第40話「酔っ払い騎士の武器」
スケルトン以外の脅威が聖女を襲った。顔は目元以外は見えず、全身を黒衣で隠した者達。
銀の刃を視認した瞬間、聖女の動きが固まった。減速し、立ち止まりかける。
その体を抱えて、男装女騎士は走り続けた。細い体から湧き出る体力と筋力で、聖女の小さな体を軽々と運んでいた。
「ツコネ殿!」
「はぃい!」
怯えた声を出しながら、間抜け騎士が剣を抜く。焦りからか手汗で剣がすっぽ抜けて、ひゅんひゅんと回転しながら飛んでいく。
それが次の攻撃を仕掛けようとした襲撃者の額に当たる。運よく柄の部分だったとはいえ、遠心力がついた鉄の重量が頭を震わした。
倒れた男の覆面を剥ぐのは酔っ払い騎士だった。半径五メートルの安全地帯ギリギリで試みた結果、覆面の下から現れたのはハナヤの側近だった。
耳には浄化の力を込めた守護符の飾り。これのおかげで魔法が使えなくても、瘴気内での単独行動を可能としている。
とことこ追いついた人型スライムには、そういった守護の類は見当たらない。酔っ払い騎士が含み笑いを浮かべながら、話しかけてくる。
「なあ、こいつを瘴気の外に出して耳飾りだけ奪うことできる?」
「耳飾りだけ取っていけ」
そう言って即座に耳飾りを襲撃者から取り上げ、酔っ払い騎士へと投げ渡す。おかげで五メートルの範囲外でも、酔っ払い騎士は瘴気の影響を受けつけない。
苦しそうに呻いて、足をジタバタと暴れさせる襲撃者。首を両手で押さえ、呼吸をするたびに臓腑が焼けるような痛みに襲われている。いずれは血を吐き出し、もがくこともできなくなる。
間抜け騎士の剣を拾い、聖女を追いかける酔っ払い騎士は苦笑を浮かべる。人型スライムにはあまりにも情がない上、命の取捨選択が早すぎた。
「いいのかい?人殺し」
「瘴気で人間が死ぬには一日かかる。
その前に聖女が浄化を終わらせるだろう」
理屈ではそうであっても、健康状態で左右されることもある。なにより死ぬまでに体の内側から腐って灼けるような苦しみを味わうのだ。
先に気が狂うかもしれない。長期間薄い瘴気を吸い込んで苦しみと痛みで廃人になった話は、子供にも言い聞かせるほど有名なのだから。
しかし人型スライムは迷わずに、それでいて焦った様子もなく遅い足取りだ。まるで聖女が成功すると確信しているように。
「あの嬢ちゃん、浄化の力弱いだろ?」
「わかるのか」
「少しだけ魔法を使えるんでね。少なくともこの一帯は無理だと思うよ」
「そうだな」
あっさりと認めるので、酔っ払い騎士は調子を狂わされてしまう。失敗前提の無茶な遠征に、謎の襲撃者。
真実を知っている者は誰も聖女に期待していない。少しずつ戻せるとしても、それには何年かかるだろうか。
それだったら「三人目」を探した方がずっと効率的だ。
「だから助けにきた」
「どうやって」
「奇跡を意図的に起こす」
この場に魔導騎士がいても、酔っ払い騎士と同じ呆れた顔を浮かべただろう。
偶然の積み重ね。盤上から落ちたサイコロが割れて合計二十一の数字目を出すようなことを、人類は奇跡と呼ぶ。
もしもそれが故意に起こせるのだとしたら、それは人の領域ではない。神か、それとも真逆か。
ただ目の前の青年は、当たり前のように告げる。
「簡単なことだろう」
「どこが?」
「聖女を助けることくらい、誰でもできる」
人型スライムにとって奇跡を起こすことは、その程度なのだ。人類であればもっとか高望みして破滅の道を辿るのに、ほんの小さなことに力を使う。
聖女――異世界の少女が困らないように。
「……そうかね」
「お前にはできないのか?無能だな」
「ぶはっはっは!そう言われたら、無理とは言えないねぇ!」
先行していた不良騎士と魔道具愛好騎士が襲撃者二名に手こずっており、一名が間抜け騎士を羽交締めにしている。
聖女を抱えたままの男装女騎士はそこから離れないまま、半径五メートルを意識して冷や汗騎士と共に手練れの襲撃者からの攻撃を避けている。
大地の裂け目まであと半分。瘴気の濃さは守護符があっても息苦しくなるほどに強烈だ。
