第128話「無視できない虫」
結界は魔物の侵入を防ぐ。その認識に間違いはない。
しかし魔物の「全て」を拒否できるわけではないことを、人間達は無意識の内に知っている。
たとえば素材。スライムの皮膜やツルギトラの牙、生命核が壊された後も残って利用できる残骸達。
加工物。それこそ生命核自体を魔石にしたり、宝飾品等にするため手を加えたもの。
許諾品。魔法を使って生命核自体に命令違反などで自滅する機能を備えて、結界に「素材になるもの」として認識させる。
魔法学校でスライムが教材に使われること、聖女のローブや騎士服が魔物達素材で加工されたものであるなど、人間の生活に魔物という存在は強く食い込んでいる。
結界とは魔物の生命核を軸に侵入を認識しており、人間の手が加えられていないものを消すように作られている。
多くの一般人はそこまではわかっておらず「脅威」に対して結界が有効である、くらいの認知度だ。
獅子舞元帥の方が、結界を理解している。
違法の闘技場へと運ばれていく魔物馬車を襲い、檻の中に捕えられていたあらゆる魔物を生きたまま調べてわかった。
生命核に命令を付与する魔法は複雑すぎて再現できなかったが、結界の特性を理解した魔物は獅子舞元帥が初めてである。
だから溶かした。生きたままの魔物達と一緒に王碧鉄鋼を煮込み、その生命核に刻まれた魔法を鉱石に吸収させる。
手先が器用な魔物に鎧の形を作らせて、獅子舞元帥は物語に出てくる勇者のような姿になった。
魔物として無加工でありながら、加工された鎧を着ることで結界の対抗策とする。
残念ながらその真意を理解できる魔物は獅子舞元帥の他にはなく、ただ割れた鏡に映る獅子頭は歪な表情を浮かべていた。
――――――;
情報収集に使うのは鳥と鼠、そして虫。
魔物でもある程度の知能と魔力を持っていれば、魔法を使うことができる。人間のような精度はなく、単純なものだけだとしても脅威である。
獅子舞元帥は魔法が使える魔物を集め、同じ内容を指示する。それは魔法使いならば誰でも使えるが、好んで使おうとは思わないもの。
視界共有。
他者の視界を、自分も見る。ただし行動を操ることはできず、不意の動きに酔いやすい。
普段の視界の高さと違うだけで処理能力を圧迫し、聴覚まで共有しないので会話も聞こえないのだ。
小動物を操り、五感全てを共有となると高度な魔法となってしまい、魔物達は扱うことができない。
しかし獅子舞元帥にはそれだけで充分だった。
人間の言葉など魔物達は理解できないし、わかったところで解読に時間を費やす。有益な情報を音から拾おうとするだけ無駄である。
しかし視界だけならば、音の何倍も情報が獲得できる。特に鼠は人を避けて狭いところを進むし、虫は隙間に入り込む。俯瞰図は鳥に任せればいい。
結界の要となる「壁」の情報が集まれば、獅子舞元帥の作戦は九割完成するのだ。
壁の中は鼠も虫も入り放題だ。動物などの生命は元から結界に拒まれず、魔法も人間が使うものであるから弾かれない。
魔物は完全に侵入できないのではなく、方法があっても理解できないだけである。獅子舞元帥はその攻略方法を自力で見つけただけ。
壁上では人間達が石霰として降ってきたもの達を貧民街の方はと流し、崩壊した部分から騎士を引き上げている。
歯車は石が機構に入り込んだことで一部止まっているが、その他の場所では動き続けているのが蟻と視覚共有してる魔物から報告された。
昔と違う。かつて滅ぼした国では、壁の一部さえ壊してしまえば結界が消えたのに。
竜が忌々しそうに魔物の軍勢を睨んでいるが、飛び立つ様子がない。それは軍勢に参加してる魔物からの報告でも充分だった。
