第121話「信頼に返礼を」
「黄昏れるには早いでござるよっと」
軽薄騎士と同様に驚きを隠さない騎士達に声をかけながら、魔道具愛好騎士は竜と喧嘩する聖女のもとへと近寄っていく。
それは酔っ払い騎士や間抜け騎士も同様で、即席護衛騎士が揃ったことに冷や汗騎士は安堵したように笑った。
「じゃ、サケグ殿。やっちまうでござるよ!」
「へいへい。あー、気が引けるなぁ」
一人盛り上がっている魔道具愛好騎士に嫌々従うように、酔っ払い騎士は適当な返事を返す。
壁以外で起きていたことのほとんどを把握していない不良騎士と冷や汗騎士は頭の上に疑問符を浮かべていた。
どうして涙目の間抜け騎士が背負っている大盾に変な模様があるのか、男装女騎士が全てを悟ったかのように諦観に包まれているのか。
何故――酔っ払い騎士が長大な柄の金槌を持って、迫ってくるのか。
竜と聖女も呆気に取られて口争いを止めてしまうような、武器に刻印するための打撃音の連続。
冷や汗騎士の槍と、不良騎士の棍棒。その二つに繊細で緻密な模様が貼り付けられた。雨と土の匂いが漂う、鮮明に輝く緑色。
瞬間、清浄な気配を武器がまとう。竜でなくてもわかる、身近ながらも手が届きにくい魔法。
浄化の力を、武器が宿した。
{っな!?}
一番驚いたのは竜だった。
どれだけ求めても手に入らなかった、女神が与えた力。あらゆる面で人間を凌駕する竜が、絶対に習得できない奇跡。
人間の才能依存であるそれを、技術によって再現した。そんなことは有史以来、誰も叶えることが叶わなかったのに。
「既製品改良版は備品テント内にあるでござるから」
「ござるから、じゃねぇっ!ショウ、これはどういう……」
「まあまあヤン殿。これで我らは『面倒を見る』から解放でござるよ」
気に入っていた棍棒に変な模様が付き、突然のことに怒り出す不良騎士に、魔道具愛好騎士は受け流すように笑顔を返す。
その言葉に嬉しそうな顔をしたのは、冷や汗騎士だ。魔法を当然のように使える魔導騎士団にはわからない歯痒さが泡のように消え去った。
残るは覚悟。本当に効果があるかもわからないものを、どこまで信じてみるか。
「……ショウ、着地は任せたぞ!」
「承知の介でござる!」
「お前らは聖女様の許可を得てからやれよ!じゃ、お先!」
不安による冷や汗は流しきってしまったのか、それとも異常な状況で開き直ったのか。
爽やかな様子で走り出した冷や汗騎士は、軽薄騎士の横を通り過ぎて壁の端――貧民街と王都を区切る境へと爪先を向けている。
それを追いかける魔道具愛好騎士は「団長、後始末よろしくお頼み申す!」と、悪い笑顔を浮かべていた。
誰かが止める暇もなく、槍を片手に境の淵から跳躍。
飛び降りれば怪我は免れない高さから、冷や汗騎士は貧民街へと落ちていく。結界に迫る魔物達の投石などの攻撃は、同じく落下中の魔道具愛好騎士が魔法で打ち払う。
人を殺す黒に近い紫色の霧の中へ、二人の姿は消えた。その距離は離れており、呆然としていた騎士達は想像だけで脂汗を流す。
王宮騎士団の騎士服を着ていた冷や汗騎士に、魔法――浄化の力はない。
霧が肺に流れ込んだ瞬間、苦痛に襲われて悶絶する。その場から動くことも難しく、息をするだけで体の内部から爛れ落ちる。
魔道具愛好騎士が駆けつけて浄化の力を使ったとしても、その時間内で戦闘することはできない。
そのはずだ。
なのに、どうして。
あり得ないことが起きているのか。
結界をすり抜ける瘴気を浴びて活性化した魔物が、自らを阻む女神の加護に手を触れようとした矢先。
銀色の刃が腹を突き刺した。槍の穂先は、美しいくらいに横へと真っ直ぐ傷を広げる。
鳴き声か悲鳴かもわからない音が白夜の空に響き渡り、それは連鎖することで合唱のようになっていく。
