第42話「後退と共に前進せよ」
途中で倒れていた襲撃者を拾い、瘴気の外へと向かう最中。
炎の矢が眼前を通り過ぎる。発射方向へ目を向ければ、冷や汗騎士達では足元にも及ばない戦いが繰り広げられていた。
空中に浮かぶ魔法の矢が瘴気すらも焦がす勢いで燃え盛っており、それが魔導騎士の周囲を守るように浮かんでいる。
浄化の力を込めているようで、それに触れるだけで普通のスケルトンがカタカタと震えて、絶叫を全身で表現していた。
しかし頭角魔物が巨大な剣を振るえば、花が無惨に散るように消え去っていく。その火花の群れを突っ切って、魔導騎士が頭角魔物の懐へ潜り込む。
横薙ぎに切り裂いたのは空気のみ。一足飛びで退いた頭角魔物の代わりに、配下であろう小鬼達が棍棒を振り回して集団で襲いかかる。
剣を振り切った後の隙を突いたことで高揚している小鬼達の目前に、燃え盛る炎の壁。胴体を壁に真っ二つにされた小鬼が悲鳴を上げ、全身を覆う火の手から逃れられずに生命核を隠している角ごと塵になった。
足が止まった小鬼達の横から風の魔法を使った魔導騎士が駆け抜け、的確に生命核を狙って攻撃を仕掛ける。
十体いたはずの小鬼達はあっという間に倒され、炎の矢で念入りに痕跡を消されていく。
魔導騎士団所属の不良騎士や魔道具愛好騎士ですら、言葉をなくしていた。魔法学校を主席卒業とは聞いていたが、学校生活を送っていたのが不思議なくらいだ。
魔法は少し便利にする程度の技術だ。何もないところから水を出したり、物を浮かしたり。時には変装道具いらずの化け術で悪戯をするが、それは高等な分野として扱われている。
魔導騎士が使っているのは基礎と呼ばれる精霊魔法だ。
その名の通り精霊の力を使うのだが、この感覚を正確に掴めているものは少ない。多くは「魔力で火を発生させる」などの認識で、手の上に魔力を込めて火傷することが学生の間では通例行事である。
応用すれば精霊が守ってくれると聞いていた不良騎士は、ようやくその意味を知ることができた。
火の矢は自在に動き、魔導騎士の死角から迫るスケルトンの生命核に突き刺さる。炎の壁は視線に従って一番効率のいい場所へと出現。大地から上空へ一直線に立ち昇るため、敵からすれば想定外の攻撃となる。
かつてドラコー家の始祖は火の霊竜と言葉を交わしたというが、その伝説が真実だと信じたくなるほど、魔導騎士は自在に火の精霊魔法を扱っていた。
しかし魔物が尽きる様子がない。
スケルトンは次々と湧いてくる上、樹木魔物であるウツロギや毒蜂のポイズンビーまで集まってきている。
頭角魔物を守るためではない。巨大な骸骨の腕が指揮するように動くと、それに合わせて小隊が隊列を組んで進んでいる状況だ。
群れどころではない。
軍団とも呼べるほどの統率で、魔物達が行動している。
「ケイジさ……っ!?」
声をかけようとした冷や汗騎士だが、背筋を辿ったのは悪寒だ。
笑っている。魔導騎士は圧倒的な数不利を前に、口元を歪めていた。生き生きとした様子で、周囲に浮かぶ火の矢をさらに増やしていく。
真っ赤に燃える瞳は真剣ながらも楽しそうで、視線はまっすぐに脅威である頭角魔物を捉えている。
「俺ね、あの人の武器は作れなかったんだよなぁ」
小声で呟く酔っ払い騎士は、一行が立ち止まっている事実にはあえて触れない。
魔物達にバレてもおかしくない距離で、彼らに注目する存在はいない。魔物の全てが魔導騎士を認め、そこへ全力を向けている。
不良騎士や魔道具愛好騎士も立ち尽くし、冷や汗騎士は絶句していた。
「武器がなくても戦える天才だよ」
火を自在に操る竜が人型になったような、それだけの脅威と恐怖を覚えさせる戦闘方法だった。
無謀に突っ込んできたスケルトンの頭を掴み、地面へと叩きつける。半ば割れた頭を踏みつけ、肋骨の裏側に隠れている生命核に向けて火の矢を放つ。