人間達の動きに意味はない。攻撃再開に瀕すれば守備か反撃の二択しか存在せず、個の意味は消える。
竜もわかっている。結界の内部にいるから集中砲火を受けず、単身で魔物の相手をする必要がないことを。
竜の目的は魔物ではない。
本当の狙いを獅子舞元帥は知らない。
それで問題ない。竜を倒すついでに、もう一度国を滅ぼすだけなのだから。
頭に残る雑念――位置が違う。
それは横槍された意識ではあるが、獅子舞元帥にしてみれば直感と思う程度のことだ。
回る歯車は複雑に奥深く、全ての流れを把握することは不可能だ。ただ城砦の要石のように、必ず大黒柱のような大歯車があるはず。
今回はその位置がズレたか。下調べをしたつもりであっても、結界はブレるだけで消失しなかった。
もしくは蜘蛛の巣のように網目状となって、一本の太い糸が途切れても巣自体は保たれている仕組みか。
壁を破壊する流れは数の暴力でどうにでもなるが、時間をかけて対策を立てられてしまうのは面倒だった。
魔物達に鼠と虫の視界で大きな歯車の数を確認しているが、十を超えたあたりで別の指示を出す。
結界の発生と維持の装置。その仕組みを詳しく調べたところで理解する時間が必要になる。
それよりも簡潔にできることを。
――結界内にいる魔物を探す。
外側からの攻略が難しいのならば、内側から蝕む。獅子身中の虫といったように、人間は生活に「魔物」を使っている。
素材や加工品では意味がない。許諾品――生きたまま内側へと招かれた、意思ある存在。
命令違反で自滅する機能は確認済みだ。魔法を使える人間が、その合図を口に出すことで魔法が完成する。
封じる方法はいくらでもある。
視界共有している中でも路地を進む鼠や鳥を管轄している部下に確認を取ろうとした矢先、奇妙な報告を受けた。
まるで見透かすかのように、視線を合わせてくる人型の魔物がいる。
人間そっくりなため人狼かと思ったが、人を騙す様子や友好的な表情もしない。ただ無表情に虫と視線を合わせるだけ。
虫を追いかけることはできても、視線は合わないのが人間の基本だ。
獅子舞元帥は共有を広げるように指示し、虫から見える人型の魔物を観察する。
白い長髪。青い瞳。どう見ても人間にしか見えないが、頬の傷口から水が流れている。裂けた皮膚の奥には透明な皮膜。
スライム。
獅子舞元帥の森林迷宮には多種多様なスライムが存在するが、それは初めて見る外観だった。
まずスライムに目や口はなく、弾力のある透明な皮袋の姿がほとんどだ。毒沼や水銀窟など発生する場所で性質は異なるが、大きな差は出ない。
結界の内側にいる人型のスライム。駒としてちょうどいいと感じた獅子舞元帥は、操作系の魔法を得意とする魔物に命令を下そうとした。
共有された視界でスライムの手が動く。
近くに捨てられていた絵本を拾い上げ、虫の視線の先に合わせて指を動かす。
『オ マ エ ハ テ キ ダ』
そして閉じた本を上から叩き落とすようにして、虫を潰した。
瞬間、視界共有が強制的に打ち切られ、その反動が生命核に微細な衝撃を与える。
視界共有の魔法をかけていた魔物はひっくり返って、虫の息だ。獅子舞元帥は鎧の上から胸元を押さえながら、唸り声を上げて牙を見せる。
獅子舞元帥と同じ知能か、その上か。
魔物の中でも弱小という存在でありながら、遙か上の実力を持つ――頭角魔物に従わない。
本で虫を叩き潰した。その行為がなによりも許せなかった。
あらゆる面で稀有という価値を含めても。
まずは八つ裂きにして身の程を思い知らせなければ気が済まない。
獅子舞元帥の咆哮は人間にも通じる言葉となり、王都に住む民全ての脳に伝わる。
それは新たな生贄を求める、混乱の幕開けだった。




