第126話「結界越しの動向」
結界越しの攻撃に警戒した魔物達は、見えない力に触れないように王都の周辺を埋めていく。ぐるりと緩やかな弧を描く黒の軍勢。
範囲が広がったことに嫌な予感を覚え、魔道具愛好騎士と冷や汗騎士は瘴気の中に隠れながら合流する。真上に輝く白い太陽があるとはいえ、瘴気はあまり光を通さない。
ノリで落下して戦ったものはいいが、制限時間が気になってきた冷や汗騎士は頭の頂点からダラダラと汗を流している。
「俺、この戦いが終わったらエリさんに告白するんだ」
「それは国の崩壊も含まれているでござる?」
「広義的な意味で言うなよ……」
戦いの終わりとは結果が決まることである。勝者と敗者の区別をつけるだけでなく、これ以上戦えないという状況も範囲に入る。
冷や汗騎士の密やかな誓いを疑問で粉々にした魔道具愛好騎士は、空から飛来しては撃ち落とされている鉱石を収納用魔石に吸い込んで集めていた。
石板だけでは量が足りないのは明白だった。そして冷や汗騎士が自分を指名したことに、魔道具愛好騎士はいい流れが来ていると楽しい気分を味わっていたのも束の間。
魔物達の動きがおかしいのを察知した。
結界に触れて怯えるならまだしも、それに対応して周囲の逃げ場を埋めていく戦法。前衛がどれだけ失われても、続々と後衛が迫ってくる。
上空からの攻撃以外にも、隙を狙うかのような大槍の投擲。白い太陽や竜が迎撃しているため人間の負担は減っているが、攻撃は苛烈さを増している。
槍自体も森林迷宮のみにしか自生しない希少樹木から作られているため、魔道具騎士は破片として降ってくるそれらもちゃっかり集めていた。
「いや、てかさ……俺まだ平気?」
「さっぱり皆目がつかない代物で候」
「だよなぁ!?おかしいと思ったんだよぉ!!」
仲間を信じて飛び降りたものの、上手くいきすぎて不安に襲われ始めたらしい。
槍を手放さないものの、頭を抱える冷や汗騎士の目にはじんわりと涙が浮かんでいる。瘴気で苦しむ人間の姿は、浄化遠征で目撃済みである。
「ここからどうすんだよ!?俺達の後に続く気配が皆無なんだけど!?」
「そりゃそうでござるよ。我々、指揮系統丸無視の独断先行である故、罰則不可避でござろうな」
「今になって言うか!?はぁ、気が滅入るな」
ちらり、と瘴気がほんの少し晴れた場所へと視線を向ける。地面を抉ることもできず、爪で土を掴む死者の手がわずかな陽光にさらされた。
貧民街の犠牲は零ではない。どうしても逃げられなかったもの、逃げようとして運悪く転んだまま動けなくなったものなど様々だ。
瘴気の中で無防備に生きていける時間は一日程度。瘴気が発生してから日数が経過し、黒に近い紫色の中で見つけるのは死体ばかりである。
「……お前さ、魔道具で死体を安全な場所に避難させるとか」
「時間の浪費でござるな」
「……ここ戦場になっちまうんだけど」
「魂は死神の手に、肉体は男神の御許に戻るで候」
目の前に集中したい魔道具愛好騎士と、少しでも報われる形に弔ってやりたい冷や汗騎士の意見がぶつかる。状況的に正しいのは、前者である。
しかしこれから聖女が貧民街の瘴気を浄化しに降りてきた時、驚きと悲しみで動けなくなってしまうかもしれない。なにより傷つく少女を見たくないのが大半だ。
なんだかんだで聖女との付き合いが長くなってしまった冷や汗騎士は、妹のような近所の少女を心配するお節介お兄さんみたいな思考で悩む。
「そこをなんとか……」
「まあ瘴気の中からスケルトンやゾンビが出てきても嫌でござるし、一度持ち帰って検討するでござる」
「お?一旦壁上に戻るのか!?」
「どうやって?」
言われて、ゆっくりと壁の方を振り返る。壁の外側に貧民街が広げられても中庭放置されていた理由。
貧民街側から壁の内部に入ることはできず、王都に侵入する手立てがない。今回避難民を壁上に誘導できたのは、事前の根回しと導線を長くして緊急勝手口に繋げたためだ。
