第43話「幸運に号泣」
瘴気から飛び出てきた巨大なスケルトンに、応戦していた騎士団達は動きを止めてしまうほどの驚愕に襲われた。
日差しに照らされた頭角魔物は真っ赤な騎士服を赤錆色の血汚れで染めており、胸で唯一揺れている勲章は血焼け戦争を讃えるもの。
骨だけの体に声帯はないはずなのに、体の芯まで震わす咆哮が周囲一帯に響き渡った。それを聞くだけで恐怖に駆られ、命の壊れやすさを自覚する。
ボロボロな巨剣を見た騎士達は、一斉に視線を同じところへと向けた。
浄化遠征の長を務めるハナヤ・カーナ。栄光と伝説にその身を置く男と、頭角魔物の衣服や装備は瓜二つである。
騒めきが細波のように広がる最中でも、魔物達は攻撃の手を緩めない。一人でも倒れてしまえば、骨の手がいくつも群がって瘴気の中へ引きずり込もうとするのだ。
「ヒィイ、助けてくれぇっ!!」
筋肉はないはずなのに、スケルトン達の力は強い。
泣き叫ぶ騎士の手を掴んだ者も、瘴気の方へずるずると引っ張られていくのだ。
片手で泣き叫ぶ騎士の手を掴んだまま、剣で心臓を守る籠の形のような胸骨を剣で叩き割る。
魔物に心臓はない。
生物の多くは瘴気が体に入り込んだ際に侵食され、握り潰されるように破裂させられる。
それが絶命の合図であり、再誕の産声代わりだ。
心臓の代わりに体を動かすのは生命核である。
体に入り込んだ瘴気が一箇所で集中的に集まり、凝縮した塊である。魔物にとってそれが心臓であり、思考を担う脳だった。
大きさは個体によって差は出るが、スケルトンの場合は骨に隠れるように小さな真珠程度。主に胸骨に張りついているが、時折頭蓋骨や足裏に隠す個体も確認されている。
生命核は柔らかい。スライムやスケルトンならば、鮭の卵のように噛むだけで潰れる。図体が大きい魔物ならば、人間の心臓やそれ以上の前例は確認されていた。
騎士の剣は両刃だが、重みを優先した鋼鉄製である。いかに生命核を潰すかを効率的に考えた結果、切るや叩くといった剣術が発展した。
泣き叫ぶ騎士の手を掴んでいた騎士は運がよかった。
叩いた胸骨に生命核があり、刃越しに柔らかく潰れる感触が伝わってきた。白い骨が散らばり、カラカラと地面に転がる。
すると足を掴んでいたスケルトン達が骨を集め、騎士達には見向きもせずに瘴気の中へと戻っていく。
瘴気の寸前まで近付いてしまった騎士二人は慌てて逃げるが、嫌な予感が頭の中で警鐘を鳴らしている。
しかし後ろを振り向く余裕はなかった。瘴気が体に入り込むと、少しずつ臓腑を腐り落とし、溶解させ、破裂へと導く。その死に様は壮絶で、死体が浮かべる苦悶の表情が全てを物語っていた。
肩を並べて逃げる幸運騎士と号泣騎士の背後で、悲鳴が聞こえた。
「やめてくれ!こいつは故郷に恋人がいるんだ!!」
血の道が地面にできていた。もがく爪痕が少しずつ弱まり、途中からは消えている。
落ちたペンダントはロケット式で、素朴な女性のカメオが入っている。虫の息となった騎士に覆い被さるように、一人の男が抱きついている。
顔面は鼻水と涙まみれで、絶望を前に懇願を続ける。命が消える瞬間に恐怖を覚えて、身も蓋もなく命乞いをスケルトンへと叫んだ。
「俺の命をあげるから!頼むよ!」
友人の結婚式は半年後。春の収穫祭あたりで、田舎の故郷で華々しく行う予定なのだ。
驚かせようと秘密の余興を準備していたが、そんなものは戦場で無価値である。ただ体を張って、命を捧げて、どうにかできないかと願う。
幼馴染の二人が幸せになるのを見ることは叶わない。けれど故郷に残された女性が涙で暮れないためならば、みっともなくて構わない。
槍が腹に突き刺さる。太もも、肩、足の甲。
カタカタと笑うスケルトン達は、何度も命乞いする騎士の体に容赦なく鏃を刺していき、痛みで絶叫するのをぽっかりと開いた暗い眼孔で眺めている。
