第41話「特攻やろう聖女チーム」
襲撃者から守護符の耳飾りを取り上げた冷や汗騎士は、魔道具愛好騎士と不良騎士に投げ渡す。
「レイは絶対に聖女様から離れるなよ?」
「わかっている」
「あの、僕は、そのなんというか、あいたー!?」
短くも真っ直ぐでさらりと揺れる赤髪。瞳の青と対照的にな色合いと顔立ちの美しさにドギマギしてた間抜け騎士だが、容赦なく細身剣で耳たぶに穴を開けられたことで恐怖が優った。
豪快ながらも繊細な技術。服装を体に合わせて採寸し直してから、男装女騎士の絶好調は止まるところを知らない。少なくとも即席護衛騎士達の中でも、今では一番の実力者である。
「血は出ていない。大げさすぎるぞ」
「うぅ……ごめんなさい。ありがとうございます」
「男前上がったんじゃね?見せてみろよ」
涙目でうずくまる間抜け騎士に対し、不良騎士が楽しそうに声をかける。
かなり手に馴染むのか、いつまでも嬉しそうに棍棒を振り回していた。聖女からすると「釘バット」なのだが、その単語を聞き取れるのは人型スライムのみである。
ぶぉんぶぉん、と振り回すたびに音が鳴っている。瘴気は地を這うようにどんよりと重い動きをする気体に近いのだが、それすらも少しかき混ぜられている。
「サケグ殿〜、まさか製作者仲間とは。何故黙っていたのでござる?」
「方向性の違いで絶対喧嘩するからだよ。俺は真剣なの」
「は?拙者の方が本気だが?」
「そこぉ!空気を悪くするな!」
まるで子供の引率者状態の冷や汗騎士だが、周囲を冷静に観察しながらも襲撃者達を手際よく縛り上げていた。
気絶しているおかげであまり瘴気を吸っていないようだが、呻き声と一緒に苦しそうな吐息は途絶えそうにない。
間抜け騎士に守護符を渡した男装女騎士から離れられない聖女は、どんどん顔色が悪くなっていく襲撃者達から視線を逸らす。
見覚えがある。
しっかりと会話したことはないし、何度か見かけた程度ではある。
二週間を共に過ごした相手が、自分を殺そうと企んでいる一味だったことに動揺は隠せない。
「大丈夫か?」
ごくごくごく、と水を飲む手を止めない人型スライムの言葉に、ゆっくりと顔を上げる。
転んだ際に手の平に傷を作ったらしく、それを塞ぐための行為。瘴気の中でも平然とした顔の人型スライムは異質そのものだ。
「……たぶん」
「浄化はできそうか?」
すっ、と人型スライムの指先が襲撃者に向けられる。
血の塊がごぼりと吐き出されて、襲撃者の一人が目を覚ます。口から泡立つ血は止まるところを知らず、助けを求める声もごぼごぼと泡の中に消える。
大地の裂け目が近い位置。目を覚ましたことで進行も早まっているが、他三名も遠くない内に同じ目に遭うだろう。
「あいつらが死んでからでも、自分は構わない」
足先から熱が消えていくような、冷酷な発言だった。
ふさげていた不良騎士すら口を閉ざしてしまい、酔っ払い騎士と言い争いをしていた魔道具愛好騎士も人型スライムへと注目する。
護衛騎士達も密やかに気づいている。守護もなしに瘴気の中で平然と息をして、今にも死にそうな者の前で水を飲む「何か」が紛れ込んでいる。
「今すぐ行きます」
「生かすのか?」
「当たり前じゃないですか!」
胸を張るように、ずびしっと人型スライムの鼻先に人差し指を突きつける聖女。
自信に溢れた声で、迷いなく口に出す。
「困っている人は助けるものなんですから!」
異世界の常識。それに触れた騎士達が目を丸くした。
目前にいる殺しにきた相手が血を吐いているからといって、助ける対象にしてしまうなんて。
それは狂っているのか、底抜けのお人好しなのか。
でも、だからこそ。
この世界に関係ない聖女は、命の危険を省みずに浄化を行おうとしてくれている。
どこまで自覚しているかわからないけれど、行動が答えとして形作られていた。
「……聖女様。俺はサケグとショウとヤンを連れて行きます。
目的は襲撃者達を瘴気の外に出すことと、ケイジさんの手助けです」
「ヒィヤさん……エリは近くにいませんよ?」
「べ、別に彼女の前でだけカッコつけるわけじゃないんですよ!?」
聖女の疑惑が込められた視線に抗議するように告げつつ、指名した三人には襲撃者を運ぶ準備を指示していく。
