第131話「壁下のお邪魔虫達」
人型スライムを連れて、いざ壁上へ。
晴れやかな形で歩き出したのも束の間で、二人は大事なことを忘れていた。
避難民を受け入れて賑やかになった住宅街では、問題の人物達が続々と集まっていることに。
『イケメン発見伝!!』
「反応早いな、おい」
悪女四天王は即座に疲労困憊の魔導騎士に目をつけ、俊敏に行動を始めた。人型スライムを突き飛ばし、そのせいでよろめいた男の体を支える――名目で触り放題だ。
悪女五人衆の良心であるジェーンも、真面目で清潔感のある魔導騎士には少しだけトキメキを感じていた。軽薄騎士で痛い目を見たせいか、今はそういう嗜好に弱いのである。
突き飛ばされてあっさり地面に転がった人型スライムは不服そうな表情で倒れたままだったが、体中の水気が冷えていくような感覚に嫌な気配を覚えた。
「ああ、お会いできてよかっ」
ふらふらとした足取りでいながら、即座に寄ってくる大神官。
頬を赤らめた美形という姿に周囲の人間が見惚れるが、人型スライムは迅速に移動して魔導騎士の背中に隠れた。
なお魔導騎士の胸板やあまり他者に触れてほしくない場所には悪女達の手が何かを探るように這いずり回っている。
「ライム……様、とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「断る」
「では女神様に選ばれし尊き御方と」
「断る」
大神官の言葉を強引に遮る形で拒否しながら、その瞳に映らないように魔導騎士を盾にする。
『助けろ』
人型スライムと魔導騎士の声が揃った瞬間である。
悪女達の手は遠慮ない上に、それを見たおばちゃん達も色気づき始めた。大神官が女神の素晴らしさを朗々と語るので、教会関係者の視線が人型スライムへと集まる。
お互いにすごく居心地が悪い場所。それが避難民を温かく迎え入れた壁下の現状であった。
「……こいつは童貞だぞ」
「ライムっ!?」
助け舟のつもりで囁かれた人型スライムの言葉に、魔導騎士が怒りを表に出す。そういった経験を他人の口で言い触らされるのは、どうにも気分が悪い。
しかし何故か悪女達の気分が高揚してしまい、特に外観はぷるぷると震える子羊系肉食獣なニーアは目を光らせた。
おばちゃん達も「あっらー!お若いわねぇ!かわいいねぇ!!」と大興奮してしまい、美形でありながら綺麗な体で今まで無事だった奇跡を喜ぶかのように大はしゃぎである。
「ライム様、私も童貞ですよ!」
「知らん」
純潔が好きだと勘違いした大神官から嫌な告白を受け、人型スライムは一瞥もくれずに切り捨てた。
しかし色味もほぼ反対な美形二人が共に純潔であり、騎士や大神官という役職から脳内で思考が回転しまくった女性が多発。
さらに魔導騎士の背中に隠れる人型スライムの顔立ちが中世的なことも相まって、三人は人知れず妄想の餌食となっていた。
「婚約者を大事にしているだけだぞ、俺はっ!!」
「……」
「おい、なんだその目は?」
「別に」
切れかけている縁の糸を眺める人型スライムの胡乱な瞳。残念ながらその口からどういう糸が見えているかを聞き出さない限り、その視線に宿った感情の正体はわからない。
とりあえず腹が立ったので顔面をわし掴んでおく。平常時と比べれば明らかに力が弱っているが、人型スライムの腕力等では抜け出すことは不可能である。
「大神官殿、俺達は壁上に用があるのですが……顔色悪いですね」
弱々しい力で悪女達の手を振り払いながら話しかけた魔導騎士は、そこでようやく大神官の様子がおかしいことに気づく。
血に濡れた白い神官服。刃物で裂かれたような布地の隙間から見えるのは濃い赤が滲んだ包帯。肌の色は白に青を混ぜたようで、立っているのがやっとのようだ。