つまり壁上から飛び降りて貧民街で大立ち回りをした二人には、はるか上の最前線に戻る手段がないのである。
「検討するって言ったくせに!!」
「持ち帰れたらの話でござるよ、はっはっは」
魔道具愛好騎士の襟を掴んでガックンガックン揺らす冷や汗騎士は、勢いで行動したことを大いに反省した。
「まあ避難は無理でござるが……」
頭をふらふらとさせながら、魔道具愛好騎士は両手を水を掬う形にする。その中心でぼんやりと浮かんだ炎は、橙色から白へと変わっていく。
それは女神の伝説に語られる浄化の炎のようで、驚く冷や汗騎士の目前で死体の手の平に落とされた。
それは血管へと染み込むように皮膚の下へと吸い込まれて、温度のなくなった肌にじわりと光が広がっていく。
葉脈が光って葉っぱ全体が溶けるように、死体は大地へと還っていく。一分ほどの時間が必要だったが、その間に冷や汗騎士は祈りを捧げる。
せめて死神の指先が優しく魂を受け入れ、安らかな眠りを与えてくれるように。そして大地へと還った肉体の幸せな記憶が男神に届き、彼の苦痛を和らげんことを。
冷や汗騎士にできる弔いの限界ではあるが、それでも心を込める。無念も苦痛も残ったであろう死に様でも、それらは死後まで追いかけてはこない。
「……ありがとな」
「まあ、団長の指示でござるよ」
「は?」
自分の気持ちを汲み取ってくれた感謝を伝えたつもりなのだが、魔道具愛好騎士の口からはこれも計算の内という意味合いの言葉。
冷や汗騎士も遠目で魔導騎士団長の姿は目撃している。とても美しいけれど、背筋がずっと粟立つほど嫌な予感が拭えない印象が頭にこびりついている。
なんとなく魔道具愛好騎士と気配が似ているとも思えるが、それよりも何倍も厄介ですこぶる危険な相手だと捉えていた。
「できるだけ死体は消しておけというお達しでござる」
「そこは嘘でも俺の願いを聞き遂げたとかさぁ!」
「拙者、ヒィヤ殿のために頑張ったでござるよ!キュルン!」
「やっぱ団長指示でいい……」
あざとさを狙った嘘っぽい可愛いを追求した声に鳥肌が立ち、冷や汗騎士はいい雰囲気を作ることを諦めた。
しかしそうなると気になるのは魔導騎士団長の狙いである。要は魔道具愛好騎士を最初から貧民街へと降ろすつもりだったのだろう。
死体消しの目的もわかっていないが、団長の中でも最高齢である人物がそれだけでこんな危険なことをさせるだろうかと考える。
「死体を消すのは、後続の騎士の精神的な苦痛をなくすためか?」
「そんな優しさを持っていたら、自害を選ぶ御仁でござるよ」
考えが及ばない精神性を保有していることがわかったので、冷や汗騎士は深く考えないことを決めるのであった。
「じゃあ次点は魔物化を恐れてか?」
「そうでござろうな」
「けれど結界内で魔物が発生した事例はない。今もそうだろ?」
「結界が壊れるのを決定事項で考えているかと」
獅子舞元帥の伝説を聞けばあり得るかもしれないが、今は竜と魔導騎士団長の魔法による自動迎撃が功を奏している。
そんな簡単に結界を突破できるとは思えない――と言おうとした矢先。
飛んでくる。
大岩よりも早く、小さく、人型の何か。
それは結界に触れた。鎧越しに、魔物を拒む結界とのせめぎ合いが火花となって白夜に散る。
すり抜けるのでもなく、消滅させるでもなく。
鎧によって守られた体は、結界に反発した状態で空中に静止している。
獅子の頭。人の体。そして王碧鉄鋼の鎧で身を包んだ、誰が見ても『異常』な魔物が全てを見下ろす。
「鎧って、そういう……?」
呆気に取られたのは魔道具愛好騎士だけではなかったが、察しがいいものは大抵が同じ内容を口にした。
鎧を着た魔物は結界で消滅しない。阻まれて、反発して、守られる。子供の粘土細工のような防具で、誰もが驚く結果を体で示す。
獅子舞元帥が一瞬で、結界まで飛んできたのだった。




