第127話「獅子舞元帥の石霰」
獅子舞元帥の飛来はあらゆる衝撃を王都に与えた。
バチバチバチッ、と花火の破裂が直近で連続しているように響き続け、見えない結界の膜がブレているように感じられるのだ。
水中の泡が割れる瞬間を内側から見ている気分になり、誰もが息を呑んだ。雪崩れ込むのは水ではなく、魔物の軍勢と瘴気。
揺れる結界に呼応するように空気が震え、肌が痛くなる。しかし気にしている余裕すら出てこない。
ジャックレオの体躯は二メートル越え。しかし三メートルまでの大きさは目撃されておらず、獅子舞元帥も平均もしくはそれより小さい。
しかし存在感の圧が強すぎる。王碧鉄鋼の鎧が間近で見れば粘土細工のように思えても、それを着て結界に触れ続けるという異常が恐怖を引き立たせる。
王城からではかろうじて緑だとわかるくらいの点なのに、それが国を滅ぼせる存在だと雄弁に語っている。
魔物が結界で消されない。女神の力に触れて、対応できる知恵。それを体現する度胸。まっすぐ敵から目を離さない殺意。そして戦いを終わらせないという強い意志。
まるで物語のような英雄。怯えず、挫けず、諦めず。勝利に向かって突き進む勇猛さ。
竜の口で作られた火炎球が、敵への恐怖から讃える感情を打ち消した。
湖を作れるほどの大きな隕石ほどだったが、それが撃ち出される前に獅子舞元帥は結界を足場に跳ね退いた。黒い軍勢の波間に消えて、その特徴的な緑をあっさりと隠す。
火炎球は軍勢の後方に狙いをつけて吐き出され、大きな陥没穴が作り上げられた。それでも魔物達の足並みは乱れるどころが、軍靴の行進のように整っていく。
{小賢しい!}
竜にしてみればその程度なのかもしれないが、人間にしてみれば全てのやる気を失わせるのに充分な結果を出した。
結界に触れてものともしない魔物は、竜の圧倒的な攻撃から逃れた上で攻撃の手を緩めていない。
今も結界の近くで隠れているとなれば、大将首が近くにあるということ。それなのに討ち取れることが想像できないのだ。
「……総員、構え」
くるり、と杖を回しながら持ち方を変える。魔導騎士団長の真面目な声音は、一瞬誰の言葉なのか判別を失わせた。
「今のは偵察だな」
感心しながらも、舌打ちしそうな調子で呟いたのは骨壷騎士である。
今のは攻撃でもなんでもない。本命登場という派手なことでもない。囮調査を総大将が体を張って行っただけ。
竜から目を離さずに、壁を俯瞰できる位置。そうして危機の中で行動できた騎士の動きを観察していた。
「さすが亡国の魔物。固有名が与えられたのも納得だ」
「士気を下げるな」
「事実を言ったまでさ。むしろあれを倒せば、この戦いは未来永劫語られるだろう」
「勝算は?」
その言葉に魔導騎士団長は何も答えなかった。否定はしないが、肯定もしない。
どうして結界に触れるという無茶をしたか。その原因は獅子舞元帥の戦略を遅らせる意味でも作った白い太陽のせいだ。
魔導騎士団長としては新魔法の実験も兼ねていたが、民衆の緊張緩和やあらゆる利点を考えての手法である。
暗い場所では偵察能力が落ちていく。魔物は瘴気の中で動くため夜目が利くが、人間は視界からの情報が損なわれるほど不安を感じやすい。
全体の把握のためにも良策という自信はあったが、それは獅子舞元帥にとっての利点にもなってしまった。
どこまでが策略で、偶然なのか。その思考は読み取れないが、投石が止まらない理由は判明した。
白い太陽と竜、魔法で対応できる限界値の探り方。そして白い太陽の迎撃範囲に、反応速度。
あまりの速さに竜や騎士も対応できない飛来を見せつけた獅子舞元帥。その登場からぴたりと落石が止まってることからもこれから起きることは明白。
白い太陽も反応できない速度と数で圧倒。それを証明するかのように、風切り音が多重に頭上から響いてくる。
巨石ではなくても、人間の頭大の大きさ。
