第116話「美形でも許せないことは多々ある」
悪女五人衆の行動は早い。待っていても、好機は訪れないと知っているから。
そのため物陰からずっと様子を伺っていたのは隠しつつ、悪女達の良心代表のジェーンは確認する。
「私刑は犯罪だよ」
貴族も多様性。善悪混じっているくせに、全員が住宅街に住む人間よりも地位が高い。それだけで無能が威張るのだから、まさにいい御身分である。
だからこそ法律は弱者にとって強い味方だ。実際の裁判になれば人間関係や権力闘争で上手くいかないとしても、ある程度の抑制力になる。
出来の悪い貴族の息子相手ならば、法律を背景に言い返せばあっさりと身を引いてくれる。悪足掻きする場合は、逃げるが勝ち。
法律は人間が作ったものである。
そこから神が生まれた伝説を、教会では平等に教えてくれる。
正義神の始まりに言葉があった。言葉は文章となり、力を持った。絶大なる力を振るうため、正義神は自らの目を潰して、盲目となった。
法律とは正義神を言祝ぐ誕生の詩。
平等なる裁きを誓い、その力はあらゆる悪を断罪する。
故に法律なき処罰とは、私刑。それを行う者に正義神は重い罰を下すだろう。
病弱な妹と教会の礼拝で聞いた、住宅街の人間ならば何度も耳にする話。
自殺と私刑を正義神は忌み嫌うと。生死を決める言葉にて定めた責任を、自ら放棄するのは悪徳という。
命を私的な理由で左右してはならない。それは責任なき行動である、と神官達は口を揃えて告げるほどだ。
「処刑人は正義神の剣。裁判官は正義神の天秤。この二つの役目くらい、おねしょする子供だって知っているよ」
近くに立っているだけで漂ってくる鉄錆の臭いは気持ち悪かったが、ジェーンは強気な態度を崩さずに真っ向から話しかける。
真面目な彼女は教会の説法を大事にしている。それを守っているだけで、周囲の評判が少しだけ上がるのだ。
姉妹二人という家族が生きていくのに、そういった地道な努力は必要不可欠なものだった。
――その正義神は現在、魔神と女神の裁判をするために証神喚問中なのよね。
人型スライムの耳に心底どうでもいい情報が入ってきたが、黙って事態を見守る。どうやら神々の戦争は正義神により一時中断されたらしい。
さっさと逃げ出してもよかったが、肝心の洋燈の場所がわかっていない。王都を一周するだけで夕焼けを通り越して朝が来てしまう。
そして気になるのは視界に映る縁の糸。今にも切れそうだったはずの、大神官の生命線。千切れるまであと少しなのに、五本の糸が絡んでしまった。
脆弱で、細い、蜘蛛の糸みたいな頼りなさ。
それが不思議なくらいに誰かの命を繋ぎ始めた。
これは人型スライムにとって悪い兆しである。
「えーと……とりあえずアレクサンドラさんでいい?」
「ナンダソレハ?」
「呼び名。アックスさんじゃ、男みたいだろ?」
大神官に突き刺さっている大斧にチラリと視線を投げたジェーンは、そこで痛みも忘れて呆然としている男と目が合う。
それは酔っ払い騎士や間抜け騎士も同様で、人型スライムと悪女四天王だけが驚いている理由に気づいていない。
「…………………………女性?」
ぼたぼた血を流しながら、大神官がようやく絞り出した声。
筋肉質な体型は肉の壁のように厚く、その大きさは血焼け戦争の英雄であるハナヤ・カーナと比類するほど。ボロ切れのような衣服は破けた箇所が多く、動きによっては胸など丸見えになる可能性が高い。
喉が潰れたせいで嗄れた声は歴戦の格闘家の如く、たくましさと人生の過酷さを物語っていた。
「どう見てもそうだろ」
ジェーンが不思議そうに首を傾げ、悪女四天王達も同意するように揃って頷く。