ばたばたと暴れていたスケルトンが散骨状態となれば、次は棍棒を振り上げた小鬼の無防備な腹を剣で切り裂く。素早いあまり、三連撃の切り口は爪痕のように惨い有様だ。
背後から迫った樹木魔物は突如現れた炎の壁で灰となり、上空から垂直落下した毒蜂は鞘を使って叩き落とす。標本のように各部位へ火の矢が突き刺さり、あっという間に炎が生命核へと届いて焼き潰す。
戦闘よりも蹂躙という言葉が似合う光景だが、一人で戦い続ける魔導騎士の歩みは遅い。頭角魔物との距離は離れていき、むしろ巨大な骸骨騎士は戦線から離脱しようとしている。
頭角魔物は赤い騎士服を着ている。その胸で揺れる勲章を見つけた酔っ払い騎士は、頭の芯から冷えていく気がした。
「血焼け戦争の……」
冷や汗騎士よりも遥かに年上の酔っ払い騎士は、若い頃に叙勲式で見た覚えがあった。それを誇りとするかのように受け取った相手も、胸に輝く様も全て。
数多くの勲章をつけていた男の、先ほどまでの服装を思い出す。赤い服や剣は変わらず、馬に乗る時の背筋をまっすぐに伸ばしている姿もいつも通り。
胸に輝く勲章は数多く、全てを知っているわけではない。それでも血焼け戦争での功績を讃える勲章を、遠征隊長のハナヤ・カーナは着けていなかった。
「ヒィヤ、早く瘴気の外へ!」
「呼び捨て!?俺、こう見えて護衛の統括を……」
「頭角魔物の狙いはハナヤ殿かもしれない!」
『はぁっ!?』
酔っ払い騎士の言葉に、不良騎士や魔道具愛好騎士も素っ頓狂な声を上げた。
しかし普段は顔を赤くして酒臭い笑顔で笑う男が、今は真面目な様子で焦りの表情を浮かべている。
運んできた襲撃者達の容態も悪化する一方であり、魔導騎士の戦いに入るのはむしろ足を引っ張る可能性が大きい。
困惑する不良騎士達に号令するように、冷や汗騎士は瘴気の外へ指先を向ける。
「全速前進!」
「いや、でも……」
「頭角魔物の退路方向に避難所がある!
狙いが誰にせよ、最悪な場合は避難民が巻き込まれる!」
「ショウは何か記録を取ってくれ。そういう魔道具を持ってると自慢してただろ?」
「承知の助!最新作が唸るでござるなぁ!」
渋る不良騎士を真正面から論破する冷や汗騎士が、真っ先に走り出した。
避難所には非戦闘員も多く滞在しており、その中には若侍女である十五歳の少女も含まれている。
頭角魔物の強さは先ほど確認した。冷や汗騎士では確実に負ける相手だが、逃げるという選択肢は最初から用意されていない。
荷台を引っ張る酔っ払い騎士は魔道具愛好騎士に、密やかに指示を出す。
全貌はまだ掴めていないが、何か異常事態が起きているのは確かだ。事が終わった時に謎を解き明かすためには――証拠が必要だ。
魔道具愛好騎士は水晶が嵌め込まれた箱を取り出す。両手で持てる大きさのそれで、水晶に頭角魔物が映るように持ち方を工夫する。
「ああもう!やってやらぁ!」
避難所の老人が「騎士様頑張ってね」と言って、渡してくれた林檎パイの味を思い出す。ねっとりとした果肉の食感と、サクサクっとした生地の美味しさ。
貧民街や孤児院では感謝されることは少なかった。誰もそんな余裕がないのだから、当然のことだと切り捨てていた。けれど避難所にいる者達も同じはずなのに、不良騎士へ優しくしてくれた。
走り出すには充分で、荷台を押す力をより一層込める。魔道具愛好騎士分も賄うように、不良騎士は瘴気の外へ鋭い視線を送る。
「いくぜ、ゴラァっ!!」
魔物の群れは魔導騎士に任せ、頭角魔物を追いかける。
陽射しすら遮る瘴気が薄くなっていき、激しい戦闘音が痛いくらいに耳へと届く。
浄化遠征隊と魔物達による乱戦の渦中へ、冷や汗騎士達は飛び込むのであった。




