第38話「なんのために」
不良騎士達も気分酔いして一晩明けると、不思議と連携が上手くいくようになっていた。
特に日頃の不満を吐き出した不良騎士が、率先して動くようになったことが大きいだろう。冷や汗騎士の指示も的確に把握し、素直に従うようになっている。
男装女騎士も騎士服の採寸を間抜け騎士にお願いし、以前とは見違えるような動きで突貫護衛騎士集団の中でも群を抜く実力を発揮し始めた。
間抜け騎士も周囲の動きを見て立ち回りを変えるようになり、彼が失敗しかけると魔道具愛好騎士が補佐する形が整う。
酔っ払い騎士は常にやる気がない状態だが、魔導騎士からは「本気を出せば変わる」と言うので、冷や汗騎士も彼の自由さを尊重した。
彼らが率先して巡回しながら実力を上げていくと、周囲も感化されたように動きに変化が訪れた。
生まれた余裕から避難所全体の精神的な面の負担を減らすため、気遣いや優しい言葉が多くなっていく。
聖女の浄化も翌日に迫った五日目の昼。そんな明るさを打ち砕く血の臭いが広がった。
巡回していた三人編成の混合騎士隊の一つが崩壊した。
一人が血塗れで避難所に駆け込み、ひたすら熱に浮かされたようにうわ言で「スケルトン」と呟き続け、治療の甲斐も虚しく息絶えた。
六人編成の隊を巡回路に差し向けたところ、残り二人の死体は見つからなかった。
代わりに出会ったのは――骸骨の群れ。
そして騎士服を着た骸骨を目撃した瞬間、六人編成隊は撤退を即座に決める。
無事に逃げおおせた騎士達は口々に「ありえない」と吐き捨てていた。信じられないと、怒りを周囲にばら撒いていた。
「ありのままを話せ」
遠征隊長であるハナヤの厳かな声で、騎士達は正気を取り戻す。
そして前例が少ない魔物の群れについて報告。さらには仲間を増やす手段すら構築していると、推測も交えた。
「死体はありませんでした。代わりに……魔物に成り果てていたのです」
その衝撃は避難所中に広がるが、人型スライムと聖女はよくわかっていなかった。
二人のポカンとした間抜けな表情を周囲に悟られないように隠し、魔導騎士が小さな声で説明を始める。
魔物は基本的に群れることはない。
仲間や同族という意識が極端に薄い性質のため、同じ分類名でも一箇所に集まれば縄張り争いのように戦うのが常である。
しかし強力な個体が現れると、その前提が崩れてしまうことがある。
強力な魔物の配下となり、各自の利点を補うことで協力し合う。
感情ではなく実利優先ではあるが、魔物の群れというのは脅威を数十倍に引き上げる危険性があった。
分類が異なる魔物達が集まり、数の利で押し寄せる。普段であれば騎士三人もいれば魔物相手など怖くないのだが、群れ相手では大隊を率いても五分に持ち込めるかどうかだ。
「スケルトンって……?」
「いわゆる骸骨兵士です。前に話した人型の一つで、武器を扱う厄介な魔物です」
スライムが出るゲームを遊んでいれば、妙に頭部が長いデザインのスケルトンに出会えるのだ。
人の形に近いので最初は驚いてしまう。設定はゲームによって異なってくるので一概には言えないが、視覚的に倒すことへの恐怖を覚える。
それもゲームで遊んでいるうちに忘れてしまい、序盤に出てきた敵くらいの立ち位置に落ち着いてしまうのだけれど。
聖女がいる異世界では、一匹でもいるだけで厄介な存在なのである。
まず気配がない。当然、骨だけだからだ。獣臭くもないし、服を着ているせいで暗闇では人間に間違えることが多くて判断が遅れる。
しかし一番は弓矢や剣といった、武器が扱えるという点だ。死体が生前覚えていたことならば、魔法だって使うことができる。
「スケルトンってもしかして……」
「生前は人間です。しかし瘴気によって死亡し、変質して魔物になったのです」