人型スライムは性別に全く興味がないだけであり、視界に映る糸から判別していただけである。
騎士二人が絶句する中で、大神官は処刑人の顔と体に何度も視線を移す。
言われてみれば骨格的に臀部の膨らみや、腰のくびれなどは曲線を描いている。喉仏もないし、顔も丸みを帯びている。筋肉に目を奪われて、そこまでは気にしていなかった。
大神官は自らが考えていた前提がひっくり返ったことに驚き、思考が過去の思い出を勝手に引き摺り出す。それは教会に来ていた女性が急に怒った日。
その顔で褒められたり微笑まれると、嫌味にしか思えなくて腹が立つという文句。何故か同僚の神官達も数人納得していた内容。
銀の瞳と視線が合えば、わざと意図的に逸らされる。
大斧を握る手には力が込められ、肉をゆっくりと潰していく感覚。
痛みが酷すぎて脳が感覚麻痺の物質を出しているせいか、思考が短絡的になった大神官がぽろっと言葉をこぼす。
「もしかして私の顔に惚れました?」
文句を言ってきた女性の行動理由。過去の経験を準えて、確認する。
それだけのつもりだったが、女性陣の態度が急速に冷めていく。
「女の敵すぎる」
「うわっ、きも」
「ないです」
「引くわぁ……」
「アレクサンドラさん、やっちまった方がいいかも。ウチらは見なかったことにしてあげるから」
悪女五人衆の手のひら返しは早く、全員がさっと処刑人の味方についた。
「え?」
「よし、俺らも見捨てようぜ」
「いや、あの、でも、挽回の余地は……うーん……」
あまりの内容に酔っ払い騎士も素早い方向転換を告げ、どうにか援護したい間抜け騎士でさえ歯切れが悪くなる。
あっという間に孤立した大神官は最後の綱として人型スライムに視線を向けるが、大神官の生死に興味がない魔物は一切動く気配がない。
「ヨシ」
「お、お待ちください!」
決意を固めた処刑人の言葉に焦る大神官が制止の言葉を投げるが、時すでに遅く。
刃が肩から抜けた瞬間に血が噴水のように噴き出した。流れていく血と一緒に意識も失いかける。
何も為せなかった。綺麗な風景の向こう側に、一人目の神子が見えたような気がする中で――。
「何がどうなっているでござる?」
呆れたような口調で、魔道具愛好騎士がやってきたのである。
――――――;
壁の戦いをよそにくだらない時間潰しの内容を聞いて、魔道具愛好騎士はものすごく長いため息を吐いた。
人型スライムは動く大型の蟹を見かけてすぐに逃げ出しており、悪女五人衆は処刑人と談笑している始末。
死にかけの大神官の意識を揺さぶりながら、酔っ払い騎士と間抜け騎士は居た堪れない表情で反省していた。
「大神官様ならいい説法して、改心させると期待しててさ……」
「僕も状況が好転するのではないかと……」
「悪化の方がまだマシでござるよ。最悪の停滞すぎて、毒づく気もござらん」
愛用の魔道具で体の皮膚を寄せ集めて止血し、傷口を縛って焼く。痛みの先に飛びかけている大神官の体がびくびく跳ねても、意に介さない。
「だからぁ、化粧すればいいんだって!」
「あと服。仕事と私生活は乖離させた方が楽しい」
「男は弱った相手の心を狙いますからね!お洒落は女の防御と攻撃です!」
「ふわふわもこもこよりはぁ、大胆セクシー系?」
「ウチらで良ければ相談に乗るからさ。巷の悪女だけどね」
ドッと笑い声が上がり、国の終わり直前とは思えない光景である。
「まあ処刑人に話が通せるならば、色々できそうではござるな」
ニヤリと笑う魔道具愛好騎士は、懐に隠していたものを取り出す。
それは水晶の形に似た洋燈――人型スライムの生命核だった。




