第125話「美しさが無意味だとしても」
穴が空いていない服を久しぶりに着て、寒風が肌に当たらない感触に違和感を覚える。
しかし一番の不慣れは手伝ってくれた者達の反応だ。
「アレクサンドラさん、肌真っ白で綺麗ですね!きめ細かい!」
「ほぼ筋肉で、脂肪が見当たらない……素晴らしい肉体美!コツとかあるのだろうか?」
美容の観点で褒めてく聖女と、肉体の鍛え方に興味津々な男装女騎士。血に濡れた斧のことを忘れたかのようにはしゃいでいる。
苦笑いしながら酔っ払い騎士が斧に王碧鉄鋼による紋様の刻印を施しており、刃の切れ味を戻すように丁寧な拭き掃除をしている最中だ。
間抜け騎士は不良騎士と何かを話し合いながら、壁向こうで動き回っている魔道具愛好騎士と冷や汗騎士の様子を窺っている。
「綺麗トハ意味ガアルノカ?」
醜いことに利点を感じたことはあっても、美しいものに関しては破壊衝動を覚えてしまう。見る影もないほど崩れたら、どれだけ爽快か。
ヒビが入った曇り鏡を見ると安心して、硝子玉が欠けていると薄ら笑いを浮かべる。そういった感性で育った処刑人にとって、綺麗とはいずれ無価値になるものだ。
ほんの少し力を加えてしまえば歪んで、割れて、壊れる。この世に完璧などないという証明そのもので、永遠の否定性を備えている。
「意味がないと駄目ですか?」
しかし聖女は気にした風もなく、きょとんとした瞳で処刑人を見上げている。
綺麗、可愛い、美しい。とても気楽に使える、気分が上がる単語。深い意味がなくても口に出せて、人によって判断が異なるなんて当たり前。
意味を求めたことなどない。それは使った側と、聞いた側が生み出せばいいだけ。普遍的な価値など宿らなくていいのだから。
「ジャア」
そう言って布袋を外す。誰もが醜いと恐れて、顔を歪ませる顔。
焼け爛れたような皮膚に、まだらに生えた黒髪。大きく飛び出た目玉に、骸骨のように削がれたかと思うほど低い鼻。裂けた口は雑に縫われている。
先代処刑人が適していると褒めた外見は、罪人にとって恐れるべき容姿だ。
息を詰まらせた聖女は呆けたように顔を凝視し、男装女騎士も言葉を失くしてしまう。
それは周囲にいた騎士達も同様で、氷漬け寸前だった第一王子や氷を喉の奥に飲み込んだ竜も注目する。
「……痛くないですか?」
火傷に肉が剥がれたり裂けたような跡。それは見ているだけで痛々しい。
触れることも躊躇われて、恐々と尋ねる。
「ナイ」
「ならよかった!」
心底安心したように笑顔を見せる聖女に、今度は処刑人が言葉を失う。
痛みがあれば悪かったのか。その境界線の曖昧さに困惑が頭に浮かぶが、聖女は「やっぱりよくない!」と慌てて言葉を訂正した。
それは普通に失言したと慌てる少女そのもので、顔の醜さに恐怖を感じている様子はない。
「治す方法はないんですか?」
「ナニヲ」
「美容整形外科とか」
聞きなれない単語ではあったが、聞き取れることは可能だった。誰もが発音できる内容で、異世界独自の言葉ではない。
それでも広まっているわけではなく、壁上にいる誰もが初耳の治療分野だった。
「肌を張り替えたり、鼻の中に骨代わりのシリコン素材を入れて、瞼の肉付けとか……できることいっぱいあるじゃないですか!?」
「素材名ガワカラナイ」
「シリコンがない世界!じゃあ、えー人工柔らか骨?」
どうにかシリコンの存在を伝えようとした聖女だが、どうにもズレた感じになってしまった。
聖女の異世界技術に関して若干の恐怖を覚える処刑人は、そんな拷問みたいなことで顔を形作るのかと鳥肌を立たせていた。
爪の隙間に針を入れたり、瞼の上に洗濯挟みなどはやったことあるが、それは全て一時的なものである。
半永久的な拷問で美しくなる。異世界の美容技術に慄く最中、竜が笑い声を上げた。
{なんと恐ろしいことをっ!美しさに意味などあるものか!}
「それはアレクサンドラさんが決めることです!」
{はっ、魔物すら恐れる素晴らしい容貌のくせに、弱体化を求めるのか?}
「私の世界だと竜って美人の生贄を求める王道っていうのがあるんですけど」
{ええい、異世界の竜は気色悪いな!人間の美しさなど、竜とは異なるわ!}
ぎゃあぎゃあと言い争う聖女と竜は横に置いて、処刑人は少しだけ嬉しかった。
魔物も恐れる容姿。それは処刑において、人生とも言える仕事には必要なものである。
ならばこの顔は正しいものだ。そう思った矢先――。