岩石の雨霰が始まった。
――――――;
あらゆる者の口から笑みが消えた。
壁を削るための雨。魔物が作り上げた石霰。竜がどれだけ魔法で対抗しても、白い太陽が迎撃しても、魔法使い達が防壁を作っても。
それは面を埋めるように降り続け、積もっていく。壁上が砂利道から石山までできている。
足の甲が砕けた小石で埋まる。抜け出そうと動いている間も、バラバラと落ちてくる。
砕けたせいで尖り、速度がついて皮膚を傷つける。盾を傘のように頭上にかざしても、重みで崩れ落ちる。
壁上から溢れた小石が少しずつ王都側へ流れていく。下で作戦会議していた騎士達や避難民も距離を取るために動き始めていた。
間抜け騎士の大盾の下で守られている聖女は、天候のような石の攻撃に呆然としていた。災害に近いが、意思がある。
破片の尖りこそが敵意だ。逃げられないように足首を埋める数が決意だ。止むことなく降り続けるのは殺意だ。
必ず滅ぼす、という声なき宣言である。
「攻撃が特定位置に偏ってる!石は貧民街側に落とせ!」
「重みで壁が崩れる!厚みに変えろ!」
「結界装置だけは守れ!!」
石が落ちる音というのは嵐よりも激しく、自然と報連相の声も大きくなっていく。そのせいで逆に団長といった一個人の声が通らない。
骨壷騎士の「集まるな」という声も届かず、魔導騎士団長の「動くな」の指示も無視されてしまう。
そうして騎士が守ろうと向かう場所は自然と遠目からでもわかる形になり、雨の中に雪だるまが混じるように巨石が落ちてくる。
数で圧倒されているが故に、攻撃は自然と威力よりも手数勝負。そこに質量が潜り込むと、同じ威力で対応するしかない。
砕けても破片が大きい。速度と比例して衝突時の衝撃が強くなり、足場に陥没を複数発生させる。
陥没が集まれば、蜘蛛の巣のようにひび割れが広がっていく。そうして割れ目が繋がった先で、崩壊が始まった。
騎士が何人も巻き込まれながら壁の中へ落下していく。歯車が動き、結界の発生と維持を担う機構の働きを阻害。
歯車が崩れ、割れて、止まる。悲鳴も石霰の音で掻き消されながらも、その異変は確かな異様を実感させた。
結界がブレる。途切れては再生する。今にも千切れそうな縄のような不安定さで、結界が消えかけている。
目の前の軍勢が今にも侵入を開始しそうな状況を見ながら、貧民街の端材で石の雨霰を凌いでいた冷や汗騎士と魔導具愛好騎士は不自然なものを見る。
糸が煌めいた。
蜘蛛の糸みたいに細くて、朝露を宿したように光を反射して。全ての現実とかけ離れたように風で揺れながら。
伸びる。何かを辿って、結界をすり抜けて、魔物の軍勢に一切気取られずに。
まるで幽霊のように堂々と黒い波の向こう側へ進み、王碧鉄鋼の鎧を着る獅子舞元帥の脇をすり抜けて、後頭部からするりと体内へ沈んでいく。
思考に走った雑念。
それを攻撃だと直感した獅子舞元帥は、即座に魔力を体全体に解き放った。
それだけで糸は切れた。しかし雑念程度とはいえ、それは獅子舞元帥の深層心理へと絡みつく。
位置が違う。
たったそれだけ。しかし一匹だけで軍勢に指示を出し、詳しい戦略を語っていない獅子舞元帥にとっては致命的な疑念。
慎重に掴んだ情報の精査が必要と感じ、投石の停止を命じる。数分後、壁上を襲う石霰は途絶えた。
突然の攻撃停止に疑問を感じつつも、次の攻撃への猶予を掴んだと骨壷騎士が大声で命令を下す。その声に従い、騎士達が心を一つにする。
人型スライムはため息を吐く。
遠くからでも、一回だけ洋燈の機能を使えた。疲労感は強いが、おかげで位置は掴めた。
「壁の向こう側か」
最悪だった。だから獅子舞元帥に攻撃を止めさせた。
人類の自滅装置。その役目を果たすために、人型スライムは人類の味方となる。
それは望まない形とはいえ、獅子舞元帥と敵対することを意味していた。