ここでようやく聖女は避難所の動揺に同調することができた。
ジャルネット村近辺で現れたスケルトン。生前が人間であり、瘴気によって変質したのならば……村に住んでいた者の可能性がある。
顔見知りかもしれない。あの時置いてきてしまった相手が、恨みを持って現れたのではないかなどの不安。
「過去にスケルトン戦争というものが起きまして、それ以来死体は火葬する習わしとなっています」
「……」
「魂は死神の管理下にあり、生前が人間の体というだけで意志などが残っているわけではないので……」
聖女の顔色が悪い。どんなに説明しても受け入れてもらえない。
それは避難所にいる村人達や騎士も同様だ。特に今回最悪なのは、目撃された騎士服を着たスケルトンである。
死体が見つからなかった二名と、同じ色の騎士服を着ていたと報告された。
もしもそれが本当ならば、スケルトン達に襲われた後に瘴気が満ちる場所に運ばれたということ。
巡回路は正気の手から遠くしていた。襲撃地点も地図上では瘴気から離れている場所であるのに関わらずだ。
魔物の群れとなったスケルトン達は、仲間を増やすという手段を獲得したことになる。
犠牲者が増えるほど、脅威は格段に跳ね上がっていく。
「魔物の群れの弱点は?」
人型スライムが呟いた内容で、魔導騎士もようやく落ち着いた。
もしも魔物の群れが有効すぎるのであれば、もっと広がっていてもおかしくないのである。
実際は魔物の群れが現れるのは稀有だ。その理由は人類が戦った痕跡から判明している。
「頭――群れを統率する頭角魔物を倒す」
頭角魔物という単語は滅多に使われない。ただ群れの頭と表現するならば、必ずといっていいほど出てくる。
魔物の群れは一匹の強い魔物によって、利害一致で魔物達が集まった形である。この頭角魔物は配下に守られているわけではなく、暴れた際に発生するおこぼれを配下魔物が集めるのだ。
そして頭角魔物を倒すと、それを知った魔物達は動揺して拡散する。逃げ惑い、攻撃の意思を失うのである。
生き方を変えた魔物達にとって、生存に必要な頭角を失うことは損失である。
即座に縄張り争いが始まらないように、散り散りになって逃げる。逃げた先で新たな安住の地を見つけるまで、ひたすら退散するのだ。
過去のスケルトン戦争でも同じ現象が発生しており、学者達はそう結論づけた。頭角魔物を優先して倒せば、他の魔物は逃げていく。脅威が消えるのだと。
「ハルカ。スケルトンは瘴気を使って仲間を増やすのなら、瘴気を消せばいいはずだ」
「……で、でも瘴気って広範囲で、私あんなにたくさん消すこと……」
「できる」
断言した。
青い瞳でまっすぐと不安そうな聖女を見つめ、人型スライムは迷いなく言い放つ。
「そのために助ける」
「……」
「覚悟は決まったか?」
聖女だって死んでしまえば、瘴気の中で変質して魔物になってしまうかもしれない。
異世界は優しくない。現実的で、もうゲームの中という認識は消えた。モブなんていないし、誰もが目の前で生きている。
人型スライムは言った。この異世界で起きていることは、聖女には関係ないことだと。
「やります」
「誰のために?」
最後の問いかけだと直感した。
異世界のため、頑張れって応援してくれた人のためと答えれば――同じ言葉で打ちのめされるだろう。
無力感と恐怖の中でギラギラと輝いているのは、ちっぽけな期待。
「私のため」
ようやく納得する答えを返せた気がして、聖女は力強く微笑んだ。
すると人型スライムも珍しく笑い返してきたので、聖女だけでなく魔導騎士も目を丸くした。
「わかった」
選択肢のない異世界で、無数の中から選んだ答え。
それは洋燈の中で燃える白炎を強くするのに必要な、大事な言葉だった。