そこから少し離れた位置では巨大な蟹の魔道具が結界越しに魔物達を巨大な手で挟み、その体を潰しながら結界へと引き摺り込む。
見えない膜に触れた魔物の体が白い火花に包まれて、生命核ごと全身が燃え崩れていく。こちらは逆に声すらも出ない。
その対比よりも、二名の迎撃の間隔。それぞれが単独で動いており、槍を構えた冷や汗騎士は生き生きと動いていた。
魔物以外の生命に害を及ばす霧の中で、淡く発光する模様。蛍の光のように、白い輝きが槍と共に移動する。
それは軽薄騎士だけでなく、話を聞いていた骨壷騎士や魔導騎士団長にも驚愕をもたらした。
人間国宝が遺した技法が、孫へと受け継がれて数十年。王都に訪れた最大の危機に対し、人間に反撃の好機を与えている事実。
「いやさぁ、嬉しいの半分。なんでそこまで信じてくれるのが半分だって……」
迷うことなく壁から飛び降りて瘴気の中に潜り込み、保険である魔道具愛好騎士から離れての魔物の軍勢に単身突撃。
結界を盾にして黒い波のような脅威を削っていく姿に、狂気に似たものを感じてしまう。
実証すらまだな試作品、時間制限があるかもしれない上に安全保証なしの武器。それを「仲間が作った」というだけで、心の底から頼った素直さ。
「ヒィヤさんって、信じてもらえるとすごく嬉しそうですから」
「……そっか」
貴族の間でも有名な「残飯を漁る犬みたいな面汚し」が、アーセデル家だ。好機に対して汗を流して必死に食らいつき、どうにか成り上がった家門。
どれだけ頑張っても下心ありと思われて、馬鹿にされても逆らわずに笑って受け流す。反抗心よりも従属を選んで、利益を貪る。
信頼は皆無な環境で、元婚約者にも馬鹿にされて婚約破棄を言い渡される過去を持っていながら――恨むことも諦めていた青年の素直さ。
家門など関係なく接してくれる、騎士団や境遇さえも違う仲間達。
偶然にも聖女の護衛を務めていただけで、たまたま魔導騎士が集めた問題児の集団という枠組みを。
何も考えずに信じることができて、同等の信頼が返ってくることを――冷や汗騎士は素直に喜んだのだ。
「俺もだよ」
呆れたように息を吐きながらも、酔っ払い騎士は口の端を吊り上げた。
触発されるように他の騎士達も模様が刻印された武器を手にして、冷や汗騎士に負けないようにと続こうとしている。
特に言い訳騎士が「あいつばっかりいい思いさせたくない」と意気込んでいるが、第三王子の護衛を忘れるなと早速怒られていた。
裏切って、さらにそれを裏切った酔っ払い騎士は苦笑する。
尊敬する祖父の技術を一人では再現できなかった。けれど仲間が予想外の方向で量産体制を整えて、実証の先駆けになってくれた。
死ぬはずだった気持ちはもうどこか遠くて、今はただ仲間達と限界まで走ってみたいと遅い青春を夢に見てしまう。
{ええい!勝手に壁から出ていくな!お前達は人質……}
「残念でしたー!一人目の神子は絶対にこの場には来ませんし、二人目である私が代役でいまーす!」
{ぬぐぐ……っ!腹の立つ言い方をしおって……}
「私の護衛騎士達が頑張ってるんです!」
いつ竜に殺されてもおかしくない状況下で、聖女は物怖じせずに反論する。
本当は細い足は恐怖で震えているが、それを誤魔化すように王都を危機に陥れた存在へ大声で怒りを示す。
「だから私はここに来ました!」
災害を前にして、幼かった自分の嘆きを思い出すから。
「私は二人目の神子であり、聖女なんです!
その役目が押し付けられたものだとしても、私のために応えるんです!」
期待や信頼に、それ相応の返礼を。
誰かのためなど言い訳せずに、自分のためだと胸を張って。
聖女と即席護衛騎士達は壁へと集結したのであった。