「表面上に痛みはなくても、心が痛いと思うかもしれないじゃないですか!」
精神的苦痛は拷問や処刑においても重要だ。真実を口にさせるため、時には苛むべきなのだから。
「それを治したいという自由に、意味があるんです!」
この顔を曝け出すたびに言い訳をしていた。恐れられて、満足していると建前を並べた。
仕事に必要な顔。罪人が恐れるから、正義であるという空虚な根拠。ヒビが入った鏡でないと、直視できない。
美しい容姿の男に見つめられると、視線を逸らしたくなる。綺麗なものを見ると壊したいのは、認めたくないから。
「美しいが無意味でも、変化したいという気持ちに意味があるんです!」
化粧して顔を整えるのは、気持ちの切り替え。努力した成果が、美しいという形に昇華される。
聖女が同級生と化粧品のおすすめで会話をするのは、そんな気持ちからだ。常識だからではなく、自分の変化が楽しいから学ぶのだ。
好きな色で気分を上げて、手間をかけて努力したことが肌に現れて、気になる人に褒められたら舞い上がってしまう。
「というわけで、アレクサンドラさん!」
「ナ、ナンダ……」
竜と言い争っていた勢いで振り向いた聖女に驚きながらも、処刑人は堂々と尋ね返す。
「化粧してみませんか!?」
「意味ガ……」
「あります!白粉は肌の保護、口紅は唇の保湿!体のためにやってみたくないですか!?」
「ソ、ソウナノカ……」
全く興味がなかった分野について力説されて、処刑人はなんとも言えない気持ちで受け流そうとした。
しかし異世界の美容整形外科に興味を持ってしまった狸爺がこっそり近づいて子女へと耳打ちする。
「ちなみに魔物の素材で作る高級化粧品について興味あるかい?」
「詳しく!」
「たとえば樹木型の魔物で樹液自体に保湿力が高く、粘性が高いのは……」
ちゃっかり自分が欲しい素材の有用性について語る魔導騎士団長は、聖女のやる気を手の平で転がす。
壁向こうの結界から外側にいる魔物を杖先で指し示しながら説明すると、聖女は目を輝かせていた。
骨壷騎士が魔導騎士団長の首根っこを掴んで引き離したところで、すっかり調子づいた聖女は颯爽と処刑人に近寄っていく。
「アレクサンドラさん、あそこに火傷跡に効く油を出す魔物がいますよ!」
「目的ガ逸レテイナイカ?」
「あ、そうですね……ごめんなさい」
獲物を取ってきた犬のような笑みから一変、怒られて落ち込む子犬のような表情へと変わってしまう聖女。
避難民が壁下へと移動していることで、少しだけ油断してしまったことを反省しているようだ。
しかし聖女の行動が自分のためであると思った処刑人は、ほんの少しの罪悪感を覚えてしまう。余計なお節介とは思いつつも、今までこの顔を「治そう」という人間はいなかった。
「コノ顔ガ治ッタラ、嬉シイカ?」
「それはアレクサンドラさん次第ですけど、化粧して喜ぶ顔を見たいのは私のわがままです」
自己満足でやってみないかと言っているのを自覚しているから、包み隠さずに告げる。
化粧が好きな人もいれば、苦手な人がいるのも当たり前。だからやるかどうかは自由であるべきなのだ。
それでも化粧の楽しさを知っている聖女は、それを共有したいという気持ちが前に出てしまう。
「……痛くないで充分なら、それでも大丈夫です」
穏やかに微笑む聖女を前に、処刑人はどうするべきか悩む。
痛くない。身体的な意味では、そんなものは感じない。けれど試したいことは一つだけある。
顔を治しても罪人が恐れてくれるのならば、仕事に影響がないのならば。
ヒビが入っていない鏡の前に立てるような努力をしてみたい。
「オイ、酔ッ払イ」
「ご所望はこちらで?」
わかっていたと言わんばかりに、ニヤけ顔で斧を差し出してくる酔っ払い騎士。
その表情に不快感を覚えながらも、自らの愛用の武器を掴み取る。
「……聖女」
「はい!」
「仕事優先ダ」
「……はい」
真面目な処刑人は指示役である骨壷騎士へと近づくため、聖女へと背を向ける。
それを寂しく思う少女の耳に、嗄れた声が小さいながらもしっかりと音を届けた。
「仕事ガ終ワッタラ、検討スル」
改めて布袋を被った処刑人は、それ以上の無駄口は叩かない。
ただ背後から聖女が嬉しそうな気配を振り撒いているのはわかり、誰にも見られない袋の内側で息を吐く。
美しさの意味がわからずとも、変化したいという気持ちには興味を持った。それが善悪のどちらかは判断できないが、結果は見てみたいと考えたのだった。