冴えない笑顔を浮かべる大神官は、杖を片手に立ち続けている。そして時折確認しにくる相手に対し、誠実な答えを返していた。
「でしたら、あちらに騎士団長が二名おります。そちらに声をおかけください」
「ありがとうございます。あまりご無理をなさらぬように」
「お気遣い痛み入ります。それでライム様は……」
「連れて行きますのでご心配なく。ほら、さっさと行くぞ」
「あ、いや、置いていただいても構わな……」
避難民も受け入れて騒がしい場所に魔物を残していかないという気遣いと、女神に選ばれた魔物とお近づきになりたい下心がすれ違った。
それはそれで一部の女性達の物語の肥やしになるのだが、魔導騎士は気にしない。そういう妄想というものはどんな形も簡単に捻じ曲げてしまえる力がある。
神聖騎士団と王宮騎士団。両方の頭を担う男達は、魔法使いが手にしている魔道具に対して難しい顔を浮かべていた。
「骨壷が貧民街に落ちたという報告は必要なのか?」
『もちろん。ハナヤ殿が取りに行こうと飛び降りかけているのだからね』
「まず何故骨壷を持ち歩く必要が?」
『半身に対する贖罪とか弔いじゃないかな。僕は全く興味ないけど』
魔法使いが手にしている硝子板の内部では、青白い閃光が散っては消えている。それに合わせて声が聞こえており、聞き覚えがある魔導騎士が反応する。
「カール団長、壁上の状況はいかがですか?」
『君の体調よりは良好だよ。そんなズダボロの状態で、邪魔しに来たのかい?』
軽口でズバリと魔導騎士の状態を言い当てた。壁を越えて魔物達を牽制した魔法の数々でおおよそを把握しているのだろうとは思っていたが、予想以上である。
力が消えていく四肢とは反対に、鼓動だけが強まっていく。心臓を無理やり稼働させて、気力だけで体を動かしているのを見破られていた。
しかし魔導騎士は顔色一つ変えない。この上司の軽口や嫌味など、目の前にある課題に比べればさほど重要ではない。
「そうです。魔物の邪魔をしに来ました」
『……へぇ』
声色が変わる。興味と好奇心、愉快犯の感心したような吐息に近い。
団長達もそれだけで察したのだろう。歴戦の騎士達の視線が、魔導騎士の背中に隠れる人型スライムへと向けられた。
「獅子舞元帥の狙いがライムへとブレた今、その策略を意図的に崩せる好機と思いませんか?」
『……君、何したの?』
魔導騎士の言葉には応じず、魔道具越しで問いかける。
魔物同士の戦いなど人間は関与しないし、放置するに限る。しかし謎が多い獅子舞元帥の情報を得るには、うってつけの機会だった。
運命の外側で発生し、呼吸を続ける命。人間が驚くほどの知性を宿す魔物が、どうしてスライムという最弱の存在に目をつけたのか。
「本で虫を叩き落とした」
人型スライムの答えは簡潔で、嘘など一つも入っていない。
しかし人間側にしてみれば現状と全く繋がらない情報であり、わけがわからないと怒りが溢れそうになる内容である。
穏やかな人格で知られる神聖騎士団長ですら厳しい視線を向ける中、魔導騎士団長だけが何かを思いついたように声を出す。
『あ、なるほど。虫……そうか』
「団長?」
『でも虫を叩き落とした程度で、そんな……本、そうだ本!』
「何かわかったのですか?」
目の前が開けたかのような明るい声に、魔導騎士だけでなく団長二人も前のめりになる。
魔道具を持っている魔法使いがその勢いに圧倒されるが、手放すことはしない。
『獅子舞元帥は読書家……本の虫なんだね!』
この狸爺、とうとう耄碌したか。
突拍子がないのはいつものことではあるが、ここまで奇天烈な発想をすると加齢による脳の衰えを感じてしまう。
名だたる騎士達が揃ってため息を吐こうとした矢先。
「正解」
人型スライムだけが魔導騎士団長の説に、太鼓判を押したのであった。




