないのに、騎士達は崖から崩れ落ちる岩石のように勢いをつけてしまった。
「進めぇっ!」
「勝利を我らの手に!」
魔物達が後退する際、奇妙な放物線を描く動きをしていた。
それに気づいた誰かが声を荒げても、勇ましい掛け声を前にかき消されてしまう。
地を這う瘴気が海中のクラゲのようにふわりと動き、意図的に起こされた風によって向きを変えた。
先陣に立っていた騎士が膝をつく。喉と口元を両手で押さえ、粘つく液体を吐き出そうと試みるように顔面に力を入れている。
その間にも瘴気の範囲が変わっていき、先ほどまで安全地帯だった場所が薄暗区なっていた。黒と紫を混ぜた、死の気配。
死神のローブが歩みに合わせて動くように、スケルトン達の動きによって瘴気が移動しているのだ。
「た、退避!」
「はぁっ!?さっきと真逆っ!?」
足を止めた者から先にボロボロの刃先が襲ってくる。
服の裾を骨の手に掴まれて、引き寄せられたところでズプリと肉に食い込む手入れされていない剣。
ノコギリの刃の如くギザギザとした切れ味が鈍く動く。切れ味と引き換えに強烈な痛みと引き抜きづらい弊害をもたらしている。
「ぐギャァっ!!」
「ヒギィっ、ヤベッでぇ!」
悲鳴が木霊する。瘴気によって場的有利すら奪い取られて、圧倒的に数が足りない人間達は苦境に陥っていく。
樹木型魔物であるウツロギの触手で魚釣りのように瘴気の上空へ投げられる若者、小鬼に馬乗りにされて棍棒で顔面をすり鉢のように扱われる老騎士など。
魔物を前に老若男女は関係なく、瘴気という脅威の前で命に貴賤など存在しなかった。
箱を手にしたまま呆然と立ち尽くす魔道具愛好騎士は、引きつった笑みを浮かべていた。
「何これ……」
子供の頃のような口調に戻り、眼前の信じられない光景を受け入れがたく感じている。
それは不良騎士や冷や汗騎士も同様であり、酔っ払い騎士だけがヘラヘラと笑顔を浮かべていた。
火の矢と炎の壁だけではない。焔の蜥蜴が戦場の中を蛇行し、今にも翼を生やして雄叫びを上げそうな勢いで魔物達を蹂躙していた。
その大きさは馬ほどで、短くも太い足で小鬼を踏み潰す。地面を這いずる腹のせいで焦げた黒い道が軌道となっており、灰色の煙が吐息のように広がる。
その焦げた道を進み、追い越し、魔導騎士は手当たり次第に魔物を倒していた。
「魔法であんなの出来んの!?」
『無理ムリむり!!』
不良騎士や魔道具愛好騎士だけでなく、号泣騎士や幸運騎士すらも口を揃えて否定する。
精霊魔法の応用で精霊の体を作って使役する形象魔法があるのは知っているが、そんなものは魔法学校の授業ですら扱わない。
歴史の中で語られるような、文献ですら半分ホラ話のように取り扱うものだ。不良騎士達ですら、実際に見るまでは幻想の類と思っていたくらいだ。
「武器に精霊を宿すのも試してみてぇなぁ」
「そもそも精霊自体が曖昧な認識でござるよ……」
男の夢が膨らむ酔っ払い騎士に対し、魔道具愛好騎士は呆れたように告げる。
精霊は男神の体を守るために生み出されたものと語られているが、その詳細はいまだにわかっていないことばかりだ。
精霊の高位存在である霊竜については物語で取り扱われることも多いが、学問的には「とりあえず魔物ではない」くらいである。
「……よし!俺もケイジさんに加勢してくるっ!」
「邪魔になるなよー」
「気をつけるっす!」
破竹の勢いで戦う魔導騎士に触発されて、不良騎士が釘付きバットのような形の棍棒を振り回して走り始めた。
こんな混戦状況では自己判断に任せるしかないと、冷や汗騎士は軽い注意だけ渡して見送る。重症の騎士二人の手当てをしている間、その護衛をする手を減らすわけにはいかない。
虫の息だが、命乞い騎士と婚前騎士はかろうじて生きている。予断を許さないものの、幸運騎士の手際がいいおかげで急変の兆候は見られない。
「んー、それにしても」
「どうした?」
「人間のハナヤ隊長が本物だとして、頭角魔物はなんなんだ?」
空気の流れに従って出した答えを受け入れても、残ってしまう疑問。
同じ巨剣がぶつかると火花が散り、風圧が周囲の者を遠ざける。一体と一人の戦いなのだが、骨の外観のせいで二人だと勘違いしそうになる。
魔物は人ではない。一体や一匹など、動物と同じ数え方になる。それなのに誤認してしまいそうなほど、頭角魔物は人間らしい動きをしていた。
スケルトンは肉体――骨に残った記憶の動きを再現すると言われている。
だから武器の扱いも個体によって様々であり、剣一つとっても流派が無数に分かれてしまうせいで対策が取りづらい厄介性。
ハナヤと対峙する頭角魔物。
その動きすらも瓜二つで、双子が戦っていると言われても納得してしまいそうだ。
剣術はカーナ家独自の大胆で隙のない動きを特徴とした家系継承流派である。どうしてスケルトンの頭角魔物が、それを知っているのか。
ハナヤの表情は冴えない。同じ視線の頭角魔物は、疲れることを知らない。
肩を尖らせて、呼吸をするだけで肺が痛む。心臓が頭に響くほど脈打ち、全身を責めるように血流が勢いを増す。
ト……モヨ……。
聞こえないと言わんばかりに剣を振り上げ、ボロボロになった巨剣を叩き割ろうとする。刃こぼれはするが、折れるまではいかない。
強烈な剣戟の音が鼓膜を震わせて、肩まで痺れるほどの反動に舌打ちする。
トモ……ヨ……。
スケルトンは骨だけの生命体である。声帯などがあるはずない。
それでも耳を突き抜けて頭に届く声は繊細な針のようで、脳へと直に突き刺さってくる。
友ヨ……。
骨だけになったはずの男。
その生前の顔を頭角魔物に重ねたハナヤは、雄叫びを上げて斬りかかる。
遠征隊長ハナヤ・カーナ。
本物である彼にとって、この偽物が動くことを許容できない。
そのせいで友情と忠義を誓った男を――殺したのだから。