四人とはいえ、一人ずつ持ち運んでは面倒である。魔道具愛好騎士の魔道具を用いて、板に車輪だけつけたような荷台に襲撃者達を乗せる。
重みは魔道具の効果で軽減されるようだが、それでも三人がかりで運ばなければいけないという謎仕様であった。
「守護符は見た限り一級品ですが、大地の裂け目前では役に立たないでしょう。
決してレイとドージから離れないでください」
「わかりました」
「ドージ、その盾は倒せば自走式の簡易乗り物になるらしい。
聖女様含めて三人を連れて裂け目へ直行しろ。慎重なお前なら制御できると信じているからな」
「しょ、承知いたしました!頑張ります!」
先ほどは新しい武器に振り回されていたことに落ち込んでいた間抜け騎士だが、初めて向けられた信頼に顔が明るくなっていく。
いつだって自信がない彼にとって、期待や信用は遠いものだった。どうせ失敗するのだと、いつも笑われているような気がして怖かった。
だから涙が出そうなくらいに嬉しくて、目頭が熱くなる。冷や汗騎士にとって何気ない一言でも、間抜け騎士にはずっと待っていた言葉だった。
涙が落ちた丸眼鏡のレンズを騎士服の布地で拭き取り、それでも溢れてくる涙は袖で荒く拭き取る。
冷や汗騎士は次の行動に向けて指示を出していたので気づいていないが、男装女騎士と聖女は温かい視線で見守っていた。
淡い茶髪は茸のような形をしていて、丸いどんぐり眼は桃色。聖女と同じくらいの身長は、同い年の騎士に比べれば小さすぎる間抜け騎士。
そんな彼が身の丈二倍の盾を掴む。力持ちなのではなく、盾の素材が軽量のもので作られているからだ。
オリハルコン。ミスリルが切れ味ならば、こちらは頑丈さと軽さが特徴的だ。希少な鉱石ではあるが、他の鉱物と溶かして混ぜることで性質を引き継がせる。
三メートルの盾。その上下には大きな車輪が威嚇飾りのように取り付けられている。軸足を動かすことで、盾を板のように横にして簡易荷台にすることが可能だった。
一見は大きそうに見えたが、四人も乗れば狭いくらいだ。男装女騎士と聖女はお互いに抱き合っている形で、男装女騎士の細くも長い腕が間抜け騎士の腰を掴んでいる。
人型スライムも水を飲み終えて、間抜け騎士の両肩を掴んでいる。草っ原の坂で板に乗って滑り落ちる子供達のような乗り方だ。
間抜け騎士は盾の内側にある固定ベルトに両足を固定。盾上部から伸びるベルトを操縦桿代わりに握りしめ、酔っ払い騎士に教わった通りに自分の方へ引いてみる。
ぐんっ、と加速が体を置いていこうとした。
仰け反る体。瘴気と風を切り裂いて、荒地を進む爽快さ。ガタガタと揺れる乗り心地に焦る中、恐怖と一緒に初めて味わう快感が湧き上がってくる。
怖すぎて歯を食いしばる男装女騎士に、ひたすら悲鳴を上げる聖女。人型スライムは落とされないようにしがみつくだけで精一杯である。
操縦桿代わりのベルトを右に動かせば、盾も同じように動く。左も同様で、やろうと思えば一回転も易々とこなせた。
自分の体以上の性能を、自分の体よりも自在に動かせる。いつものような間抜けが遠ざかっていき、頭に残った信頼の言葉に高揚感が破裂する。
「ひゃっほーい!!」
間抜け騎士は生まれて初めて、高らかに喜びの雄叫びを上げた。
それを聞いた聖女は「ハンドル持つと性格変わるタイプだったー!?」と驚いているが、空気を切り裂く音に紛れて聞こえづらいほどである。
瘴気が濃くなる。大地の裂け目が近くなっていることを証明しており、聖女を中心とした半径五メートル以外は真っ黒な霧のように視界を遮る。
比例して魔物も増えていき、スケルトンが立ち塞がる。
しかし爆走する盾によって轢かれ、粉砕し、呆気なく倒されていくのだ。
それに気づいたのは人型スライムだけであり、砕けたスケルトンに同情しながらポツリと呟く。
「これ、どうやって止まるんだ?」
巨大な大地の裂け目に落ちて死んだ神子の前例もあるのだが、それすらも忘れて大はしゃぎの間抜け騎士。
男装女騎士と聖女が「止まれぇっ!!」と叫ぶのだが、車で換算して百キロの速度では時既に遅く。
「あ」
間抜けな声と共に四人が乗っている大盾は、断崖絶壁のような大地の裂け目上空を飛ぶのであった。