もしも大地の裂け目近くに護符なしの場合は、一時間も保たないだろう。酔っ払い騎士は体全体が重くなり、頭が拳で殴られたような痛みが響き始める。
しかし人型スライムはとことこと進み続け、襲撃者達の横を素通りしてしまう。歩幅も速度も変わらず、浄化や守護符などを使っている様子もない。
「ライムさん!?」
「先に待っているぞ」
慌てる聖女の声も半分ほど無視して、濃厚な瘴気の霧を突き進む。だがそれを無視するほど、襲撃者達は甘くない。
魔道具愛好騎士を蹴飛ばし、人型スライムへとぶつける。まともな受け身も取れずに転んだ対象へ、銀の刃が振り下ろされる。
傷ができる。胸元を刺されても生きていて、肉が裂けた箇所から水が大量にこぼれ落ちてしまう。
そうなったら人型スライムの正体がバレてしまう。焦っても身動きができない聖女の目前で、柄の長い武器が空気を切り裂いた。
銀の刃が跳ね返されるだけでなく、根本からポッキリと折られていた。重厚な衝撃は、襲撃者の両肘を痺れさせて動かなくした。
金槌。
鍛冶場で使うような、火の粉を浴びないために長柄の形。
剣よりも長く、槍よりも短い。先端の槌部分は猛火に負けないヒヒイロカネが使われた一級品だ。
持つだけで大の男も動けないほどの重量を誇る純粋な道具を、酔っ払い騎士は気軽に肩に担いでいた。
「鍛治神、火神、武装神よ。
我が魂を注ぎし武器の数々にご加護を」
カカカカッ、と大地に突き刺さるは魔力が宿りし水晶の筒。
瘴気によって薄暗い空気の中でも輝き放つそれらは星のように美しく、金槌によって一斉に砕かれた際には流星のように煌めいた。
槍、細身剣、棍棒、大盾。四つの武器が垂直落下する鳥の如く、各騎士の手元へと飛んでいく。
不良騎士が受け取ったのは棍棒だった。不規則に釘が打ちつけられ、外観は凶悪な棘サボテンである。重心は先端に重くのしかかり、振り回すだけで破壊力を得られるものだ。
「よくわかんねぇけど……うおりゃぁっ!!」
軽い素振りのつもりだった。さらりと襲撃者は避けたのがその証明だ。
しかし風圧によって足裏が浮き、体勢を崩す。片足立ちとなった対象に向けて、魔道具愛好騎士の新作魔道具の鎖蛇がぞるりと動き出す。
全身に絡みつく鎖は次第に体を締めつけていき、呼吸や意識が途絶えていく。そうして一人の襲撃者が地面へと倒れた。
武器の強さに驚く不良騎士の真横を、大盾が走る壁のように通り過ぎていく。
自走式の大盾に振り回されている間抜け騎士は涙目だが、彼を羽交い締めにしていた襲撃者はすでに空中へと放り出されており、その落ちてきた体に冷や汗騎士の槍が突き刺さる。
刃ではない逆側。それでも落下による着地点の小ささにより、腹に強烈な一撃が与えられたのは間違いない。ずるりと、また一人地に伏す。
「アーセデル殿、頼む!」
「おまっ、聖女様を投げるな!」
まるで軽い荷物のように放り出された聖女を、槍を手放してかろうじて受け止めた冷や汗騎士。視界にはすでに倒された襲撃者が一人、耳からは守護符飾りがなくなっていた。
耳飾りをつけた男装女騎士が細身剣と一体化したかのように、直線的に手練の襲撃者へと攻撃を仕掛ける。
少しだけ横にずれてしまえば避けられる。音もなく動いて、通り過ぎる騎士の脇腹へと刃を突き刺そうとした瞬間。
視線が合う。
鋭い、見逃さないという強い意志。
足の付け根が大地に触れるほどの開脚。さらには腰をぐにゃりと曲げで、頭までもが大地に近い。
柔らかい体躯によって銀の刃は空振り、その手首に針のように細い剣が突き刺さった。痛みに声を上げる前、鞭のようにしなる刃がスゥッと離れていく。
ピッ、と弧を描く血の跡は地面が吸う。細身剣は主人を示すかのように、穢れなき剣先を真っ直ぐと天を指していた。
「我が名はレイ・ジン。
いざ参る」
名乗り上げ、即座の瞬歩。
縦横無尽の体勢から繰り広げられる刺突は素早く、手練ですら十以降は数えることすら叶わなかった。
身体中に無数の穴が空いて倒れていく手練は「見事……」と、男装女騎士の美しき技術を褒め称えた。
酔っ払い騎士の手によって人型スライムが起き上がる頃。
新たな武器を手に入れた騎士達により、襲撃者は全員倒されているのであった。