虫の息な騎士の足や腕も同様で、体に穴が空いては血が噴き出す。真っ赤な水溜まりができるのは、地面では吸収しきれない量が流れ続けているからだ。
魔物に命乞いは無意味だ。言葉が通じないのだから。
どんなに助けを願っても無駄だ。魔物にとってどうでもいいことだ。
二人がどれだけ熱い友情で結ばれていようと無価値だ。瘴気の前では生命など泡よりも弱い。
自身の全てが否定されて死を迎える。
それが魔物との戦闘であり、騎士達にとっての恐怖だ。
だから、これはきっと狂った行動なのである。
号泣騎士と幸運騎士の足先がくるりと変わり、血塗れの騎士二人の方向へと駆け出し始めた。
勝つ見込みは一切ない。大した付き合いがあるわけでもなく、下手すると名前すら知らない相手。
愚かにも「見捨てられない」と、思ってしまったのだ。
「人生の最後くらい華々しく散らしてやらぁっ!」
「さっきまで泣いてたくせに。あと勝手に巻き込むな」
やけっぱちになった号泣騎士に対し、幸運騎士は呆れたように相槌を打つ。
二人の足が止まることはなく、剣を構える。槍を突き刺し続けるスケルトン達まであと少しのところで――。
ドンっ、とスケルトン達が謎の荷台に轢かれた。
バラバラと砕け散る骨はまるで豪雨のようで、地面をあっという間に白くしてしまう。
槍など真ん中からポッキリ折れてしまい、倒れて動かない騎士二人の体に破片が突き刺さって止血する蓋のようになっていた。
呆然とする号泣騎士達の前に、勢いが強すぎて通り過ぎた荷台が半回転して戻ってくる。
「怪我人発見でござる!」
「乗せろ!お、ゴウキとハピネじゃん。お前らも手伝え」
「ヤンとショウ!?お前ら、聖女様は……」
「任せてきた。とにかく怪我人の手当て!ハピネ得意だろ?」
「まあ……多少は……」
同じ魔導騎士団所属の若手同士、四人は再会の喜びも無視して行動に移す。
こうしてゴウキ・ユーとハピネ・スーはまだ息がある騎士二人の様子に安堵しつつ、ショウが渡してきた医療箱で手当てを始める。
荷台には謎の黒衣の男達が五人も乗っており、彼らも吐血などで苦しそうに呻いていた。顔色の悪さや苦悶の表情から、瘴気を吸い込んで蝕まれていたらしい。
「おいおい、なんで骨なんか集めてんだよ?」
「そりゃあ素材だからだよ。魔物達のな」
「へ?」
酔っ払い騎士の答えを示すように、瘴気の中から新しいスケルトンが襲いかかってきた。
その姿を号泣騎士と幸運騎士は見覚えがあった。生命核を叩き潰したはずのスケルトンで、他の魔物の手によって瘴気の中へと骨を運ばれていた。
嫌な予感が当たったことに驚く二人の目前で、冷や汗騎士が条件反射のように無意識ながら、槍による鋭い薙ぎ払いで即座に倒してしまう。
散らばった骨を酔っ払い騎士はかき集める。
特に手や足の骨を重視しており、頭蓋骨に関しては半ば放置していた。
「生命核は瘴気の中でいくらでも生産できるからな。
それをスケルトンが学んでいるのがヤベェけど」
「な、なるほど……?」
突然の奇襲に対応したものの、冷や汗騎士は頭の頂点から汗を大量に流している。
瘴気は黒い霧に近く、視界を遮りやすい。気を抜いていると奇襲を受けて、何もわからないまま死んでしまうことも多い。
改めて気を引き締める冷や汗騎士とは真反対に、魔道具愛好騎士は楽しそうに頭角魔物を眺めていた。
「太陽の下だと、ハナヤ隊長と瓜二つの格好でござるなぁ」
水晶が嵌め込まれた箱。それが捉えるのは激しい戦闘だ。
頭角魔物と遠征隊長による一騎打ち。異常な状況に重なる、異様な光景。
「まるでハナヤ隊長が二人いるが如く」
その言葉を真と置くならば、一つの疑問が浮かび上がる。
本物はどちらか。それは魔物との混戦で動揺する騎士達全員が抱えた不安。
混乱する戦況へと火の矢が投じられた。それは逃げ惑っていた小鬼の角を突き刺し、全身を燃やしていく魔法だ。
魔物の軍勢を退け、魔導騎士が頭角魔物へと追いついた瞬間である。




